淫夢と霊とその実相
雨月
第1話 前編
男が欲しい。いや、男の体が欲しい。心など二の次でいい。
潜水をして顔を上げた時に全身が酸素を欲するように、私は男の体が欲しくなる。
電車で座っている時に前に立つ男の局部に不意に手を伸ばしたくなる。男が見知らぬ女の胸を突然さわるようなものか。異常性欲者なのかもしれない。
やがて私はこの欲のために身を滅ぼすだろう。それがどんなふうに訪れるのかはわからない。わからないのに確実に来る、そう思う。
世の中のニュースは痴漢や変質者のニュースであふれている。そのほとんどは男だ。それを私はとても不思議に思う。
私は歩きながら、電車の中で、何も考えていないような顔をして、淫らなことを考える。おそらく、そんな好色そうな女には見えないだろう。むしろそんなことから縁遠い、男からすればどこにでもいる風景にまぎれてしまうような地味な女というのが適切な表現か。
だが、私は知っている。機会さえそろえば男が三十路のそんな女にむしゃぶりつくことを。夢中になって腰を振ることを。
そして射精すれば、そんな自分を恥じるようにさっきまでむしゃぶりついていた女に見下した態度をとりたがることを―――。
かまわない。事が済んだなら、こちらにも用は無い。
くだらない女を抱いて、性のはけ口にしたのは男だけではない。
それは私も同じだ。
好きで好きでたまらない男に愛情を持って抱かれる、そんなことを夢見るような年でもなく、またそんな人生も送ってきていない―――。
派遣事務の仕事からの帰り道は、最近引っ越したばかりだから駅から自宅までも新鮮だ。あたりを見回し、生活に必要な店舗をチェックする。
そんな中、道路わきのガードレールの下に花がたむけられているのを見た。事故で誰かが亡くなったのだろう。もしも有り余る性欲をもった男だったとしたら惜しいことだ、チラリとそんなことを思った。
―――部屋にたどりつき簡単な食事を済ませ、ネットで一通りのニュースを漁った。いつものことながらロクなニュースはない。「老後に二千万円必要」という文字が飛び込んでくる。思わず笑ってしまった。頭の悪そうな総理大臣が甲高い声で何かをまくしたてているところで動画ニュースのページを閉じた。
明日も自分の生活をつなぐだけで後は国に吸い上げられるためだけに働かなければならないと思うと、ため息が出た。いや、考えるのはよそう、考えても出口がなく無駄だ。
眠ってしまおう。眠ってしまえばいい、そう思いながら、ベッドに横たわった。
眠りに落ちる奈落の底に吸い込まれていくような瞬間が好きだ。それを認識できるのはたまにでしかないけれど。
ああ……きた……今夜はその瞬間を認識できそうだ―――
そう感じた瞬間―――
びちゃっ………と、
なにか水滴が落ちるような音がかすかに聞こえた気がした。
なんだろう?と体を起こそうとしたが、しびれたように体が動かない。視界もなんだかぼやけている。金縛りというやつだろうか。頭を働かせて状況を認識しようとしても、うまくいかない。
それになんだか寒い。窓はしっかりと閉めたはずなのに冷気のようなものを感じる。
なぜか得たいの知れない恐怖感を覚えた。体がいっそう寒くなる。
ますますぼやけていく視界を遮断しようと、きつく目を閉じた。
その時、足元から何かが這い上がってきた。
手だ――まぎれもない男の手が私の下半身をまさぐっている。
恐怖に悲鳴を上げたいが声がうまくでない。ゴツゴツとした手が太ももを撫でまわしている。恐怖とパニックが頂点に達しているのに、ああ…なぜだろう――
私は尋常ではない感じ方をしていた。
パジャマの上から陰部に何かが押し付けられた。これは顔だ。顔がグリグリと陰部に押し付けられている。今までも何度となく味わってきた好きな瞬間だ。もっと強く押し当てて、早く下着もなにもかも剥ぎ取って――そう思う瞬間。
口からヨダレが垂れて伝っていくのがわかる。顔を陰部に押し付けられいるだけなのに。めちゃくちゃに感じるのは少し先の行為のはずなのに。この感じ方はなに……その行為が訪れた時よりも感じている。それも今までに感じたことがないぐらいに。
もう恐怖のためかパニックのためか、あるいは快楽のためなのか、なにがなんだかわからないと思った頃、ぼんやりとした黒い影が私に覆いかぶさった。
その瞬間――私は意識を失った―――。
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