熱力学第一法則

 誰だって、自分は特別だ。

 誰とも違う存在で、何処かしら優れているところがある人間だ。そして誰しにも素晴らしい才能があるだとか、人にはそれぞれ価値があるなんてことが言われる。


 だがそれを真正面に信じるのは幼い子どもだけであって、真樹はまだ子どもかもしれないが、少なくともひとりで何もできず、役にも立たず、それなのに自分は世界から愛されているに違いないと自負するような幼児ではない。蘭にとって、景よりも劣った存在であるということは自覚している。

 努力すれば、報われる。結果は実る。

 そんなものは嘘で、報われないこともある。何も実らないこともある。

 努力は報われないかもしれない。結果は実らないかもしれない。

 だがそれを理解していても、努力をせずにはいられない。何かをせずにはいられない。でなくして、自分の存在を保てない。


 真樹は駄目な存在だった。蘭にとって、景という名の、血を分けた実の娘に比べれば、取るに足らない些末な存在だった。

 だとしても、真樹は生きてきた。明日はきっと良い日だと思いながら、それが嘘だとしても、前に向かって進んできた。そうして、ついに蘭が見つかった。

 だからおれは……。

「こうやって、たまに一緒におやつを食べたりしてくれればいい。喋って、それで、一緒に居てくれればいいんだ」


 真樹は蘭が好きで、だから一緒に時間を過ごしたかった。辛く貧しい生活でも、蘭と一緒ならば頑張れた。蘭と一緒にありたかった。だからずっと探していて、そしてその努力が実った。だから、これで良い。放り投げて、ずっと空にあって、それがようやく突き刺さった。だから、これで良い。

 そんなのは嘘だ。たまにでは良い、なんていいうのも嘘だ。捜していたから見つかって、だからそれで良かった、なんていうのは嘘なのだ。真樹は負けた。景に負けた。蘭という表彰台に上がることができなかった。悔しく、辛く、情けなく、悲しかった。


 だが兎に角、終わった。

 放り投げて、ずっと空にあって、浮いていて、それがようやく突き刺さった。突き刺さった場所外れかもしれない。望む場所じゃなかったかもしれない。不満があるかもしれない。だが、落ちたのだ。槍先が突き刺さったら、命中したのがどこであれ、終わりだ。終わったら、次があるさ。生きていれば、次があるさ

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槍の一生 山田恭 @burikino

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