2020/2/3
前略
庭の虫たちがうごきはじめているようです。
あたたかい陽にきづいたようにひらきそめた梅の花が、ぼくの鋏で剪定されて、ばらばらと散っていくのを見やりながら、散るそのときまでうつくしい、花というひとつのさいわいのかたちにおもいをはせたりしながら、日々を遊んで暮らしています。
柑橘や薔薇の手入れをすれば、まだ幼虫の貝殻虫がもぞもぞうごいているのを見つけます。見ていてとてもかわいいのですけど、施主さんの要望がありますので、それらを指でしごいて土にかえしてしまいました。
庭のすみに、門松がわりの若松の一枝が、役目をおえてうちすてられているのをみては、また一年がはじまったのだというなまあたたかいあせりと、ほのかなあまい期待とがいりまじり、口のなかがわずかに苦くなるのを感じました。
今日はおおきな楓の手入れに行ってきました。
幹周が1mをゆうにこえるような古木でした。太い枝が枯れはじめて、しろいきのこがついていました。それらを鋸の背でこそぎおとしながら、枯れた枝を挽いておろしました。
枝が死にいくのと同時に、菌類が生きはじめるのです。死はいつも、生の礎にあるようにぼくには思えます。表裏一体というよりは、死は生の母なのではないだろうか、と。
おろした枝を細かく切って、トラックにつめこみ、いつもの処分場まで一時間弱のドライヴにでました。車内にながれるだいすきな歌手の歌声にあわせて、ぼくもおおきな声でうたいます。午後のあたたかい光と冷たい風を半身にあびながら、とてもちいさいけれども硬い、ダイヤモンドのような幸福を、むねにひとつ感じていました。
枝葉を粉砕してチップにし、それらを合成板にしたり堆肥にしたりするための処分場は、山の奥にあります。梨園のあいだをすりぬけるように、山のほうへ車をはしらせていくと、歩行者は徐々にみられなくなり、歩道がせまく、車両が多くなっていきます。
暮れのことを思い出していました。
ある梨園の入口に、もじどおり山盛りに堆肥が積まれてあり、そこをとおるときには、急いで窓をしめないと鼻がまがってしまうほどでした。それももうありません。あんなに、山のようにあった堆肥が、もうすっかり畑のあちこちに蒔かれ、あるいは埋められたのだとおもうと、なんだか爽快な気分になって、笑っていました。作業するひたいにひかる汗と、梨の香気と、よこに曲がった農家の鼻を思い浮かべたのでした。
土に還る、ということばをよく目にします。死んで還るのだと。でも、土は生きています。そのふところに豊かな空気とうるおいとを保ち、虫などのちいさな生きものたちを棲まわせています。それは死でありつつ、生をささえる、生をつなぐなにかでもあるようです。
土から吸い上げた水を、たっぷりとかかえて、梅が、木蓮が、薔薇がひらきます。掌におもいほどの果実を柑橘が結びます。
「枯木逢春」
そんなことをおもいながら、つぶやいていました。時速40kmではしる車の窓からこぼれおちたそのことばはどこへ行くでしょう。
ぼくたちのことばは、あるいは流れ、あるいはとどまり、文字としてのこり、音になって消え、消えたかにみえてどこかで鳴り、響き、こだまするなにかになるでしょうか。
それは土のように、寡黙な、死んだかにみえて生きている、ぼくたちの愛する書物たちとおなじように、幾百年の時の雨をたくわえて、あたらしいことばを生みだすひとつのささえになるでしょうか。
ぼくはそうなると信じています。ぼくのことばも、あなたのことばも。
今日は節分です。妻が恵方巻きを準備しています。
お隣さん、お向かいさんから威勢のいい「鬼は外」が聞こえてきて、驚かされてしまいます。ぼくはへそまがりなので、「鬼は内、福は外」とむねのうちで唱えます。
鬼はいつでもわがこころの内にあること。福は家のなかから、外へ向かってほしいということ。ついでに、まだ寒い冬空のしたに、薄着の鬼を追い出すのは、ちょっとばかり気の毒だということ・・・。
さて、そろそろ夕餉です。書きたいことは尽きませんが、今日はここで筆をおきます。
とそのまえに、あらためまして、ご結婚おめでとうございます。
あたらしい環境にはあたらしいさいわいがあると聞きます。お二人がこれから築き、磨きあげていかれるご家庭を、どうぞ存分にたのしんでください。
末筆ながら、心よりお祝い申し上げます。
文の日に
草々
あなたへ 森 侘介 @wabisukemori
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