2019/12/7

前略



雪になるかもしれないね、朝から隣家のおとうさんが声をかけてくれました。

日々に寒さがきびしくなっていますが、風邪など召されていませんか。


きょうは柴又で、おおきな黒松の手入れをしてきました。

道路の工事がふえ、若葉のしるしをはった車がふえ、いよいよ師走なのだと感じています。おおくのひとがせわしげに往来するなか、ぼくは十二尺の脚立のうえで、ぢっと松とにらめっこをしていました。


おおつぶの、きびしい雨ではありません、しとしとと、やさしくふる雨でした。

けれど、上着をぬらし、帽子をぬらし、じょじょに、すこしずつしみこんで、肌をひやしつづける雨にはかないません。

それでも、ぼくたちのすきなあの詩人のつつましい祈りに似た詩をとなえては、凍えてちぢこまる足を踏み、勝てないまでも、雨にも負けず、はたらきました。

あなたがくるしいときにしたみたいに「さむいです、さんたまりあ」とつぶやいては、くるしみを吐露できるがいることのさいわいをかみしめました。

きっとそれはこころのなかにいるのでしょう。


ふれるもののすべてがつめたく、アルミの脚立、鉄のはさみはまるで氷です。

ぬれた松の葉はつるぎのように手指をさします。

息はしろく、はっはっと、もくもくと、まるでゆめみたいにあらわれてはきえます。血のあたたかさのあかしでしょうから、ぼくはそれをよろこびます。


よく温められた珈琲をかっても、あっというまに冷めてしまいます。

缶珈琲を両手でつつんで、あしをじたばた踏みながら、庭に咲いたうつくしい山茶花の白い花をみつめていました。

あの花のうつくしさは、潔さだとぼくはおもいます。

ちからがあり、品があり、香りがあり、よくめだつけれど衒う気はすこしもない。

あなたの書かれる詩にどこか似ているようにおもいます。


うつくしい花には泥棒がつきます。

それが虫たちならば気にもしませんけれど、ひとであると、とたんに厭なきもちがするものです。

すてきに咲いたわね、一輪、いただけないかしら

ええ、どうぞ、もっていって

そういうやりとりは、どこできいても心地のいいものですが、たった一言がないだけで、それはとてもやりきれないかなしい泥棒になるようです。

ひとが咲かせた花を盗んでも、そのひとの庭はゆたかにならないのに。

罪悪感がはたけを荒し、きっと園からは、花という花が枯れるでしょう。


ぼくらの花は、どこに根をはり、どこへむかって咲くでしょう。

根っこは暗く、つめたいところへのびていきます。

そこからぼくらはかなしみを、あるいはさみしさを、あるいはいかりをすいあげて、地上に花をむすぶのです。

あなたという詩人にあえて、ぼくはさいわいにも、ほこりにもおもいます。

たとえ盗まれたとしても、あなたの花は枯れはしない。

そんなことをおもっていました。



ぬれた服で、すっかり暗くなった道をはしらせ、まずしいながらもととのえられた家に帰ると、ぼくは安堵のために玄関にたちつくし、1,2分ほど動けなくなりました。車の荷をほどき、すぐにでも湯浴みをしたいのに、体がすっかり安心して動けなくなったのです。

この世にあるさまざまな仕事、それらに貴賤はないかのようにおもわれますが、ぼくがもっとも敬い、尊い仕事だとかんじるのは家事です。

家をととのえることは、仕事の、創作の、おおげさにいえば人生の基盤だとぼくはおもっています。

もっともぼくらは、ずぼらな夫婦ですので、ふたりして家事に手がまわらないこともしばしばですけど、それでも「帰りたい我が家」でありつづけるために、家事という仕事を、賃金の生じることのないしかし尊い仕事を、その日にできるぶんだけ、無理せずにやっていきたいと願っています。



このごろ葉をふるい落としはじめた桜も、夏のうちからもう来年の花芽を育てています。

これからさらに寒さはつのり、その枝に雪が降り積もっても、花芽を育みつづけていきます。

ぼくにはこれから、鬱とのたたかいがまっています。桜の花芽のようにぢっとしずかに冬をこえ、やがて春をむかえるまで、ゆっくりと待つことにしたいとおもいます。


これより酷寒のみぎり、くれぐれもご無理なさらずに、御身御大切になさってくださいますよう、お願い申しあげます。


寒さのために体力も気力も尽き、乱文になりましたこと、ご容赦ください…


おやすみなさい

よい夢を



草々

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