第2話 青の街道


「シュヴァルツェン……ここが、あなたの街?」


 恐る恐る尋ねると、彼——ヴィリは頷いて朗らかに笑った。


「そうだよ。西の街道の、黄色い屋根の建物が見える?あれが僕の隠れ家だよ。今から行くところ」


 彼はもう、手を引いて走ったりしなかった。

 そっと肩を抱いて、エスコートするように隣を歩く。少し距離が近いような気もしたが。


 広場を通るとき、花売りの男の子に声をかけられた。なんでも、この世界で黒目黒髪は珍しいらしく、黒曜石のようで綺麗だと言われた。初めての誉め言葉に舞い上がって、貴方の赤毛は太陽のようで暖かいわ、きっと明るい未来の象徴ね、なんて返したのだが、彼は顔を赤くして花かごを差し出してくるだけだった。ヴィリが呆れたように、黄色い大きな花をひとつ髪にさしてくれた。



「君はあれだ、人たらしだ」


「失礼な、思ったことを正直に伝えただけよ」


「それを人たらしって言うんだよ」



 ヴィリの笑顔には、なんだか柔軟剤みたいな安心感があった。この世界に柔軟剤があるのかはわからないが、自然で溢れるような笑顔が、私は少し気に入ってしまった。



 と、突然彼は足を止めた。

「アヤネ、少しここで待っていてくれる?」


「え、えぇ」


 すっ、と前を行った彼の背中を見て、不安が募る。まさか、置いて行かれる?それは困る。今頼れるのは彼だけなのに。


 待って、行かないで。そう言いかけて我に返る。別に、彼に心を許したわけではない。行き場を失った右手がさまよう。



「アヤネ」


 いつの間にか俯いていた顔を上げる。

「こっちにおいで、アヤネ」


 何がしたかったのか。わからずに不審に思いながら彼のもとへ駆け寄る。

 そのとき、地面に敷き詰められた青いガラスタイルがきらり、と反射した。



 刹那。

 タイルが一枚、また一枚と宙に舞い始めた。幾百、幾千とも見紛う、青。そして不規則な形は蝶に変わり、空に向かってひらひらと飛んでいく。


 そのうちの一匹が、私の方に寄って来た。右へ、左へ、揺れる姿に目を奪われる。

 思わず伸ばした指先に蝶が触れる、その瞬間、すべての青が一斉に光と弾けた。


 呆然としていると、ヴィリがけらけらと笑い出す。


「どう?綺麗でしょう?」


「これは、貴方の魔法……?」


「大正解!これを君に見せたかったんだ」



 余韻のように残る光の尾に触れる。感触も何もなかったけれど、指先から胸の奥に暖かい何かが伝播していった気がした。


「とても、綺麗」


「お褒めに与り光栄です」



 彼はそう言うと、すぐ左側の建物の扉を叩いた。

 すると奥から、何やら不機嫌そうな声が聞こえてくる。

 ダンッ、と大きな音を立てて出てきたのは、またまた顔面国宝のような美青年。


「おいヴィリ!今日こそ昼はお前が……その女性は?」


 すごい剣幕でヴィリに迫ったかと思いきや、こちらを確認して色気の漏れる表情に早変わり。

「この子はアヤネ、さっき森で拾ったんだ」



「「拾った?」」



 おいおい、聞き捨てならんぞ。私は自分でついてきたのであって、拾われてなどいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シュヴァルツェンの夢守人 硝子の海底 @_sakihaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る