第1話 白銀の魔法使い



 そんな本になぜ私が勝手に文章を書いているのか。

 それはもう、なんとなく、書きたかったからとしか言いようがない。

 私の見たこの綺麗な景色を、どうしても言葉にしたかった。私のものにしたかった。


 ただ、それだけ。




「綺麗な字だね」


「うぉああっ!?」



 完全に自分の世界に入っているときに後ろから声をかけられることほど人を驚かせるものはないというのが私の持論。


「それに……うん、よく書けてる。君は作家か何か?」


 振り返ってみてさらに驚いた。




「……綺麗」



 たった一言で私の寿命を縮めた''彼''は、言葉を失うほどに美しかった。

 銀糸の髪、空を映したような瞳には星屑が散らし、整った容貌は彫刻と見紛うほどだった。


 彼はその大きな目を丸くして、吹き出すように笑った。



「っふふ……あはははっ……」


 そんなに笑うか、とツッコミをいれる。自分の美しさを前にして人が語彙力をなくしたことが、そんなに面白いか。



 その前に、この男は誰だ。

 あまりの美しさにそんな単純な疑問さえ考えられなかったが、この状況はかなり異様である。


 ひとしきり笑って息を整えている彼は、容姿だけでなく身なりも綺麗だ。この世界の生活水準はわからないが、少なくとも盗賊や追い剥ぎの類ではなさそうだから、頼ってみるのもいいかもしれない。




「あの、貴方は?」


 恐る恐る尋ねてみる。


「あぁ、名乗りもせずに失礼なことをしたね。僕はヴィリ。しがない魔法使いさ」


「魔法使い?あなた魔法が使えるの?」




 さっきまでとは打って変わって、儚げな笑顔で彼は答えた。


「もちろん、魔法使いだからね。君の名前は?どうしてこんな森の奥に?」


「文音。杉崎文音。どうしてここにいるかは……わからないの。気が付いたら、ここにいたから」


 アヤネ、と彼は呟く。響きを確かめるように、ゆっくりと、何度も。



「あの、私、きっとこの世界にいちゃいけないと思うの。あなた魔法使いなら、どうすれば元の世界に帰れるか知らない?」



「ふふっ、僕を頼ってくれてるの?面白いね。そうだなぁ、もしかしたら知っているかもしれないし、知らないかもしれない。ねぇ、こんなところで話すのもなんだから、僕の店においで。見せたいものがあるんだ」




 そう言うと、彼は突然私の手を掴んで走り出した。急に立ち上がらされた私は足がもつれて転びそうになる。


「ちょっと待って、いきなり何?店ってどういうこと?」



 無視。いい度胸ではないか。


「ねぇってば!」


 森を抜け、丘を登り、ひらけた場所に出る。


「アヤネ、見てごらん」


 眼前に、おとぎ話の一ページような景色。

 八方から集まる街道には色とりどりの店が立ち並び、その間を蜘蛛の巣のように細い道が走っている。路地の両側には小さな屋根が。街の中央には円形の広場があり、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。


 花が咲き、風が踊り、人が笑う。




「ようこそ、シュヴァルツェンへ」



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