第51話 ハウンドクラス
「……本当にここで待っていればいいんですよね?」
「うん」
「でも、でも、みんなあそこから出てきてますよ?」
「順番がきたら名前が呼ばれるから」
隣に座るレフィの質問に答えながら、俺はここから遠くの観客席を眺める。あれだけ派手な赤色の髪をしているのだから目立ちそうなものだが、いかんせん闘技場が広すぎて俺の視力では色の付いた砂が散らばっているくらいにしか見えない。
建物上部の観客席は闘技場を周りから見下ろすように設置されていた。その内側には落下防止のような柵がぐるっと張り巡らされている。落ちたら危険そうな高さではあるけれど、飛び火した魔法が叩き落とされているところを見ると盾系の魔法が張られているらしい。
シールドやレジストみたいな半透明な障壁ではない。おそらくオブリクルの魔法だろう。ウォールだったら試合なんて観戦できたものではない。
「レフィ、シューラさんはどこかにいないか?」
「あのヒトですか? ちょうど反対側の、たぶん、アレがそうだと思いますけど」
「どれだ」
「あそこです」
レフィが指さした方を注視する。やはりヒトの集団が蠢いていることしかわからない。
この距離で顔の凹凸まで見えるというのだろうか、レフィは。
「……なるほど、あそこかあ」
「わかります?」
「わかったわかった。それで、向こうはこっちの様子には気付いているか?」
「……、見えるんですよね?」
「見えるけど確認しておきたい」
「はあ。戦っているヒトたちをずっと見てるようなので、こっちには気付いてないと思いますよ」
「そうか。なによりだ」
「気付かれたくないんですか? わたし達の順番になったらどうせ見つかっちゃいますよ」
「それはもちろんだとも」
レフィの言葉を受けて、俺は思わず口元が緩みそうになる。
円形のように見えた闘技場はいざ中から見てみると少し横長な楕円になっていて、中央で戦っている
戦士達の足元の土台は、ムラのあるくすんだ白色をしていて、恐らくはかなりマナ硬度の高いレアメタルが使われているように思う。鉱石の名前を聞けばわかるかもしれないが、色だけでは判別が付かない。たぶん、この闘技場で一番金が掛かっている部分だろう。
イン。
戦場の一部が白く瞬き、揺らめいた。
吹き飛ばされた戦士は、激突した“見えない壁”を背になんとか立ち上がり、また武器を構える。対面で槌を振るう女性はまだまだ余裕があるように見えた。
戦場は白い土台の中心を縦横に走る赤いラインによって四分割されていた。壁際にも同じ色の線が見えることから、観客席を守っているオブリクルの魔法が中心にも張られているのだろう。
審判員と思わしき四人の有翼種がはるか上空からそれぞれのエリアを見張っている。しかし、あれほど離れた場所からこんなに正確に盾魔法を形成できるとは思えない。とすれば床下かどこかに強力な魔法具が使われているのだろうと思う。普通に軍事レベルの魔法具だ。魔法装置といったほうが正しいかもしれない。
ぱん、と音を立てて、四分割されたうちの一箇所に白い閃光が走る。
そこで戦っていたパーティは動きを止め、少しして壁際の扉から数人の救護係が入ってくる。負けた側の司令と思わしき人物はまだ無事のようだから、おそらく降参が宣言されたのだろう。勝利した側のパーティが喜びを露にした。
「負けちゃいましたね……」
つぶやくようなレフィの言葉に、俺は目を向ける。
「負けた方を応援してたのか?」
「宝剣を使ってるヒトがいたので」
「なるほど」
「……あっ、まだ順番じゃないんですね」
決着が付いた場所に、また二組の参加パーティが姿を現した。
途端に会場の一角から色とりどりの閃光が散った。その観客席の周囲が大きくざわめいたのがわかった。入場したパーティのうちの片側にいる、身なりの良いショートカットの少女が最高に不機嫌そうな顔で観客席を見上げた。
「ああ、あれが」と、隣の見知らぬ女性が声を上げた。
「ああ、例の?」
「そうそう、ミルナリオの一族の子でしょ」
俺たちを置いてきぼりに、周囲がひそひそと話し始める。
聞き耳を立ててみれば、どうやらドリテルでは金持ちで有名な家の子らしい。金持ちが戦士になるというのも珍しい話だけれど、少女の表情を伺うにあまりご親族との関係は思わしくないように思える。
というか、あんなに派手な応援をしてくる家族が観戦に来ていたら俺だって嫌だ。
「二人ですか」とレフィが口を開く。
「そうみたいだな」
ミルナリオ家の少女のやや後ろには、いかにも自信のなさが表情にまで表れているような青年が佇んでいた。年下のはずである少女の方がどっしりと構えているにも関わらず、青年は出る場所を間違えたかのようにオロオロと周りを気にしている。
あんな状態で、しかも二人で大会に参加とは。
いろいろと事情があるように見える。
「4対2ですけど……」とレフィが心配そうに言う。
「1パーティ8人までだったはずだから、問題ないだろう」
「そういうことを言ってるんじゃないのですが」
もちろん分かっているけれど、本人たちが二人で参戦することを決めたのだろうからどうしようもない。苦労せずに暮らしてきたボンボンがいったいどれくらいやれるか。
ぱん。白い閃光。開始。
同時に共鳴するマナの音と、派手に揺らぐオブリクルの壁。
どさりと、ヒトが崩れ落ちた。
「え?」
いつのまにか敵陣にいる少女は、キッした顔で振り向き、仲間であろう青年に何かを叫んだ。青年は慌てた様子で
呆気に取られていた一名が少女へ大剣を振り下ろす。少女はその刃を腕に受け止める。強烈なマナの音に弾かれるたのは剣の方。両腕が持ち上がり、空きだらけの腹。そのど真ん中に間髪入れず少女が左拳をぶち込んだ。
透明な盾が揺らぐ。
カウンターのように、青年に向けて棍棒を振りかぶったのは背の高い女性。瞬時に力の差を理解しての動きはかなり頭の回転が早い。けれどその鈍器は青年に届かない。
恐怖に吐きそうな顔をした青年に、ビタリと寄りそうに少女は立ち塞がる。弾かれた棍棒に女性の握力が耐え切れず、武器だけが遠くへ飛んでいった。
丸腰の女性の顔が驚愕に歪み。
ぱん。
白い閃光。
少女は殴りかかる動きを止め、救護班が慌しい様子で入ってくる。
観客席からどよめきの声が上がった。一部でまた歓喜の火花を打ち上げている輩を除けば、歓声といえるものはなかった。少女と青年は観客席を振り返ること無く、扉の中へと消えていく。
なるほど、なるほど。
噂に上がっていたのは彼女の家が金持ちだからというわけではなく、どうやら本人の実力によるものらしい。むしろ家柄の方が後からくっついた余分な情報なのかもしれない。
なんにせよ彼女は、これだけの実力を見せておきながらエリア数はハウンドクラスの上限にも達していないということになる。そうでなければ出場できない。あの臆病そうな司令の青年が凄まじい神性をしているという可能性もあるけれど、彼女の動きは本物だった。
武器を素肌で受け止めたところを見ても、かなり毛並みの良さそうな
「……あのヒト倒さないと優勝できないんです?」と恐る恐るレフィが言う。
「どうやらそうらしい」
「か、勝てます?」
「今日は早めに帰ることにしようか」
「……それがいい気がしてきました」
「んむう?」
レフィの隣で寝そべっているクーが、むにゃむにゃと口を動かした。
こっちの気も知らないで、といった様子でレフィはため息を吐く。
「なんだか、最初の組み合わせが終わっちゃいそうですけど、私達は最後の方なんですかね? ……ずっと緊張してる方がイヤなのですが」
「参加者全員が一回戦に出るわけじゃないからな」
「えっ? そうなんです?」
「勝ち上がり形式のトーナメントだと、どうしてもな。例えば参加者が5パーティいたとして、そのうちの4パーティは戦えるけど、もう一つは相手がいないだろう?」
「あ、そっか、確かにそうですね……、あっ」
「おっ」
左手前のエリア。
新たに戦場に入ってきたパーティの片方を見て、俺とレフィは同時に声を上げた。浮き足立った周囲の様子とはまったく隔絶されたような、落ち着いたベテランの装いに、俺はどうしようもなく息を吐き出す。
「あれって、……あの、ニトさん」
「やっぱりな」
面倒そうな佇まいも、けれどやはり隠しきれないヒトの良さが滲み出ているような表情も、間違いない。シューラさんが通路で話していた相手だ。
パーティの三人とも、恐らくは同じ年代に見える。これから始まる戦闘に向けて、仲間と小声で話し合うわけでもなく、目配せをするでもない。まるで小さな子供たちが戯れているのを外側から眺めているかのような雰囲気すら感じ取れる。危機感も緊張も無く、「ああ、後片付けは私たちがやらなきゃいけないんだろうなあ」と、ささいな不満を漏らす親達の集まりのようにすら見えてくる。
「どうやってこのクラスに出たんですかね?」
「もちろん条件をクリアしてるからだろう」
「で、でも、あのヒトのお友達に見えましたよ? もっと上のクラスのヒトなんじゃないですか?」
「戦いを見ればたぶんわかるだろう。ああ見えて意外と結成したばかりかもしれない」
「ええ……?」
思ってもいないことを口にすると、レフィが訝しげにこちらを見る。その表情は俺が言いたいことの全てを代弁してくれている気がした。
ぱん。
開始の合図に動き出しは同時。
どちらも強化系の魔法から入っていることは瞬間で確認した。しかしベテラン組のうち二人はすでに相手陣営へ切り込んでいる。バッファーとアタッカー二人の布陣はかなり攻撃的だが、その弱点を突く暇もなく相手方の武器は素気無く叩き割られ、前衛は地面に伏し、珍しくも治癒術士、兼、司令と見られる女の子が腰を抜かしたところで降参となった。
勝負になっていない。連携と練度と勢いの暴力だった。
大した戦術もへったくれもない雑な突撃は、しかし一つ一つの行動が洗練させすぎていて咎める前に押しつぶされる。そしてなにより、単純な力量差が凄まじい。
どう見ても、ヒトに対する戦い方ではなかった。俺は少なくともそう感じた。
あれは間違いなく“狩場の動き”だ。
そしてあの破壊力。けれどエリア数は上限に収まっているという事実。
…………なるほどなあ。
「と、とんでもなく強くないですか?」
「とんでもなく強かったな」
「ぜっ、絶対おかしいです! エリア数を誤魔化しているに決まってます!!」
「……受付でも確認したが、この闘技場は協会と提携しているみたいだ。係りのヒトが確認のために奥の部屋と往復していたから、たぶん協会と同じあのクリスタルがあると思って間違いない」
「えっ、じゃあ……」
「不正はない」
「……あのヒトたちがみんな、クーみたいな獣性をしてるってことです?」
「そうも見えない。武器を使っていたから」
「なら、相手の方が実はすごく弱かったってことです?」
「相手も動き出しは別に悪くなかった。少なくともハウンドクラスに出るメンツの中で遜色があるってほどじゃなかった」
「だ、だったら……!」
「俺が思うに」
遮るように口を出すと、レフィは興味深そうに俺を見つめた。
俺はもう一度可能性を洗って、整理する。
「あのパーティからはあんまり勝つことへの執着が感じられない。たぶんシューラさんに言われて無理に出場することになっただけだと思う」
「わたしたちを優勝させないためです?」
「そう。放っておいても俺たちがハウンドクラスを抜けきれるとは思えないけど、6エリアの件があっただろう? 向こうとしても俺たちの現状をうまく掴めてないから不気味なんだろうと思う。だから確実に俺たちに勝てそうで、しかもハウンドクラスに出場資格のある知り合いを連れてきた。そんなところだろうと思う。嫌われたもんだ」
「でもでも、だとしたら、あのヒトたちはどんなパーティなんです?」
「…………“周回組”かな、と俺は思ってる」
聞きなれないであろう言葉に、レフィが首をかしげた。
俺は身振り手振りを交えながら続ける。
「戦士の誰も彼もが“最強”を目指しているわけじゃない。まずこの認識が大事だ。例えばどうしても食べてみたい料理があった。手にしてみたい武器があった。安定して稼げる場所が欲しかった。レフィやクーにも目的があるように、みんなそれぞれの目的で生きていて、それぞれの理由があって戦士になってる。それはわかるよな?」
「わかります」
「それで、例えばもし、レフィがトップクラスの戦士になれたとして、ノーヴィンさんからも認められて、ちょくちょく会話も出来るくらいになって、まだ回っていないエリアはもう命懸けになるような場所しか残されていなかったとしたら、どうする?」
「え? え、えーっと……」
「死ぬほど危険な戦いを一月くらい続けたとして、それでもやっと妖精の花畑と同じ1エリアにしかならない。事故が起きたらもうノーヴィンさんにも会えないかもしれない。すでにレフィはノーヴィンさんと仲がいい。皆からも認められている。それでも新しい狩場に出向こうと思うかどうかだ」
「わ、わからないです」
「まあ実際そうならないとわからないよな。……例えばこのときに、ノーヴィンさんがレベル4のエリアの素材を欲しがっていたとする。そのエリアはレフィからすれば経験のある場所だし、戦い方も覚えてる。だから危険もない。もう大きなクリスタルはまったく出ないけれど、素材が取れれば十分に重宝されるとしたら、レフィなら取りにいくだろう?」
「それは、いくと思います」
「だよな。要は周回組ってのは、もう冒険をやめてしまったヒトたちのことだ。危険を冒さなくても、見知った狩場でいつもと同じように狩りを続けていれば幸せに暮らせるから、旅をする必要がないヒトたちだ」
なるほど、と頷きかけたレフィが、はっとして顔を上げた。
「でも、でも、同じエリアばっかりだと、協会から何か言われるんじゃないです?」
「だから“周回”するんだ。同じエリアにずっと留まるんじゃなくて、もう狩り方を熟知しているエリアを、ちょっとずつ回って、帰ってくるんだ。途中には素材のいらないエリアを通ることもあるかもしれない。そうしたら、何も考えなくても通り道の魔物くらいは倒していくだろう? クリスタルの小ささにも限界はあるから、塵も積もればってやつだ。あのヒト達の年齢からして、もう何年も同じ場所を回っているんじゃないかと俺は思う」
「つ、つまり、小さなクリスタルだけで、あそこまで強くなっちゃったってことです?」
「だと思う。それ以外に、あの強さでエリア数がハウンドクラス内で収まっていることの説明が付かない。同じエリアで何年狩りをしたとしてもエリア数は増えないからな」
「な、なるほど……」
はー、と感心したようにレフィは息を吐き。
そしてぐったりとうな垂れた。
「ぜ、絶対優勝できないじゃないですか……、さっきのヒトも強かったですし……」
「なあ? 酷いよなあ」
「そんな他人事みたいに」
「いや、あんなのとこれから戦うこともあるのかと思うと、とても頭が痛いよ」
「なんでそんなに平気そうなんですか……。あ、終わっちゃったみたいですね」
闘技場に残った最後の一組が捌けると、上空で監視を続けていた有翼種の四人が、棒状の何かを担いで降りてくる。緑や薄黒い赤、それぞれの色に光る棒はおそらく魔石を棒の形に削り出したようなモノで、所々から枝のようにトゲが飛び出ていた。
四人は(おそらく)透明な盾の両側に舞い降りると、それぞれの両端に二人ずつ分かれ、手に持った魔石の棒を地面に突き立てた。あれが魔法装置の鍵なのかもしれない。
何の前触れも無く、四人は同時に腕を振って盾の消滅を確認した。
同じように反対側の盾も解除すると、四つに分かれていた戦場が二つにまとまる。どうやらハウンドクラスの二回戦以降はこの広さで戦うことになるようだ。すぐに終わったフェアリークラスでは見られなかった光景だった。クラスごとにレギュレーションが違うらしい。
「い、いよいよです?」とレフィが顔を強張らせる。
「二回戦だな。順番がどうなるか……。あ、出てきた」
2パーティずつ、計4パーティが戦場に姿を現す。
俺は中央の盾魔法を挟んで左側のパーティに目を向けた。
「ほら、あっち、レフィ」
「はっ、はい!?」
「左の方。片方、まだ見たことないパーティじゃないか? たぶん一回戦で組み合わせにあぶれたヒトたちだろう」
「あ、ああ、ほんとですね。初めて見ます」
頷いたレフィの声は上擦っていて、心此処に在らずといった様子だ。
自分の順番が迫ってきているとも思えば、仕方のない話だ。
お金持ちの家の少女。ベテランの三人組。
二回戦になってもその実力は圧倒的だった。
ベテラン組はまったく危なげなく勝利を収め、青年と少女の二人組は、対戦相手も即座に青年を集中攻撃するという理に適った戦術に出たが、少女がこれを全て守りきって見せた。元からそういった展開になるであろうことを読んでいたのだろう。青年も怯えた様子ではあるけれど、攻防に関わる最低限の音指だけは確実におさえているようだった。
いよいよもってレフィの顔色が悪い。
闘技場に来た日に限ってこんなメンツが集まるのは俺も納得がいかない。とはいえ大会は二月に一度という話だから、いつ参加したとしても一組くらいはエゲツないのがいてもおかしくはない。
「参加数からして、このクラスは次が最後かな」
「ああ……、いやです……、呼ばれます……、呼ばれてしまいます……!」
「早くしてほしいって言っていただろう? レフィ」
「そ、それはそうですが……!」
「それにあの二組はもう終わったんだから、とんでもなく強いパーティはそこまで残ってないはずだ」
「うう、それも、そうですけど、そうですけどっ! ……っ、だいたいなんであのヒトはこんなに意地悪をするんです!?」
「おっ、レフィが怒ったぞ」
「怒りますよ!! だってどう考えてもハウンドクラスのヒトじゃないじゃないですか!! わたしたちに惨めな想いをさせるつもりに決まっています!」
「怒った怒った。いいぞー。もっと言ってやれ」
「こんなっ! ヒトの多いっ! こんな場所で!! 自分たちが強いからって! 弱いものいじめしようとしてるんです! こんなことが許せますか!?」
「まったく同意だ。俺達は娯楽を提供しに来たわけじゃないんだよなあ」
「ニトさんももっと怒ってください! こんなのあんまりです!」
「もちろん怒ってるよ。だからこそ……、ほれみろ」
俺はここ、“観客席”から闘技場の中央を指差した。
右側のスペースに現れたのは二組のパーティ。左側は空きとなっている。
「あ、あれ?」とレフィが素っ頓狂な声を上げる。
「あれが二回戦最後の組み合わせだな」
「あの、あの、……わ、わたしたちは?」
「名前を呼ばれた覚えはないよな」
「順番を飛ばされました!? やっぱり待合室に居なきゃいけなかったんじゃ……!」
「大丈夫だ。待合室にいてもどうせ名前は呼ばれない」
「どっ、どうしてです!?」
「大会に参加してないからな」
素晴らしく呆けた顔をしらレフィが、俺を見上げたまま固まった。
その隣の席で寝そべったままのクーが「んがっ」と声を上げた。
「…………はい?」
「受付は参加条件を聞いて、あとちょっとした世間話をしただけだ」
「参加、してないんですか?」
「してない。安い席の券を買っただけだ。大会の雰囲気くらいはわかっただろう?」
「あは、あ、あきれました……」
レフィの小さな肩から力が抜け、ぷしゅうと背中が丸まっていく。
ここまで言わずにいたのは、俺も少し意地悪だったかもしれない。
「シューラさんはどんな顔してる?」
「……、ああ、すごく混乱していますね……、隣のお仲間さんの肩を叩いてます……、なんか大声上げてますね……、あっ、観客席を探し始めたっぽいです」
「そうかそうか。よいしょ」
俺は席から腰を滑らせて、うずくまるように姿勢を低くする。
ぱん、という音が、二回戦最後の試合の開始を告げた。
「向こうはこっちが観客席にいることは知らないからな。先に帰ったと思えば探すのも諦めると思う。諦めたように見えたら教えてくれ」
「……はあ。すごく、力が抜けました」
「お疲れ様」
「べつに、疲れてないです。戦ってませんから」
心底疲れた声でレフィがそう言った。俺は苦笑する。
二回戦も滞り無く消化し、俺はレフィのふて腐れたような合図で席に座りなおした。
おませな戦士はつむじで聞くよ! おおば とりよし @toba
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