第50話 ドリテルの大会
「今後の予定を発表しまーす」
「まずはすれーじんぐをカンペキにするのだ」
「わかったわかった」
やや雲の多い空は快晴とまではいえないけれど、雨雲に見えるほど顔色の悪そうなものは浮かんでいない。朝日が雲から顔を覗かせる度に、なんとなく日光の偉大さを再確認する。向こうからすれば普段からもっと感謝しろと言うかも知れない。
走りこみがてら、オーグさんの話通りに基地から南へ向かってみれば思いのほか早く舗装地帯を抜けることができた。まだ家や建物はちらほら見えるけれど、これくらい空いたスペースがあるのなら練習には困らなそうだ。
オビッケンを借りられればもっと郊外まで出られるかもしれないが、誘導もなしに乗ろうとするのは無茶だろう。一人じゃ前進すらできない。騎乗を覚えるのも意外と急務かもしれない。
「ゴノーディスへの入団はどうやら確定事項のようだから、俺達はその有難いご好意に全力で応えなければならなくなった。俺たちがこの一月いないにしなきゃいけないことは、明日開催されるらしい大会で優勝するか、30エリアを制覇するか、もしくはあのレビューってヒトの依頼に付いていかなくちゃならない。どう思う?」
「どう思うって」とレフィが苦そうな顔をする。「最後のだけはヤです」
「俺も嫌だ。だけど先に話しておくと、一月で30エリアは無理だ」
「どうしてです?」
「俺達は4日で6エリアを周ったから出来そうに思えるけど、あれはひとつの街の近くで狩ることができたからだ。あのギョロギョロとワンワンでわかったと思うけど、俺たちがレベル2で狩るのはまだかなり危険だ。セオリーから言っても、早さを取るにしても、まずは1レベルのエリアをこなしていくのが間違いのないやり方になる。もしも今回みたいに、当たり前のように4日で6エリアを狩ることができたとして……」
俺はまた棒で地面に線を引いていく。
「そして、丸一日で移動できるくらいの間隔で、ちょうど良く街があって、しかもその周りに都合よく6つもエリアがあるとする。……俺たちがまずこのドリテルの周りで4日間をかけて6、丸一日で移動して、また6、さらに一日で移動して6エリア。……こうだな。そうすると24日目におそらく30エリアが達成できて、帰ってくるのに4日ほどかかることになるから、計算上では28日間で30エリアはいけそうに見えるが――――」
「無理そうですね」
「そうだな、無理だ。まず俺たちには足がない。オビッケンもまともに乗れない。基本的にドリテルを朝早く出発すれば、東でも西でも夜までに寝泊りできる場所にはたどり着けると思う。ただそれはヒトの都合であって、エリアとは関係ない。俺たちはボスメーロからゲンドーゼンまで二日も掛かったけど、ボリアの平原はずっと続いていただろう?」
「それはそうですね」
「そう、だから一日移動すれば新しいエリアが6つもあるだなんて、そんな簡単な話じゃない。たとえ奇跡的にエリアが足りたとしても、おとといまでの“あの4日間”を一月まるまる続けることになる。俺は正直嫌だ」
「わたしもヤですよ」
「クーは大丈夫なのだ」
「クーは静かにしていてくれ」
「クーはちょっと黙っててください」
「…………のだぁ」
「ということで、一月30エリアは一見現実的に見えてまったく現実的じゃない。もちろんエリア狩りはガンガン進めていこうとは思うけど、根詰めるほどのことじゃない。技とか魔法の練習と違って、疲れてるときのリスクが高すぎるからな。そこまでしなくても俺たちの狩りのペースは速いとかいう話だし」
「そうです! びっくりしました。どうしてですかね?」
「どうしてだろうな? 俺たち、頑張っただけだよな?」
「頑張りはしました」
「がんばったのだ」
「そう、頑張っただけだ。それをペースが速いって驚かれるということは、他のヒト達があんまり頑張ってないんだろう。親の繋がりで最初からゴノーディスみたいな強豪ギルドに入れることが決まってたりだとか、活動資源が潤沢にあるだとか、そういう精神的な余裕が大きいんじゃないかなと思う。せかせかやろうとしなくても大丈夫っていう、な」
「狩場の情報がどうこう言ってた気がしますけど」
「それも含めてだ。協会の魔物図鑑やら聞き込みだとか案内を活用すれば、低レベルのエリアはほとんど網羅できると思う。そうでなくてもゴノーディスには頼りになる先輩がわんさかいるんだから情報を集めるには問題ないはずなんだけどな。それらを使わないのは怠慢だと思う」
「……でも、ニトさんは知りすぎな気もしますケド」
「予定の話だったな!! とにかく30日間で30エリアは無理だ。とすると大会に出るということになるが、やっとこ10エリアの俺たちにはハウンドクラスは無理だろうな」
「大会も無理ですか……」
「適性はフェアリークラスだからな。出場資格にエリア数が条件になるんだが、一つ上のクラスだったら、格上挑戦ってことで参加可能ではある。10エリアはフェアリークラスに出場するにしても少ないくらいだが、一応ハウンドクラスに出ること自体は可能ってことだ。……レフィならわかると思うが、パーティ同士の戦いは魔物との戦いとは根本からして違う。ハウンドクラスで優勝するなんてのは、あのレベル2のエリアで狩るのとは比べものにならないくらいキツいと思ったほうがいい」
「ヒトが相手だと、そうですね……」
視線を流すように、レフィが地面を見る。
誰かとの一方的な喧嘩を思い出しているのかもしれない。
「ただ、優勝が無理でも参加することはできる」
俺の言葉に、レフィとクーの視線が集まる。
「初戦ですぐに無理だと思えば、降参すればいいからな。クラスごとの優勝でもそれなりに賞金は出るし、一部協会が管理しているような技とか魔法が解禁されたり、規制された狩場なんかにも入れるようになる」
「規制されてるエリアなんかあるんです?」
「野ざらしのエリアじゃなくて、洞窟だったりすることが多い。鉱物との兼ね合いか、出てくる魔物の素材か、もしくは危険性だったり。理由はいろいろあるとは思うけど、ある程度の強さだとか身分が証明できないと入れないってことなんだろうな」
「それが、大会の優勝でショーメイできるんですか」
「そう。今回はゴノーディスに条件として出されたけど、そうでなくても大会はいつか挑戦したいとは思ってたところだ」
「うーん……」
レフィが何かを考え込むように、クーの方へ目を向けた。
「クーのラカンなら勝てるんじゃないです?」
「うん? クーなのだ?」
「そうですよ。クーのラカンは後ろで見ててもすごいと思います」
「レフィはクーを舐めてるのだ? まものに当たらないのにヒトに当たるわけないのだ」
「そんな自慢げにいわれても……」
フンと胸を張るクーに、レフィがうなだれる。
そしてその矛先は、当然俺に向かってくる。
「……ニトさんが
「俺が、か」
「そうですよ。まだニトさんの音指でのラカンは見たことがないです」
「そういえばそうなのだ。どうなのだ?」
「どう、だろうなあ……」
俺は悩むフリをして遠くを眺める。家屋がまばらに散らばる景色に、下からもふもふした頭がズイと入り込んできて、俺の意思とは関係なく、目がそれを追う。
耳。髪、おでこ。そして寄った眉に、ムンとしたレフィの顔が順に見えて、俺はまた逃げるように別の方向を眺める。大きなため息が下から聞こえた。
「……なにか問題でもあるんです?」
「いや、別にない。ない、が」
が、しかし。
俺にも予想が付かない。いったいどれほどの威力になるのか。
そしてその威力は、公衆の面前でお披露目しても常識の範囲と認識されるのかどうか。
エリアのペースが速いと言われたのが俺としても予想外だった。たとえ自惚れだとしても、俺の持っている狩場の情報量が常識的ではない可能性は考えておくべきだろう。考えたところで、エリア回りの手を休めるつもりはないけれど。
こっちは身の上がバレるリスクも考えた上での“本気”だ。あのくらいで驚かれるということは、これからしばらくゴノーディスをお騒がせすることになるだろう。
しかし、大会は別だ。
ギルド内で懐疑の目を向けられたとしてもそれはギルド内の話に収まるが、大会はありとあらゆるヒトの目に触れることになる。たかが6エリアがゴノーディスを驚かせるなんて想像もしてなかった俺に、音指を乗せたクーの羅漢がどの程度の波紋を呼ぶかなんて想像できるわけもない。
本気、だからといって何でもアリというのは危険に思える。
飲まず食わずでひたすらエリア狩りを進めたところで、大怪我したら意味がないのと一緒だ。
「また、何か隠し事です?」とレフィが口を尖らせる。
「……俺はいつでも契約を受けると言った」
「う、ぐ、ぬぬぬ」
俺の返しにレフィが唸る。
レフィが出してくれた天国のような条件のおかげで、罪悪感が薄れているのはなんとも有難い話である。
「まあ一つに、俺の素性を隠したいっていうのはある。大会のエントリー方法までは詳しく知らないけど、協会の登録情報と照らし合わせるようなことがあると正直面倒だ」
「なるほどそういうことですか」
「音指で逆に威力をコントロールすることは出来るから隠すことができないわけじゃないんだけどな。とっさにそこまで判断できるかはわからない」
俺の言葉に、レフィも渋々といった様子で頷いた。
自分も音指を扱うようになって、その難しさや繊細さは肌で感じてるのかもしれない。
「出来るだけ俺が手を出さずにレフィとクーの二人だけで優勝してくれればそれが理想ってことになるが、まあ厳しいだろうな。とりあえず参加自体は悪くないと思う」
「なるほどです」
「大会、出るのだ?」
「出るだけ出るつもりでいる。空気感に慣れるだけでも経験になる。……俺は
「うーん……、厳しそうですね……」
「キビシーのだ」
「厳しいよなあ……。でも優勝できないとすれば、今度こそあのレビューってヒトに付いていかなくちゃならない。向こうもそのつもりだから他の二つを30エリアだとかハウンドクラス優勝だとか、そんな無茶苦茶な条件にしたんだろう。明日の大会の様子次第じゃ腹を括るしかない」
「うええ……、ヤです……」
「アイツは来るのだ? アイツは」
「アイツって、クーと競走したあのヒトか?」
「のだ」
「レビューってヒトを“リーダー”って呼んでたからな。同じパーティだと思うから当然来るだろう」
「うぬう、再戦にはまだ早いのだ……」
クーが両手をぎゅうと握った。
別に依頼現場で競走することにはならないと思うけれど。
「ま、ということで」と俺は声色を変える。「30エリアは目指さない。明日の大会には参加する。無理そうなら依頼に同行する。これでいこうと思う。明日のことも考えると今日は狩りもお休みしようと思う。朝練だけ済んだら街を回ろう。できればオーグさんに案内を頼んで。最悪、どこかではぐれても基地には戻ってこられるようにしておきたい」
「これだけ広い街ですからね」
「なんか買うのだ?」
「いまはお金がそこまでないから、物色するだけだな。レフィも宝剣とか装備もみたいだろうし。クーも、何か見たことがない食べ物があれば……」
「たべものっ!! そうなのだ!! 何があるのだ!?」
「だからそれを見に行こうって話だ」
「いくのだ!! いますぐ!!」
「スレイジングはいいのか?」
俺の問いに、クーの顔がわかりやすく硬直した。
そして微細な動きと共に、次第に変化した表情は形容しがたく、感情を読み取るより先にクーは踵を返し、凄まじい勢いで走っていった。清清しい朝である。
「……わたしも始めます」
「そうだな」
手馴れた様子で石を集めだすレフィを俺も手伝う。
もうしばらくしたら、目印のない練習も始められるかもしれない。
* * *
いかにも、な雰囲気だと感じた。
闘技場は巨大な円形をしていて、その外郭には街とはまた別の簡素な鍛冶屋や
受付の脇ではまるで競うようにイカツイ装備を見せつけ、パーティ同士が牽制しあっている。まだ昼前であるにも関わらず暑苦しさを覚え、俺はうへえと息を吐いた。派手な見た目コンテストではとても勝てる気がしない。
「緊張してるのか? レフィ」
「そ、そんなわけないじゃな、ない、ないですか」
「それは良かった。……クーは?」
「うん? なんなのだ?」
「いや、なんでもない」
レフィは目を白黒させ、クーは両手を後頭部に回して、のへーと突っ立っている。
二人の対照的な様子に笑いながら、俺は受付の列へと並んだ。ひとつ前に並んでいた女性がヤケにキツい視線を向けてきて、俺は口笛でも鳴らす気分で他所を向く。もし初戦で当たるようなことがあったら早々に降参しようと思う。
空気に漂う、金属と鉱石の香り。なんとなく血の臭いが混ざっているようにも感じた。こんなふざけた気分で参加しようとしているのは俺たちだけかもしれない。
「誰かと思えば」
自然と眉間にシワが寄るのは仕方のないことだった。
俺は軽く瞬きをして顔のパーツを元の位置に戻したあと、いま一番聞きたくない声の方へを振り返った。燃えるような赤い髪の女性がそこには立っていた。
「シューラ」
「シューラさん、だろう?」
俺のつぶやくような声に、シューラ、さんは憎々しい笑みを向けてくる。
こうしてまともに話すのは初めてだろうか。
その背後にはクーの競走相手だった黒髪の女性もいる。ゴノーディスの三番手ともなればやはり有名人なのか、さきほどまで威張り散らしていた輩達がヒソヒソ話をしながらそそくさと道を開けていた。
「呼び捨てが基本だと、ジストリさんがおっしゃっていましたが」
「あんな歴史ジジイのことはいい。シューラさん、だ」
「わかりました。シューラさん」
あからさまに高圧的な態度は、いまここで立場をはっきりさせたいのかもしれない。明らかに憎悪の伺える表情はまさしく俺に向けられていて、変身したクーと鉢合わせた経験がなければ迫力だけで気圧されていたかもしれない。正直怖い。
「それで?」とシューラさんが薄ら笑いを浮かべる。
「それでとは」
「ああ? わかるだろ。そ、れ、で?」
「どれでしょうか」
「大会に出るのかって聞いてんだよ」
いや、聞かれてなかったと思う。
「……条件のひとつですからね」と俺は答える。
「ほほう、何か秘策でもあんのか? 種族に伝わるヒデンのワザ、だとか」
「そうですね、それなりに準備してきました」
俺の受け答えがお気に召さないのか、シューラ、さんは苛立ちを隠そうとすらせずに顔を歪めた。もちろん俺も、お気に召さない受け答えを選んでいるつもりだ。
「たかだか10エリアそこそこでハウンドクラスが抜けると思ってんのか?」
「無理な課題を条件にしたんですか?」
「はっ! いーや、もちろん余裕だろうと思っているさ。まさか注目の新人がまかり間違ってハウンドクラスなんかでコケることはないだろう? 面汚しになるからな?」
「そうですね。転び方が悪いと顔に土が付きそうですね」
「お前の顔が汚れようが知ったこっちゃねえよ」
ふん、と鼻を鳴らして、シューラさんは仲間と共に通りの奥へと歩いていった。
俺は視線だけでなにとなくその背中を追うと、彼女は通路脇に佇む誰かに向けて下卑た笑顔を見せた。目を凝らすと、シューラさんの近くにいるのは、これまた戦士風の女性だった。
知らない顔だった。どこか気弱そうな出で立ちは傍から見ていると、シューラさんに絡まれていることが迷惑そうにも見えた。
戦士の女性は装備品こそ質素に見えるけれど、それらは長い時間を共にした相棒のように、その体に馴染んでいる。見栄のためだけにピカピカの新品を被っている周りの若者たちとは対照的に、落ち着きを感じるその風貌は年齢も一回りほど違うように見える。
「……まさか、シューラさんがハウンドクラスに出てくる、なんてことはないですよね?」
通路の奥を注視しているうちに、いつのまにか隣にはレフィが立っていた。
よほどシューラさんが苦手なのか、まるで柱の影に隠れるように俺に身を寄せてくる。
「いや」と俺は口を開く。「さすがにソレは無理だろう」
「参加条件です?」
「そう。エリア数で下限が決められているけれど、もちろん上限もあるし、そもそも一度優勝したら参加できない決まりだったと思う。一応、このまま受付で聞いてみる」
「お願いします」
シューラさんのあの軽装を見るに、おそらく大会参加という目的でここに来ているようには思えない。だとすると、うちの動向を見るためだけに覗きにきただとか、そんな暇なことをしているのだろうか。
奥にいるシューラさんのパーティと戦士風の女性が不意にこちらを向き、俺は適当にその辺にたむろっているブーツだらけの足元に視線を逃がした。
ギルドメンバーの大半は、俺たちはきっとシューラさんの依頼に同行し、そこでひとしきりのパワハラを受けた後、渋々合格を言い渡されるのだろうと思っているに違いない。
つまるところ俺たちがこうして大会に出場しようとしていること自体が空気の読めない行為である。そこは忖度して、上司の思惑のままに新人イビリを真正面から受け止めて、上下関係をしっかり理解したあとに加入。そんな形を求められているのだろうが俺はそんな素敵な演出に付き合うつもりはさらさらない。
カウンターのパーティがエントリーを終え、列が一つ進む。
――――ちょっと、燃えてきたな。
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