第4話 四方屋凌と、鈍く痛むのは心。揺れ動き、躍り上がるのも心。



「病院」


 目を覚ました四方屋は、見上げているのが天井だとわかると第一声そう言った。


 なぜ? そう思うと同時、横から声がした。


「気がついた?」


 ベッドの脇に椅子を置き、腰掛けて文庫本を開いていた女性教師が四方屋に声を掛けたのだ。


 怠く、力の入らない体を無理やり起こすと、額に手を当て首を左右に振って頭にかかったもやを払う。


「気分はどう?」


「あんまり……」


 素直に答えると、「医者を呼んでくるから少し待ってて」と、女性教師は席を立った。


 三つほどベッドの並べられた病室で一人になると、静かさが四方屋を包んだ。鈍く痛む頭で、掘り起こされるのは気絶する前の記憶。


 困り果てた表情の彼女を前に、立ちすくむ自分のこと。


 自分のしたことが怖くなって、逃げようとしてしまったこと。


「………何やってんだろ……俺…」


 ため息にも取れるそんな言葉を吐き出す。


 すると、扉が開いた。


「四方屋くん、起きたって聞いたから」


 コンビニのビニール袋を片手に入ってきたのは鷲崎由利亜だった。


 さっと顔から血の気が引き、背筋は勝手に伸び、ゴクリと生唾を飲む。


 四方屋の体感的には、さっきまで一緒に歩いていた美少女なのだが、それでも、場違いに、お門違いにも告白なんてことをしてしまった自分が恥ずかしいという感覚を、体が勝手に表現してしまっていた。


「あ、うん、今さっき、目が覚めて、今先生が医者に言いに行ってくれてる」


 ワタワタと言う四方屋。


 慌てふためく四方屋の姿に、鷲崎は少し頬を緩めた。


「そんなに緊張しないでよ、私たち、クラスメイトじゃん」


 クスクス笑うと、少し息を吐いて彼女には珍しく自分のことを語り始めた。


「私ね、普通の女の子だよ? みんなと同じくらい普通で、みんなと同じくらいありきたりな、その辺にいる、誰とも違わない平凡な女の子。なのに学校のみんな、私のことをお姫様みたいに扱うの」


「ふ、普通なんかじゃ」


「普通だよ。家ではご飯食べてテレビ見て、お風呂入って布団で寝て。学校では、授業受けて友達と遊んで、部活して。酷い事されれば悲しくなるし、優しくされれば嬉しくなる。いいこともするし、悪いこともするし、好きだって言われれば、それなりに嬉しい、普通の女の子だよ」


「あ…」


 ここでようやく四方屋は気づいた。鷲崎がなぜこんな話をしているのか。


「私のことを友達として大事にしてくれてるのは、すごく嬉しいんだよ。でもさ、別に私はそんな大それた人間じゃない。助けを求められたからって誰彼かまわず救うようなお人よしにもなれないし、何かを独り占めしたいっていう汚い欲望もちゃんとある。……だから…、私のことをそんな、神様を見るような目で見ないで……?」


 そして知る。


 四方屋の心に巣くうその好意が、決して純粋な恋慕ではないことを。


「四方屋くんの気持ち、嬉しかった」


 何か、何か言わなければ。


 そう思って声を振り絞っても、どうしても声が出ない。


「でもごめん。私にその気持ちは受け止られない」


 何故、そんなにも自分を卑下するのか。問わなければならないと、そう思っているのに。


 散り際の花を見つめるような目で、鷲崎は言う。


「私は君の思ってるような人間じゃない。だから、私のことは、忘れてね」


 ただの失恋を迎えた彼には、苦く微笑む少女の笑みをただ見つめることしかできない。


 どれだけ食い下がったところで、この少女は微笑んで拒むだろうと、そうわかったしまったから。


 ガラ、と戸が開いた。


「ん? 取り込み中?」


 入ってきた女性教師の後ろには、医者が立っていた。


 鷲崎はさっきまでの表情を一転させ、


「何言ってんですか~! お腹すいてないかなあってこれ、届けに来ただけです」


 盛っていたビニールを掲げてみせると、ベッドの横に置かれた椅子の上におく。


「じゃ、私はホテル戻りますね」


「あ、おい! これ以上勝手に動くな!」


 そんな問答をするりとかわして鷲崎は病室を出て行った。


「元気な生徒さんですね」


「元気すぎて、困ってます……」


 うなだれる女性教師に、医者は苦笑いで返した。


「あ、あはは…」


 何も言えず、四方屋も苦笑いを浮かべるが、


「お前もな、勝手に動きまくってからに」


「あい…すいません…」


 この後、精密検査を受け、ホテルについたのは夜八時過ぎ。鷲崎はすでに多くの友人に囲まれて笑っていた。いつものように、聖母のように。






 * * *






「んで、お前は結局フラレたん?」


「聴くなよ……性格悪いぞ……」


 ホテルの部屋も同じ。そんな風に仲の良い友人。


 修学旅行の部屋割りは四人部屋。ただし現在、信二と四方屋以外の二人は出払っていた。女子部屋に遊びに行く。そういって出て行った二人は、途中で教師に発見され現在お叱り中なんだ。


 そんな中で、仲の良い二人組みは二人出なければ話題に上げられないことを話し始めた。


「性格はそこそこいいと思うけど? 今日だってお前と鷲崎を二人にするためにがんばったの俺だぜ?」


「まさかと思って聞くんだけどさ、バスが勝手に行っちゃったのってお前がなんかやったからなの?」


 言葉による返答はなく、顔を上げると信二は満面にドヤ顔を貼り付けていた。


 ぬわーと口が動き、いくつでも文句が湧き上がってくる感情を押さえ込むのに必死な四方屋。ここで爆発させては、ほかの二人が帰ってきたときにまで尾を引く。そんな冷静な判断ではなく、二人きりという状況を作り上げてくれた友人に対して怒りよりも少量勝る感謝があったから。


「でも、どうやって……?」


 鼻を鳴らすようにして得意げをアピールし、「ふっふ~ん、聞きたい? 聞いちゃうの?」とウザさで大気圏を突破していこうとする。


「ウゼぇ」


 当然その感想を隠す四方屋ではないし、それを言われて何かを感じる信二でもない。


「どうやったかというと、そんなに難しいことはしてない。バスに乗り込んで、全員そろったのを見てから担任に、『四方屋が具合悪そうなのを見かねて鷲崎さんが保健医のところまで連れて行きました』みたいな事を言っただけ。まあその後、保健医のところにいないことがばれて若干危なかったけど」


 めちゃくちゃなことをする友人だった。


「で、俺がこれだけお膳立てして、それでお前はふられたのかって、そう聞いてんだけど?」


 いやみな友人でもあるらしい。そう思って、「当たり前だろ。」と答えてやろうと思ったその時、コンコンと戸が叩かれた。


「「……?」」


 シッシと手を払い信二は四方屋に対応を丸投げした。何も気にせず戸を開けると、予想外の人物が立っていた。


「え……と?」


 蓼科真由伊は戸惑う四方屋を見つめていた。


「あ…の……入ってもいい…?」


 開け放たれた扉は、女子三人を拒まない。


 説教を食らっている男子に付きっ切りになると、監視の目が緩まるのだろう。


 男子部屋に来た女子は、それはもう、緊張の面持ちだった。



 * * * 


 四方屋凌の恋は散り、また一つ、恋が芽吹く。暖かさの中で。冷たさを知らずに。

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四方屋凌の恋模様 モノ柿 @0mono0kaki0

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