終わり
学校の裏手にある団地へ向かう。別段、その団地である絶対の理由はない。鍵穴さえあればどこでもよかった。この鍵を使えば、私は私の望むドアを開けることができる。この鍵はそういうものなのだ。
ただ、誰かの家を使うのは少し気が引けたので、いつしか空き部屋だらけになってしまったこの団地を選んだだけのことだ。
ポストに投函不要のシールが貼ってある部屋を確認する。二階、一番端の部屋。ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。蓄光仕様のクラゲのキーホルダーは、淡い青緑色に光っていた。
カチャ、キイ。ドアが開く。部屋は埃っぽく真っ暗だった。何もない。私はうつ伏せになって部屋の真ん中に寝転ぶ。とても疲れていた。
「おかえり」
どこからか、彼女の声が聞こえた。「ただいま」と返す。
「遅かったね」「うん、迷ってた」「でも、ここまで来られたんだね」
偉いね。と彼女は言った。いつだって私の一番欲しい言葉をくれる。彼女はそういう人だった。
「聞いてくれる?」
寝転んだままの私には、彼女の姿は見えない。けれど、彼女が頷いたのが分かった。
「ありがとう」
「あのね、私」
「私の気持ち」
「あなたには伝えないよ」
途切れとぎれに、それだけ言った。「わかった」と、彼女が言った気がする。これでいい。満足したら、途端に眠くなってきた。疲れた。とても疲れた……遠くで、音割れした「夕焼け小焼け」が鳴っている。
ゆうやけこやけでひがくれて
やあまのおてらのかねがなる
おててつないでみなかえろ
からすといっしょにかえりましょ
まもなくせかいがおわります
はやくおうちにかえりましょう
まもなくせかいがおわります……
防災無線は繰り返す。私は大きく息を吐いて目を閉じた。私の決別がそこにあった。
*
詞:中村雨紅・曲:草川信作
「夕焼小焼」より、歌詞を一部引用
*
終わり。
まもなく世界が終わります。 深見萩緒 @miscanthus_nogi
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