潮風とともに

沢渡六十

潮風とともに


沢渡六十


「プロローグ」


 大粒の雨音が窓を叩きつける音がし近くで雷鳴が鳴り響く音がする。

 突如窓の外で稲妻が鳴り稲光で暗い室内を照らし出した。

 そこには、かつて生きていた中年の男性と同じく中年の女性だったものがボクの目の前に横たわっている。

 ボクは驚くくらい冷静に無表情に二つの亡骸を見つめた。

 二つの亡骸はボクの父と母だったものだ。

 普段偉そうに行きたくもない学校に無理矢理行かせ歯向かえば暴力をふるう父。

 ボクを守る為と言って自分の体面ばかリを守りボクのことなんかちっとも守ってくれない母。

 ボクが学校でいじめに遭ってるのを知っているくせに担任は愚か父も母も守ってくれなかった。

 それなのに、ボクの為、ボクの為って……。

 うるさいんだよ。

 あんたらはボクを口実にいい親のふりをして自分達を守ってばかりでボクのことなんてちっとも見向きもしない。

 それなのに都合のいい時だけ親面して都合が悪いと家畜の調教師になる。

 ボクはあんたらの家畜じゃない。

 家族ごっこ。

 それを終わらすにはこれしかなかった。

 父と母を殺すしか。

 ボクは受話器に手を伸ばした。

 その時壁にかかっているカレンダーを見た。

 六月十三日。

 ボクの誕生日だ。

 十二歳の――……。

「1 灰色の日々」

 

夢を見る。

 十二歳の……ボクが親を殺した時の夢を。

 頬が濡れている。

 どうやら寝ながら泣いていたらしい。

 ボクは学校に行く為に身支度を整える。

 殆ど寝癖のついていない肩までの灰色の髪を梳かし今は六月なので夏服の学生服に袖を通す。

 そして、カバンに教科書を入れる。

 教科書に書かれた名前を見て苦笑しボクは思い出す。

 あの最悪な親がつけた名前。

 青春(あおば)。

 そう。

 ボクは女で赤井青春という名と言うことを。

 何故、女なのにボクと言い始めたのか……。

きっかけは違う自分になりたかったから。

ただそれだけだ。

 ボクは小学生の頃いじめを受けておりいつも違う自分になりたかった。

 でも、結局何にもなれなかった。

 なれたものは、親殺しだった。

 ダイニングに行くと叔母が用意しておいたサンドイッチと手紙が添えられていた。

 手紙には『今夜も遅いから適当に食べて』と書かれていた。

 今更ながら、ボクは親を殺した後すぐに自首をし保護観察措置が取られた。

ボクには年の離れた兄がいたがボクが事件を起こした後自殺した。

 その為後見人が誰もいない。

 そこで、宮崎に住んでる叔母が名乗りを上げた。

 しかし、勘違いしてはいけない。

 叔母は、ボクが可哀想だから引き取ったわけではない。

 遺産目当てに引き取ったのだ。

 ボクの母は叔母の姉で母は母の父。つまり、祖父と仲が良く祖父が死んだ時叔母とは比較にならないほどの遺産を譲り受けた。

 当然、叔母は不満で公平に分けるべきだと言ったが遺言書がある為叔母の意見は却下された。

つまり、ボクは金蔓として引き取られた。

 金がなかったら誰が親を殺した子を引き取るか……。

 だけど、遺産は凍結されており結局叔母は遺産を受け取れなかった。だから、叔母は路線を変更してボクを引き取るという恩を着せてボクが成人したら遺産をもらうという方向に切り替えた。

そして、ボクは宮崎に移り住み叔母と暮らしている。(最も互いに干渉しないから一人暮らしに近いが……)

 そして、ボクはサンドイッチを口に入れ玄関のドアを開け外に出て学校へと向かった。



 ボクが学校に着くと多くの人が道を開けひそひそ話をする。それも、聞こえるように。

ドンッ!

と誰かにぶつかり手を差し出した。

 ぶつかった相手は女生徒で「ありがとうございます」と言い手を握ろうと顔を上げボクの顔を見るや否や顔を青ざめさせ、

「ご、ごめんなさい。ワザとじゃありませんっ! だから、殺さないでくださいっ!」

 そう言い足早に逃げていった。

 いつものことだ。


教室に入る。

ざわめきが消え、やはりひそひそ話に変わる。

「なんで学校来てるわけー?」

「あの子と目を合わせない方がいいわ」

「だよなー、なんたって親殺しだぜー」

 これもいつものこと。

 聞こえるように言うなら面と向かってはっきり言えばいいと思う。

 席に着き机を見る。

 机にはチョークで『親殺し』やら『社会のゴミ』やらと罵倒中傷の言葉が書かれていた。

 最初の内は消していたが学校に着くたびいつもこうなので消すのも手間がかかるのでもう消す気にもなれない。

 担任が入ってきた。

 担任と目が合った。

 担任はゴミを見るような目ですぐに目をそらした。

 人殺しが学校に来るな……。

 そういう気持ちが見え見えだった。

 そう。

ボクは一生社会のゴミだ。

 

――昼休み。

「何学校来てんのよー?」

「アンタが来るとマジ空気悪くなるんですけどぉ」

 ボクはクラスのリーダー格のクラス委員長南とその取り巻き二人に捕まっていた。

 これもいつものこと。

 南は教師の前では品行方正の生徒を演じている。それ故教師からの信頼は厚いが実態は醜悪な人間だ。

「……」

「シカトぶっこいてんじゃねーよ!」

「……そんなに怒ってばかりで疲れない?」

 ボクの質問に三人はますます怒り、

「怒らせてんのはアンタの存在でしょうがっ!」

「そう」

「『そう』ってそれだけ? アンタ自分の立場解ってんの?」

 解ってる。

 今、自分がいじめられてることは……。

 結局ボクはどこにいってもいじめられる。

 いじめられる奴はどこに行ってもいじめられる。そのことがつい最近分かった。

「ねー、コイツ社会のゴミじゃん」

「そうねー」

「ゴミだからきれいにしてあげないと」

 そういうと、どこからか大量に水の入ったバケツを持ってきて、

「これできれいにしてあげるー」

 水ぶっかけの刑。

 これもいつも通り。

しかし、今日は違っていた。

 思わぬ乱入者がいたから……。

「じゃあ、いくわよー!」と一人が水をかけようとした時、

 パシャッ!

 携帯のカメラ音が鳴った。

 カメラの音の先には、無造作に伸びた金色の髪。黒色の目。

(確かコイツは……)

「げっ、瀬戸内(せとない)っ⁉」

「失敬だなぁ。オレは瀬戸内(せとうち)。瀬戸内(せとうち)海(かい)」

 彼はひょうひょうと言った。

 しかし、南達はそんなこと関係無く、

「今、何撮ったの?」聞いた。

「それ聞いちゃう~?」

 海は得意げに聞き、そして、

「君たちの醜悪な様子」と言った。

 南達は焦り、

「すっ、すぐ消しなさいよっ!」と海から携帯を奪おうとしたが海はひらりと身をかわし、

「はい、アップップ~」

 そういい、一斉送信した。

「ぎぃゃぁぁ――――!」

「はい、君たちの身の破滅決定。ご苦労さーん」

「お、覚えてなさいよー!」

 そう言い三人はこの場から立ち去った。

「ところで平気? えーと……せいしゅん?」

「せいしゅんじゃなくてあおば……」

「あ~、ごめんごめん。その方が覚えやすくて……」

「ところで何? ボクを助けて恩を着せたいの? 正義のヒーロー気取り?」

 ボクの言葉に海は、ポカンとしやがて、

「まっさかぁ。オレは助けたつもりはないよ。面白い場面に遭遇したから画像を取っただけだよ」と言った。

「面白い?」

「そっ! 女子の醜悪な部分」と笑顔で言った。

「悪趣味だね」

 ボクの言葉に、

「まぁね」と尚も笑顔で答えた。

「あ、いい画像(え)が取れたよー」

(ますます悪趣味だ……)

その時予冷が鳴った。

 ボクは無言で立ち去った。



「はーい、じゃあみんな席に着けー!」

 皆が席に着くなか四つ開いた席がある。

「南。杉野。女川は早退」

 この三人は先程ボクをいじめていた三人だ。

「瀬戸内は休み、っと」

 その時教室のドアが開き、

「休みじゃないよ。遅刻ですよー。オレ遅刻はするけど欠席は滅多にしない主義なんで」と海が顔を出した。

「遅刻って……お前もう、五限目だぞ。それになんだその服」

「何って私服ですよ」

「そういうことを言ってるんじゃない。ちゃんと制服を着ろ」

「え~、面倒臭いです」

 この押し問答は見慣れた光景だ。

 そして最後は、

「……もういい。席に着け」と教師の負けで終わる。



瀬戸内海。

周囲からは瀬戸内海(せとないかい)と呼ばれている。

病気の為一年留年し今年で二度目の高一をやっている。

そしてよく遅刻をする。

しかし、それは遅刻と呼ばれるレベルではなく早くて三限目。遅くて五限目頃にやってくる。(殆ど三限目だが……)

何故か制服を着用せず私服で来ており両腕に包帯を巻いている。

しかし、顔は文句なしのイケメンなので女子からは残念なイケメンと評されている。

 しかも、勉強は意外に出来ると来たもんだ。

そのルックス及びスキルに騙されて(?)多くの女子が告白するが何故か全て断っている。

実は、先程いじめていたリーダー格の南。

アイツも実は海に惚れていたが入学して早々告白し海にあっさり振られたらしい。

言いたくないが南は外見は可愛い。(中身は最悪だが)

自分より上の人間を気に入らずクラスのリーダー格の権限を使って自分より上の人間を蹴落として来た。(男子はそれに気づかない)

しかし、表向きは品行方正。成績優秀。学校のマドンナ。

その南があっさり振られたのだ。

自分が振られるとは思ってなかった南はショックのあまり暫くふさぎ込んでいた。

そこへ、ボクという人間がこの学校に入学してきた。

 親殺しの。

 ボクは格好の八つ当たりの道具にされた。

 まぁ、最も今日の動画で破滅だろうけど……。

 かと言って、ボクに同情する人間もいない。

 何も変わらない。

両親を殺せば何か変わるかもと思ったが何も変わらない。

何も……。

そう考えているうちに授業の終わりを告げるチャイムが鳴り教室がざわめき帰宅する生徒。部活に行く生徒と別れた。

ボクはどの部活にも入ってない。

仮に入りたいといっても門前払いだ。

 だから、ボクは帰宅部だ。

 ボクは教室を出た。




「……」

「……」

「…………」

「…………」

「ねぇ?」

「なに?」

「何でボクの後をついてくるわけ?」

 学校を出て帰宅してから海が後をついて来ている。

「ん~、オレのウチもこっち方面だから」

 嘘くさい。

「それよりさ~、青春のウチってどんなの? 見てみたいなぁ~」

「何で、他人のキミにボクの住んでる家を教えなきゃならないの?」

「だってぇ~、面白そうだから!」

 ボクの家はテーマパークか?

「もし、今日招待したら今度オレのウチにも招待するからさ~」

「興味ない」

「じゃ青春のウチへレッツゴー!」

 聞いてない。

 結局ボクは海を家まで案内することにした。



「わー、すっごい普通だねぇ~」

 海の言葉に、

「普通で悪かったね」と言葉を返した。

「てっきりボロアパートかなとか思ってたから」

「期待に添えられなくてスイマセンね」

 ボクはそう言い、

「とりあえず家まで案内したんだから帰ってくれないか……」

 そう言うと、

「え~、中は~?」と海は言ってきた。

「何で他人にボクの家の中まで見せなきゃいけないの?」

 すると海は、

「他人じゃなくてクラスメイトじゃん。それに、行ってきますからただいままでが遠足。ここまで来た以上中もってね!」と良く解らないことを言ってきて玄関のドアの取っ手に手をかけた。

 すると、ドアが開いた。

「あれ、ドアが開いてる。不用心だよ~」

 ボクは無言で家に入りダイニングから中年の女性とばったり会った。

 つまり、叔母だ。

「ただいま」

 ボクは社交礼儀で叔母に挨拶する。

 叔母は汚いものでも見るように無言でダイニングから出ていった。


「今の誰?」

「ボクの叔母」

「ふーん。じゃ、ここって青春のウチじゃなくて叔母のウチなんだぁ」

「うっ!」

 痛いところをつかれる。

 確かにここは叔母の家であってボクの家じゃない。

 ボクが水を飲もうと戸棚からグラスを取り出そうとすると、

「ねぇ……何やってるの?」

「プリン食べてる」

 海はボクの家の冷蔵庫を勝手に漁り中にあったプリンを食べている。

「何、人んちのもの勝手に食べてるの?」

「許可取ればいいの? じゃあ、このプリン食べていい?」

「いい? ってもう食べてるじゃん」

「じゃあいいってことで……」

 コイツといると疲れる。

 会話が成り立たないというか……。

「そういえばさ~」

 不意に海が口を開いた。

「青春って親殺しって本当?」

 ボクの心臓はひやりとした冷たい何かに捕まれた。

「……だったら、何?」

「何も」

 海はあっけらかんと言った。

「……か」

「ん? 何?」

「帰ってくれないかっ! むしろ今すぐ帰れっ!」

「ん、いーよ」

 そう言い海は帰り、帰り際に「また、明日学校でねー」と言い帰って行った。

 ボクは部屋に戻り布団の枕に顔を埋(うず)め「最悪」と呟いた。




「やっほぉ! ここかぁ」

「何しに来たの?」

 ボクは今屋上でお昼ご飯を一人で食べている。

 普段は教室で食べているけど今日は海が三時限目に来たから屋上にした。

「いやぁ、なんか昨日悪いこと聞いちゃったかな~? って思ってさー」

 海は相変わらずの態度で言った。

「……悪くないよ。本当の事だから。ボクが両親を殺した」

「そっかぁ。ホントなんだぁ」

「話それだけ。だったら……」とボクが言いかけると、

「ここっていいね……海の音が潮風に乗って」ボクの言葉を遮って言った。

確かに屋上(ここ)は海の音が潮風に乗って聞こえる。

 その時か海がボクのスマホひったくりいじくり始め、

「オレの番号ラインに登録したから~」

(後で消そう……)

 ボクがそう思っていると、

「あっ! そうだっ!」

 海はそういうとボクが購買から買ったプリンをひったくった。

「オレ昼飯まだなんだ。プリンもらっていい?」

 そう言いプリンの蓋を開けながら聞いた。

「もう答え決まってるじゃん」

「じゃあもらうねー」


「んー、やっぱ購買のプリンはおいしー!」と、さも美味しそうに言った。

「プリン好きなの?」

ボクの問いに、海は、

「んー、まぁ確かに好きだけどメーカーや店によって違うかな。購買のプリンは二位」

「ふーん」

「あれ、一位は? って聞かないの?」

「聞いて欲しいの?」

「ん、まぁ」

「じゃあ一位は?」

「市内にあるミモザの店のプリンかなぁ~」

「ふーん。まぁ、確かにあそこのプリンはおいしいね」

ボクの答えに気をよくしたのか、

「青春もプリン好きなの?」と聞いてきた。

しかしボクは別にそんなにプリンが好きじゃない。

今日、購買でプリンを買ったのだってゼリーが無かったからだ。

だから「別に……」と答えた。

「ふーん。でも、買うってことは少しは好きなんでしょ?」

 どうやら海はボクをどうしてもプリン好きにしたいようだ。

「まぁ、全く嫌いってわけじゃないけど……」

 ボクの言葉に海は「やっぱりぃ」と言った。

 何がやっぱりなんだか……返答に困る。

「じゃあ、今度一緒にミモザに行かない?」

 海の突拍子のない言動にボクは、

「は?」と言葉を漏らした。 

「何で?」

 ボクの言葉に海は、

「だって青春っていつも一人で暇そうじゃん」と言った。

「……ボクは一人が好きなんだ」

「でも、一人ってことはやっぱ暇じゃん?」

「それは……」

 ボクが言葉に詰まっていると、

「それに、男一人で店に入るのは気が引けるんだー! あそこ女性向きの店内だし。それに――……」

「それになに?」

次は海が言葉に詰まりやがて、

「オレ女アレルギーなんだぁ~」と言った。

「はぁ?」

「いやぁ~、オレ女苦手なんだぁ。近くにいると気持ち悪くなるし触れただけで吐き気がするし……」

「一応ボクも女だけど……」

 ボクの言葉に海は、

「ん~、何故か青春は平気。女と見なして無いからかな~?」と言った。

 それボク以外の女子に言ったらフルボッコだなと思った。

「じゃあ、放課後にね~」

 そう言い海は屋上を後にしボクだけが残った。そして、

「厄介な奴に付き纏われたものだ」とボクは呟いた。




――放課後。

「わー、新作のキュウリのプリン。おいしそ―!」

 ボク達は今ミモザにいる。

「お客様ご試食なさいますか?」

 店員が愛想笑いで聞いてきた。

 どうやら、この店員もイケメンには弱い。

 海には愛想振りまいてるがボクに向ける目は、冷たいものだった。

 ボクが人殺しだから。

しかし、海はそんなこと気にせず美味しそうにキュウリのプリンを試食している。

「青春も食べてみなよ~。美味しいから」

 海がそう言い、

「すいません。この子にも試食用のプリン下さい」と言い店員はさも嫌そうにボクに無言でプリンを渡した。

 ボクは一口食プリンを食べた。

「美味しい」

 ボクは珍しく思ったことを口に出した。

 その言葉に店員は、

「当たり前よっ! このミモザでまずいプリンはないんですから!」と怒り口調で言いボクから試食用カップをひったくるように奪った。

「ん~、でもオレはオーソドックスが好きだから蜂蜜プリン下さーい」

 海の言葉に店員は笑顔になり、

「まいどー!」


「ん~、やっぱりミモザの蜂蜜プリンは美味しい!」

 そう言い海は満面の笑みで蜂蜜プリンをボクの家で食べている。

「なんで、ボクの家で食べるの? しかも、当たり前のように」

 ボクの言葉に海は、

「だって、オレのウチ。ミモザから離れてるからプリンが温くなっちゃうんだ-。それに――」

(またか……)

「早く食べたいじゃん」

 お前は子供か? とツッコみたくなった。

「ほら、青春も食べなよ。この間のお礼も兼ねてオレが珍しく他人の分まで買ったんだから……いらないならいいけど」

 海の表情からはボクがいらないと言うことを期待しているのが見え見えだったので、

「じゃあ、もらうね」と、言った時海は一瞬しょんぼりとした顔をした。

 ボクがプリンの蓋を開けると蜂蜜の芳醇な香りがし一くち口にした。

 美味しかった。が、

 海がじっと見ている。

 正直食べづらい。

 ボクは観念して、

「一口だけならいいよ」と言い、海がまた満面の笑みになり例えるなら主人が散歩に出かけると聞き尻尾を振って大喜びする犬。そんな感じだろう。

 海は一口食べ「幸せ~」と言っていたが急に、

「あっ⁉」と声を上げた。

「何?」

 ボクは一応聞いてみる。

 どうせ大したことないけど。

「やっちゃったよ~」

「だから何を?」

「間接キス」

「ふーん」

やっぱり大したことなかった。って、いうかコイツ意外に純情キャラか?

「『ふーん』ってそれだけ~? 十代には甘酸っぱい思い出だよ~。それが『ふーん』ってそれだけ~? 一応にオレにとってはすごいことなのにな~」

 海が珍しく興奮して喋った。

「海って意外と純情なんだね……」と、ボクの言葉に、

「違うよ~。オレ女アレルギーだから女が口にしたもの食べると失神するんだよねー」と答えた。

「はぁ?」

「オレ凄~い。オレ達やっぱり気が合う。友達にならない~?」

 海は目を輝かせて言ったが、

「断る」とボクは答えた。

「なんでぇ~?」

 海の言葉に、

「ボクは人付き合いが苦手なんだ」と答えた。

「そんなの、オレもだよぉ」

「とりあえず友達にはならない」

「どーしてもダメ?」

「ダメだ」

 ボクの言葉を聞いた海は嬉しそうに、

「じゃあ、勝手に付きまとっちゃお!」とふざけたことを抜かした。

「ちょっと……ストーカーで訴えるよ」

「平気平気。ストーカーギリギリ行為だから」

 何が平気なのか解らない。

「あ、そろそろ帰るね。長居してゴメン。じゃあー!」

 そういうと、海は上機嫌で鼻歌を歌いながら帰っていった。

 ボクは海が帰った後、自室の布団に倒れ込み、

「友達なんてうんざりだ」と呟いた。




気付くとボクは桜並木の場所にいた。

(ここ見覚えが……)

「香ちゃーん」

 そう言って走ってくるのは今より小さいボクだ。

「あっ、青(あお)ちゃん」

(香……⁉)

 思い出した。

小学校六年の時にクラス替えがあって幼馴染の橘(たちばな)香(かおり)と同じクラスになって嬉しくて手を取り合って喜んだこと。

 そして、ずっと友達でいようね、と言ったこと。

 だけど――

「人の心踏みにじりやがって……」

「そうそう。外面だけ良くて内面汚いよな」

「そうだ、汚い奴は掃除しちまおうぜ」

 見慣れた光景だった。

 そう、ボクはクラス替え早々クラス中からいじめにあった。

 理由はそのいじめっ子の男子の心を踏みにじったからとのこと。

しかし、ボクはその男子とはあまり接点はないからいつ心を踏みにじったのか解らない。

何度担任に話しても子供のいたずら程度、両親もそれくらいにしか認識してなかった。

 いじめに加わってないクラスメイトも我関せずと観ている。

 当たり前だ。

 逆らったりかばったりしたら次は自分がいじめられる。

 だから、皆見て見ぬふりだ。

 だけど、香だけは味方だと思ってた。

でも……

「じゃあ、今回の水かけ担当はコイツです」

 するとガラッと教室のドアが開きバケツを持ったクラスメイトがいた。それは――……

「橘香さんでーす!」

 香だった。

「え~、じゃあ親友に水をぶっかける今の心境を一言」

 クラスの男子が悪乗りでアナウンサーみたいな質問をした。

 すると香は、

「こんな奴親友でもなんでもないから」と冷たく言った。

 ボクは奈落の底に突き落とされた感じがした。

 信じてたのに。

 裏切らないって。

 ずっと友達だって。

「さぁ、水ぶっかけタイムスタートッ!」

 やめろ。

 バケツがボクに向けられる。

 やめろ。

バケツの中の水がボクにかかる。

「やめろ―――――っ!」

 ボクは布団からはみ出していた。

「あ……夢、か」

 頬が濡れている。

 また泣いてた。

「ボク……泣き虫だなぁ。ホント……」

 ボクは膝を抱えて泣いた。



「やー! 青春! 気分はどう?」

 朝一番に海が顔を現した。

「……最悪だよ」

「えー、オレは最高だよ~」

 何故か海はウチで朝食を食べている。

 ことの発端は三十分前――……


「んー、外が騒がしいなぁ……」

時計を見るとまだ五時だ。

やがて、二階へ駆け上がる音が聞こえ叔母が顔を出した。

「さっきからあんたを呼んでる子がいるんだけど……。早く出てくんない。近所迷惑だから」

 叔母の感情は不機嫌全開だ。

 でも、そう言わないとボクが何もしないことを知っている。

 だから言う。

ボクは声の主を知っていたがボクは窓を開けた。

 六月の宮崎の朝日は眩しい。

「あーおばー! 迎えに来たよー!」

 声の主はやはり瀬戸内海だった。


「やー、朝寝坊せずにって目標掲げたら朝飯食いはぐってさぁ」

「海くんってイケメンね。性格はちょっとアレだけど」

 叔母はさっきとは打って変わって上機嫌だ。

 それは海がイケメンだからだろう。

「あー、それよく言われるよー」

 そう言い叔母は海の方には料理を出したがボクの方はコンビニのサンドイッチ。

「それにしても叔母さん料理上手ですね!」

「伊達に小料理屋やってるわけじゃないわよ」

 叔母は胸を張って言った。

 確かに叔母は小料理屋をやっているが多分繁盛していないと思う。

行った事無いけどそんな感じがする。(最も絶対来るなと言われている)

「ところで、青春には料理出さないけどいいの?」

 海の言葉に叔母は、

「あんな子に私の腕を振るうのは時間の無駄よ」と言い放った。

「そーなの?」

「そうよ。何食べても別にだし。引き取ってやったんだから感謝して愛嬌の一つも振ってほしいわ」

 叔母は怒り口調で言うと海が、

「でも、今度は愛嬌振ったら可愛げがないって怒るんじゃないの?」と言った。

「!」

「親殺してニタニタして気持ち悪いって拒絶するんじゃないの?」

 海の言葉は核心をついていた。

 確かにそうだ。

 ボクが愛嬌を振れば可愛げがないと怒るしニタニタすれば気味悪がり拒絶するのは目に見えてる。

「………………」

 叔母は黙ってしまった。

「サイテー」

「ん?」

「そうよね。こんな子にまともな友達なんてつかないわよね」

 叔母は静かに呆然と呟いた。

「まともじゃなくって結構」

 海の言葉で叔母の怒りのスイッチが入ったのか、

「出てってっ! 出てってよっ!」

「登校時間には早いけど……まっ、その方がいいね。青春行こ!」

 そう言い海はボクの腕を引っ張って家を出た。



「やー、女のヒステリーって怖いねぇ」

「……」

「ん? 青春?」

「ボクの腕……握ったまんまだよ」

「あっ⁉」

 海は驚いて手を放し、

「おかしいなぁ。普段は腕なんか掴まないのに……そんなことしたら普段ならものの五秒で鳥肌が立つのに……因みにいくらぐらい握ってた?」

「解らない。測ってないから……でも、少なくとも五秒以上経ってる……」

「あー、やっぱり」

 ボクたちは登校時間になるまで海を眺めた。

 潮風が心地いい。

 そして、不意にボクは兼ねてから疑問だったことを口にした。

「なんで、ボクに構うの?」 

ボクの言葉に海は平然と「友達になりたいから」と答えた。

「は?」

「友達になりたいから構うんだよ」

 海の言動は良く解らない。

 普通人殺しと友達になりたい奴なんていない。

 ボクだったらごめんだ。

「ねぇ、キミさ。解ってる?」

「何が?」

 ボクの突然の問いに数歩先を歩いていた海は動きを止めた。

 ボクは歩き続ける。

「ボクは親殺しなんだよ。人殺しなんだよ。解ってる?」

 すると海はいつも通りに、

「解ってるよ~! 親殺しの青春。でも、オレが友達になりたいのは違う」

「じゃあ、誰?」

 ボクの言葉に海は、

「キミ。つまり、今のキミだよ」 

「は?」

 ボクは海の良く解らない言動に思わず言葉を漏らした。

「オレが仲良くなりたいのは昔のキミでもなくて未来のキミでもなくて今のキミ! 分かる?」

 ハッキリ言うと全然解らない。

 いや、意味は解っているが内容が良く解らない。

「あれ? 呆気にとられた顔してるね? そんなにオレ難しいこと言ってないけどなぁ~」

 海がボクの顔を覗き込む

 潮風が吹き少しばかり肩甲骨まで無造作に伸びた海の金色の長い髪が揺れる。

 注意深く見ると海は確かにイケメンだ。

 性格はアレだが顔のつくりは整っており肌の色も白く華奢な体つきをしており背も高い。

 確かに女子が惹き付けられるのも無理はない。

「どーしたの?」

「⁉ なっ、何でもないっ!」

(ヤバい、見とれてた)

 ボクは思わず顔を背けた。

 時計を見る。

 時刻は七時五十分。

「大変だっ! 遅刻っ!」

 ボクはスクッと立ち上がった。

「えっ? 遅刻? マジ? あ~、早起きした意味なかったぁ~」

 と、呑気そうに海は言い、

「じゃ、今日は遅刻」

 そういうと、埠頭にヨコになり「昼寝~」と言った。

「今日はじゃなくて今日もなんじゃ……じゃあ、置いてくよ」

「え~。一緒に授業サボらない?」

 海の言葉にボクは、

「一日でも欠かすと解らなくなる」と言った。

 親しい友達でもいればノートを貸してもらうとか出来るがボクにはそれがいない。当たり前だ人殺しなのだから。

「オレのノート見せてあげるから」

「いいっ! 自分のことは自分でやる」

 海の言葉に耳を貸さずボクは学校へと向かった。


「すいません。遅刻しましたっ!」

ボクが入るといつも教室中が重苦しい雰囲気になる。

「席に着け」

 教師の冷たい声が教室に響く。

 ボクは席に着く。

 花瓶が置いてある。

(殺したいのか? ボクを……)

 だったら殺してくれとボクは思った。

 暫くして海も教室に入ってきた。

 海曰く太陽が眩しくて昼寝にならないとのこと。



「じゃあこのページの日本語訳を瀬戸内やってみろ」

 教師の指名が海にかかったが海は、

「え~、面倒臭いです……」と机に突っ伏してだらけていた。

 教師がキレそうになったがそれもいつものことで大半の教師は「仕方ない」とあきらめるがこの教師は違う。

この教師はこの学校の教頭だ。

 何で教頭が授業に出てるのかわからないが教頭立っての懇願らしい。

 この教頭は女生徒を見る目がおかしい。そのせいで女生徒からは気持ち悪がれている。

 勿論ボクも。

「瀬戸内~。いくら成績良くてもまた留年するぞー」

「平気でーす。成績日数足りるように登校してますから~」

「そういう問題じゃないっ! 今からそんなんじゃ――」

 と教頭が言いかけると、

「将来ロクな大人にならないぞ、とか陳腐なセリフ言うんでしょう? もう聞き飽きましたから違う事言ってくださーい」と海はだらけポーズを崩さず言った。

「くっ!」

 教頭は言葉に詰まり別の生徒に指名した。

(今日も海の勝ちか……)

 ボクは頬杖をついて海(うみ)を眺めた。

 波の音とともに潮風も流れてくる。

 やがて、授業の終了のチャイムが鳴った。

「じゃあ、今日はここまでだ。赤井ちょっと四時頃教頭室に来い。進路について話がある」

 そう言い、教頭は教室を出て行った。

「行くの?」

 いつの間にか海がボクの近くに立っていた。

「あのタイプは行かなきゃ静かにならないタイプだよ」

「まぁ、確かに。じゃ、オレはドウケン行ってこよー」

「ドウケン?」

「動画研究部。訳してドウケン。じゃあ、ちょっとねー!」

 海は急いだ様子で走って行ってしまった。

「……?」



「失礼します」

 約束の四時になったのでボクは教頭室に入室した。

「待っていた、赤井」

 教頭は椅子をくるりと回転させた。

「話って何ですか?」

「もうちょっとこっちに来たまえ」

ボクは前に出た。

「この成績だとまぁまぁで問題ないが……」

「そうですか? じゃあ、帰ります」

 と、ボクが退室しようとした時教頭が急に腕を掴み、

「もっといい成績を取りたくないかい?」

「別に……」

「その気になれば調査票にも人を殺したこと無くもすることも可能だぞ」

「余計なお世話です」

 掴んだ腕に力が入る。

 痛い。

 気持ち悪い。

「いじめられないよう手を回すことも可能だぞ」

 教頭は何故かボクに恩を売りたいようだ。

「まどろっこしいです? 何が言いたいんですか?」

 すると教頭はボクの肩を掴み床に押し倒した。

「人が下出に出てりゃいい気に冷静ぶりやがったて……」

(あぁ、なるほど。こういうことか……)

「私が熱心に仕事をしているのに周りは私の言うことを聞かない。誘うような格好しても私に対しては気持ち悪いの一点張り。こんな、毎日退屈だ。だから、私は教師になった。女子高生を見るのが私の生きがいなんだっ! けど――……」

「教師になっても周りの見る目は変わらなかった。ボクや海みたいな問題児。周囲の目。当たり前じゃないですか。そんな腐ったゲスな目的で教師になったんじゃあ……」

「うるさいっ!」

 そういうと、教師はボクの頬を叩いた。

「すぐにそんな生意気な口を叩けないようにしてやる」

ボクはじっとしていた。

「抵抗しないのか? いい子だ。最初から素直に――」

「抵抗の仕方が解りません」

 ボクの言葉に教頭は「は?」と言った。

「多分足をばたつかせて抵抗してもあなたはやめないだろうし力の差は歴然で圧倒的にあなたに有利。この場合、ボクはどうすればいいのでしょう?」

 ボクの言葉に教頭は、

「確かにそうだな。お前が抵抗しても無意味だ」そう言い、そして、

「すぐに気持ちよくしてやるからね」と舌なめずりしてボクの制服のネクタイに手をかけようとした。

(万事休すっ!)

そう思った時、

 コンコンとドアがノックされた。

「進路調査票出し忘れてしまいました。開けて下さい」

「くっ⁉ いいとこだってのに。このことをばらしたらお前の調査票には親を殺したことも何もかも悪いこと書いてやるからなっ⁉」

 教頭がイライラしてドアを開けると、

「じゃーん、海くんでーす」

 海がいた。

「お、お前なんだ? 急に?」

「いや~、体罰。痴漢じゃなくて強姦ですかぁ? 良くない良くない」

 海の言葉に教頭は戸惑い、

「な、何のことだ?」とシラをきった。

「ん~、とぼけるのいいけどもう遅いんだよね~! これなーんだ?」

 すると海には携帯を見せ先程の画像と音声をちらつかせた。

「こ、これはっ⁉」

 教頭は海から急いで携帯を取り上げそして、

「貴様らぁ~、私にこんなことしてただで済むと思うなよっ! 退学だっ! 二人共退学だっ!」

 と、教頭が怒号を言い動画を削除しようとした瞬間、

「え~、マジ教頭きもーい」

「女子高生目当てにって……」

「まぁ、教頭の気持ちもわかるけどさぁ……」

「堂々と言うかフツ―」

 と生徒達の声が聞こえて来た。

「まさか……」

 教頭は海を見て、

「アップしちゃいましたぁ」と海は笑顔で答え教頭はへなへなと床にへたり込みやがて校長が来て、

「話を聞かせてもらえませんか? 教頭」と言い職員室へ連れていかれた。

「はい! 退職ご苦労さーん!」

 海はそう言い教頭室の中に入り戸棚の方をゴソゴソと漁り始めた。

 そして、

「じゃーん! 今回のお役立ち兵器!」

 それは、隠しカメラだった。

「なんでそんなものがあるの?」

「ドウケンから借りたんだ。あの教頭以前から良くない噂があって……それで、今回!」

「ボクか?」

「そゆこと!」

 なんか腹が立ってきた。

「そもそも、あの教頭は行動がワンパターンなんだよね~、運動部の女生徒を見たりして。おかげでドウケンから借りた隠しカメラいい位置にセットできたぁ……。あ! 青春の顔はモザイク処理してるから安心――」

 ボカンッ!

 今のはボクのカバンが海の頭にさく裂した音。

「え? なになに? 何で怒ってるのー?」

 腹が立つ。

「暫くその能天気な顔見せるな」

 そう言い、ボクは帰路に着いた。


 ボクは怒っている。

 何に怒っているか解らない……。

 ただ何となくムカムカする。

 ボクはボク自身に驚いてもいた。

 ボク自身にもまだこんな感情があったなんて……。

 とりあえず、早く家に帰ってヨコになりたかった。

 ガチャ。

 玄関に鍵がかかってる。

 ボクはポストに向かった。

 叔母はよくポストに鍵を隠す。

 しかし――……

 鍵はなく、叔母の置き手紙が入っており、

『朝はよくもいろいろ私に恥をかかせたわね。引き取ってやってるのに。今日はこの家の敷居をまたぐことは許しはしないよ。野宿でもしてな』

 叔母の嫌味たっぷりの手紙だ。

 そもそも、恥をかかせたのは海だ。ボクじゃない。

「はぁ……」

 ボクは玄関のドアに蹲り途方に暮れた。

 その時、

「あっれぇ~、青春?」といつもの能天気な声が聞こえて来た。

「海(キミ)……か」だ。

 海は自転車にまたがりコンビニ袋を片手にいつもの能天気な笑顔でボクを見ている。

「家の前に蹲ってなにやってんのぉ?」

 海の言葉にボクは嫌味たっぷりに、

「誰かさんが朝叔母さんを怒らせたから家に入れてもらえないんだよ」と言った。

「え~、誰が?」

 海はふざけて周囲をみる。

「怒るぞ」

「ごめんごめーん」

 海は手を合わすジェスチャーをし「――で、どうするの? 今日?」と言ってきた。

「さぁ……。一応野宿」

 ボクの言葉に海は「でも明日も学校だよぉ?」と聞いてきた。

(くっ!)

 確かに明日も学校だ。

 冷静に考えれば野宿すると補導され益々叔母から嫌味を食らうのがオチだ。

 仕方ない。こうなったら……。

「……め……て、くれ」

 小さく言った。

「えー?」

(くっ、腹が立つ)

 そう思いながらもボクは今度は大声で言った。

「泊めてくれっ!」

「へ?」

 海は一瞬きょとんとしまた能天気な笑顔で「いいよー」と言った。

「でも、暫くオレの顔見たくないんじゃなかったっけ?」

「勘違いするな。ボクは見たくないじゃなくて顔を見せるなと言った。今回はケースバイケースだ」

「ハイハイ」

 海は呆れた感じのジェスチャーで両手を上げ肩をすくめた。

「じゃあ、オレのウチこっちだから」

そう言い海は道案内を始めた。

(やっぱり家は反対方向か)

 と、ボクは思った。



「ここ、オレが借りてるマンション」

「……」

紹介されたマンションは、人が住んでるのかも怪しい廃墟同然のマンションだった。

まぁ、海曰く二十五部屋中十人ぐらいは住んでいるらしいが……)

「ぼろいね……」

 ボクの言葉に海は、

「でも、鉄筋コンクリートだよ」と趣旨の違う答えを返した。

(なにが、でもなんだか……)

 ボクはハァとため息はついた。


 海の部屋は三階で三〇三号室だった。

「じゃ散らかってるけど入って~」

「お邪魔し……」

 玄関に入ってボクは絶句した。

 本当に散らかっている。

 しかも、玄関からリビングまで……。

「まー、テキトーに座ってて」

(どこに?)

「よくこんなごみ屋敷に住めるね? ボクだったら耐えられない」

「え~? 住めば都だよ~」

「意味違うと思うよ……」

 ボクはツッコんだ。




「ふぅ……これでリビングは全部か」

「玄関とオレの部屋は終わったよ~」

 ボク達は今まで散らかっていた海の家を掃除していた。

(これじゃあ、泊まりに来たのか掃除をしに来たのかわからない……)

 ボクはそう思った。

「よ~し、これにて全部終わり~。コンビニで買ってきたお弁当食べていいよ~」

「は? 一食しかないじゃん……。ボクは冷蔵庫の中にある適当な食材を選んで料理する」

 そう言いボクは冷蔵庫を開けると、

「……プリンだらけだね」

「だぁ~って、オレ料理とかしないしぃ。だから、嫌いなコンビニ弁当で済ますんだ」

「だから、プリンだけ? 体壊すよ」

「……もう、壊れてるよ」と海は黙った後言った。そして、

「ちょっと目瞑ってて」

「何で?」

「恥ずかしいから」

「……」

 ボクは無言で目を瞑った。

 そして少しのあと海が「いいよ」と言った。

 目を開けると海が上半身裸でいた。

 いや、それよりも……。

「驚いたでしょ? この胸の傷。手術の痕なんだ」

 海の身体には胸からわき腹に到達するまでの傷跡の縫い目があった。

「オレ、生まれつき心臓が弱くて母さんがオレみたいな失敗作産むんじゃなかった、って毎日罵倒されてたんだ。母さん曰く躾らしいんだけど……。父さんは昔から病弱でロクな仕事に着けなかった。それでも、一生懸命働いてたんだけど……貧しさに加えて失敗作のオレ。母さんはそれが嫌で一方的に離婚して違う男の所に行った」

「……」

 ボクは黙って聞いていた。

「父さんも無理がたたって病気になってこのままじゃオレに迷惑が掛かるって自分に多額の生命保険をかけてオレが高校入学直後に自殺した」

「そう」

「この身体の心臓は父さんのなんだ。死ぬ間際にバンク? ってやつに登録してて、父さんの保険金で心臓移植したんだ……」

 海からはいつもの軽薄さはなかった。

 恐らく彼は父親の死を本当に悲しんでいるのだろう。

「だからオレも人殺しなんだ。父さんを殺して生きながらえてる。挙句にオレが生まれた事で母さんも悲しませた。本当にオレ親不孝な息子だよな……」

「親だろうが子だろうが最大の不幸はどちらも選ぶことは出来ない。ボクだって親を殺した時点で親不孝だ……」

 ボクの言葉に海は、

「いいこというね」と言った。

「母親の事殺したいって思った事ないの?」

 ボクは素朴な疑問をぶつける。

「んー、無いかな……憎いとは思ったけど。仕方ないよ。オレ失敗作だし」

「失敗作、ねぇ……じゃあ、キミの親は何なの? 成功作なの?」

「青春?」

「ボクにはそうは思えないな。違う男に走った節操なしの女。病弱で悲観して勝手に自殺した男。どちらも人間としては最低の部類じゃないか? それでも成功作って言えるの?」

 ドサっ!

 ボクは海に押し倒され肩を強い力で押さえつけられ、

「母さんのことはなんて言ってもいい……。でも、父さんのことだけは悪く言うな……」と珍しく怒り口調で言った。

「……で、どうしたいの?」

「……どうって?」

「今、この部屋にはボク達だけ。しかも、男の部屋。両隣には誰も住んでいない。ヤるには絶好のタイミングじゃない?」

「何? 期待してんの?」

「別に……」

「……」

「……」

 海は、ボクの頬を撫でた。

 そして、優しくゆっくり口づけをした。

 波音がかすかに聞こえる。

 暗くて解らなかったがこのマンションは海に近い。

 よく物語の中では暗い海の中を彷徨っていると人魚に口づけされるという話があるけど正に今がそんな感じなんだろう。

 やがて、海は唇を離し息を整えている。

 苦しかったようだ。

 ハッキリ言ってボクも苦しい。

 だが、それだけだった。

 その後、ボク達は何事も無かったようにフローリングの床に雑魚寝した。

「2自殺癖」


「これでよし」

「おー、久しぶりのまともな朝食」

 テーブルにはオムレツ、グリーンサラダ、牛乳が乗っかっている。

「これ全部青春の手作り?」

 海の失礼な問いにボクは「そうだけど?」と答えた。


「へ~、見た目通り美味しいじゃん」

海はオムレツを口には運びながら言った。

「このオムレツなんか甘すぎず適度な甘さ! どうして青春こんな料理上手なの?」

「叔母さんからのご飯の支給が無い時自分で作っているから……」

「ふーん……あ、ウインナーもらい」

「人の物を勝手にとるな」

「でも、いつコンビニに行ったの? この辺コンビニ無いのに……」

「朝五時。早朝。キミの自転車を使わせてもらった」

「ふーん、じゃあ、座高直さないと」

 海がまたオムレツに手を着けているが、

「――ねぇ……」

「ん?」

「さっきからオムレツばかり食べてグリーンサラダは残して無い?」

「……」

「……」

やがて海は「野菜嫌い」と笑顔で言った。

「……そうなの」

「そっ! ってあれ? 食べろとか言わないの?」

 海の質問にボクは、

「ボクはキミの保護者じゃない。好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。それでいいんじゃないか。それに、この朝ご飯だって一宿一飯の恩で作ったわけだし無理して食べる必要はない」

 ボクの言葉に海は、

「ん~、なんかそう言われると悔しいなぁ……よしっ!」

 そう言い海はグリーンサラダを口に運んだ。

「…………」

 海は無言になりやがて、

「やっぱり不味い」と言った。

「だから無理して食べなくてもいいって言ったのに……」

 ボクは内心笑った。

 不思議だった。



「ね~」

「なに?」

「やっぱり制服じゃなきゃダメ? ネクタイ苦しいんだけど……」

「緩めれば」

「あと、まだ眠い」

「学校着いてから寝ればいい」

 ボクと海は今学校に向かっている。

 しかも、海は制服を着て学校に間に合う時間に登校している。

 ボクがそうさせたんだけど……。

「あ~、暑い。溶ける~」

(溶けるワケ無いよ)

 ボクは心でツッコミを入れた。

 ボク達はそんな押し問答をしながら学校に着いた。

 ひそひそ話が聞こえる。

 しかも、普段の二倍。

 原因は海だろう。

 普段は遅刻常習犯。制服は着ないで私服で学校に来る。

 そんな人が急に登校時間を守る。制服を着て学校に来る。

 それは、周囲を驚かせた。

勿論クラスもどよめいた。

担任に至っては「先生、眼科行ってくるから~、今日自習なぁ~」と言う始末。(生徒は喜んだが)

 自習中、校内放送が入った。

 内容は教頭に対してのもので教頭が本日中に辞職したとの内容だった。

 それによる職員会議で学校は半日で終わりとのことでクラスは更に賑やかになった。



「や~、半日っていいねぇ。青春は?」

「ボクは別に……」

「ふ~ん、そっかぁ」

 ボク達は浜へ続く階段に腰かけ海は海を眺め購買で買ったプリンを食べていた。

 宮崎と言ってもまだ六月なので海は閑散としている。

「オレさぁ……」

 不意に海が口を開いた。

「海って名前じゃん。そのせいか海が好きって思われてるんだよ。そんな特別好きってわけでもないのに……。いい迷惑だよ」と肩をすくめながら言った。

「お互い名前で苦労してんだね」

 ボクの言葉に海は「青春も?」と聞いた。

「うん。ボクの名前の漢字って青春(せいしゅん)じゃん。だからよくからかわれたよ」

「なるほどぉ」

 波の音が不規則に聞こえ静かな潮風を運ぶ。

「よし!」

 海はそういうと急に裸足になり海に駆けて行った。

「海?」

そして海は波打ち際に足を付けた。

「青春ー! 気持ちいいよー! こっち来なよー!」と言った。

 行かないと引っ張ってもいくのでボクは海の方へ向かった。


「つめたっ!」

「でも、気持ちいーじゃーん? それっ!」

 そういうと海が急に僕に海水をかけた。

 しょっぱい。

「ほらほら早くー! 青春もぉー!」

 海が言うのでボクも夢中になって海水をかけた。

 ボク達は時間が経つのも忘れて年甲斐もなく海水を掛け合った。



「やっぱ、オレはこの時期の静かな海の方が好きだなぁ」

「賑やかじゃなくて?」

 ボクの言葉に海は、

「う~ん、オレあんまり賑やかなのは好きじゃなくて……。こういう静かな海の方が好きなんだぁ」と答えた。

「そうなんだ……ん?」

 雲の流れがおかしい。

 まさか……!

 途端激しい雨が降ってきた。

 夕立だ。

 ボクと海は廃屋になっている海の家に駆けこんだ。


「ひゃー、すごい夕立だねぇー」

「そういえば、今日ところによっては激しい雷雨があるって……」

その瞬間激しい雷が鳴った。

その時、ボクは両親を殺した時を思い出した。

両親を殺した日も雷雨だった。

ボクは足がすくみ震えた。

ボクはあの時何を考えていた?

何も考えてなかった?

いや、考える必要もなかった?

「ボクが……さ……」

ボクは絞り出すように声を出した。

「両親を殺したの……ボクの誕生日の日だったんだ……」

「ん~?」

 ボクは海に聞かせたいわけでもなく過去を喋った。

「ボク……小六になる前はいじめとか無縁で仲のいい友達とかも沢山いて……その中でも特別に仲のいい幼馴染がいてずっと友達でいようねって約束したんだけど……」

「……裏切られた?」

「裏切りってわけじゃない……。彼女は生き残る為の最善の策を取っていじめ側に加担した」

ボクは下を向いた。

「水をかけられて毎日蹴られて親にも担任にも言ったけど何一つ聞いてもらえず……そんな日が何日も続いた……」

「……」

 海は黙って聞いていた。

「ある日学校を無断でさぼったんだ。そんなに嫌なら行く必要はないって開き直って……。それで、帰ってきたら案の定父さんの平手打ちと母さんの説教」

 ボクは知らない間に手に握りこぶしを作っていた。

「ボクがいじめられてるの知ってんのに、何にもしないで……でも、表面上はいい親のふりして……誕生日だっていうのにそのことを忘れて……。最後まで歪んでたんだ……」

「ふ~ん」

 海は相槌を打ちながら聞いている。

「だから、もう嫌になったボクは父さんと母さんを殺して兄さんを自殺に追い込んだ。だからボクは親二人じゃなくて家族三人殺しているんだ」とボクは言った。

「ふ~ん」

「驚かないんだ?」

「驚く要素どこにあるの?」

「兄さんの自殺ってとこ……」

「ぜ~んぜ~ん!」

 海はお手上げのポーズをした。

 海のこういうとこは好む。

 事情を深入りしないからだ。

 人は好奇心で聞いてくる。そして聞いた後何の責任も持てないのに根拠も無しに『いつかいいことがある』と無責任なことを言ってくる。

要は事後処理が面倒臭いのだ。

 だから勝手な事を言える。

 気休めだ。

「――で、青春はオレにどうしてほしいの?」

「……」

 解らない。

 ボクはなんでコイツに過去のことを喋っているんだろう? 

 ボクはコイツに慰めてほしいのか?

 違う……。

 じゃあ、なんで?

「あーおば?」

「……解んない」

 ボクは呟いた。

 気づくと瞳には涙がたまっていた。

「泣いているの?」

 海の言葉にボクは静かに頷いた。

 多分、海には何を言っても見透かされてしまう。

 だったら、負けを認めてしまおうと思った。

 気づくと夕立は過ぎ空には青空と虹がかかっていた。

「自然の芸術ってこういうことを言うんだよね」

 海は平然とこういうことを言う。

(コイツ、詩人か?)とボクは思った。

「それより、どーすんの?」

 海の意味不明な質問にボクは「何が?」と答えた。

「だから……これ?」

 そう言い海はボクの制服を指した。

 見ると……

「さっき水遊びしたから透けちゃったね?」と海は興味無さそうに言った。

「どーする? 良かったらオレのジャージ貸そうかぁ? その代わり購買のプリン一週間分」

 ふざけるな。

 そんなことをしたらボクの財布が火の車になる。かと言ってコイツがそんな事聞くワケ無し。こうなったら――

「プリンだったらボクも作れるけど……」

 ボクは見栄を張った。

「へ~、購買のプリンより美味しい?」

「まぁ、そこそこ……」

「じゃあ、今すぐ食べたい。青春のウチへレッツゴー!」

(おい、ジャージは?)


 言ってしまった。

 ボクは内心後悔した。

 何故なら、ボクは一度もプリンを作ったことがないからだ。

(あぁ、考え無しに言うもんじゃ無い)

 海がダイニングで待っている。

 ボクが悩んでいると、

「あれ? もしかして作れないの? もしくは作ったことないの?」と海が言ってきた。

(今更嘘ですなんて言えるわけがない……。こうなったら――)

「勝負は二日後の日曜でどうかな? 美味しいプリンを作るから」

 ボクは宣言した。

「へ? 勝負? オレプリン食いに来ただけだけど……まっ、いっか。美味しいプリン食べれるなら……」

そういい、海は帰り支度をはじめ、

「じゃあ、二日後楽しみにしてるよ! あ、あとジャージ洗って帰してね。日曜取りに来るからー」

 そう言い海は帰っていった。

(オイオイ、そこはいいよって言って自分で持って帰るだろ……。まぁ、海に普通が通用しないのは今に始まったことじゃないか……。第一ボクはそんな少女漫画的な展開を一ミリも望んでいない)

 ボクはそう思い急いで本屋とスーパーマーケットに向かった。



「まいどー」

 店員が愛想笑いで言った。

 親殺しが店に来るなと言う考えが見え見えだった。

 まぁ、そんなことはほっといて……


「卵良し! 牛乳良し! バニラビーンズ良し! グラニュー糖良し! 器材良し!」

 ボクは本を片手にプリン作りを始めた。


「まずは、カラメルソースを作るっと……」

 ボクはグラニュー糖を鍋に入れ煮始めたが……

「…換気しよう」

 カラメルソースが焦げて部屋一面に異臭が漂った。

 その二。

 牛乳を温める。

「まず牛乳を温めバニラビーンズを入れ沸騰させる」

 これは簡単かと思ったがバニラビーンズが以外にも苦戦した。

「中の種って……」

 なかなか出ないので力任せにやったら……

 ガシャッ!

 肘に牛乳が入っていた鍋に当たり床が大惨事に。

 その三。

 湯せん焼きにする。

「これは、オーブンに入れるだけかぁ」

 ボクは迷わずプリンをオーブンに入れたが……

 ボクは本をよく読んでいなかった。

 そう……

「生焼け……」

 予熱しなかったことに。

 しかも、味は……

「激マズ」だった。

 普通の料理は作れるがお菓子作りになると勝手が違う。

 と、言うより……

(ボクは何をやっているんだ?)

 ボクは自問自答した。

 たかがプリン。

 買った方がはるかに得じゃないか。

 しかも、食べさせる相手は変わり者の海。

「本当に何やってるんだ、ボク?」



「やっほー、きーたよぉー」

 あっという間に二日が経ち海がやって来た。

「期待してきたよ~!」

(プレシャーをかけるな。正直自信がないんだから……)とボクは思った。

「あ! 安心して不味かったら不味いって言うから!」

(コイツ、本当にボク以外の女子ならフルボッコだな)

 そう思いながら作っておいたプリンを冷蔵庫から出した。

 我ながらよくできた最高傑作だ。

「へ~、見た目はいいじゃん」

「見た目は……って」

「じゃあ、し~しょくぅ」

 そう言い海はボクの作ったプリンを口に運んだ。

 一口食べて海は極上の笑顔で、

「激不味いね」と言った。

 ボクじゃなかったら多くの女子は泣くか怒るだろう。

 しかし、ボクはこの言葉を予想しており、

「やっぱり」と呟いた。

「やっぱり……って。もしかしてプリン作るの初めて?」

「…………」

 ボクは無言で頷いた。

「やっぱり見栄張ってたんだぁ~。ムキになってたからおかしいと思ってたんだぁ~」

(感づいてたのかコイツ……)

「でも、おかしいよねぇ~」

 海の言葉にボクは「なにが?」と言った。

「だって、青春普段は何事にも無関心なのに何でオレに対しては真摯(しんし)に対応するのかなぁ? って……」

確かにそうだ。

 何でボクはコイツに真剣に対応してるんだ?

 今回のプリン作りだって別にムキになる必要なんてどこにもなかったはずだ……。

(何でだ?)

 ボクは考えを纏める為に縁側に向かった。

「ねー、このプリンどうするのー?」

 海の言葉にボクは、

「好きにすれば」と答えた。


 腹が立つ。

 その一言だ。

 ボクは縁側に座りそう思った。

(何なんだ。あいつは? ここひと月、あいつのせいでボクのペースは乱されている。早くボクに飽きてほしい……)

 屋根にかかっている風鈴が涼しげな音を立てる。

「後片付けをしよう……」

 ボクはダイニングに向かった。

「あれ? 海?」

 海がいない。

(帰ったのか? でも扉の音しなかったし……)

 まぁ、いいか。厄介者が帰ってくれればボクには好都合。

(喉乾いた。水でも飲もう)

 そう思いボクは台所に行った。

 すると……。

「――って、何してるんだっ⁉」

 台所で海が喉元に包丁を突き付けていた。

 包丁を着き突き付けていた喉元からは微量だが血がにじみ出ている。

 目は死んでいる。

 ボクは海から急いで包丁を取り上げ床に放り投げ肩を揺さぶり「何してるっ?」と聞いた。

 すると海はようやく正気が戻ったのか、

「あ! 青春?」と呆然と言った。

「お前は何をしているっ⁉ 台所を血の海にする気かっ?」

 ボクは怒りを抑え低い声で言うと、

「血の海?」

 海は理由が解らないと言う感じだったのでボクは取り上げた包丁を指さした。

「……あぁ、またか?」

 海は平然と言った。

「何が『あぁ、またか』だ? ボクにこれ以上前科を付けるな。やるなら他所(よそ)でやれ」

「え? 自分でやったんだから青春は罪に問われないんじゃないの?」

「罪に問われなくても警察からは事情聴取されるだろ」とボクは言った。


「――と、言うよりもキミには自殺癖でもあるのか?」

「んー、自殺癖っていうか自傷行為の部分かな」

「あれが自傷行為か? ボクが来なければ今頃台所は血の海だ」

「あ~、それはゴメン。血ってなかなか落ちないよねぇ」

 何他人事のように言ってる。

「で、結局何してた?」

「ごめんごめん。刃物が目についたからつい!」

(こいつ何明るく言ってるんだ?)

 よくこういう時、人は無理して明るく振舞っているとか言うがコイツは自然に且つ楽しそうに言っている。

解りやすく言えば小さい子供が玩具(おもちゃ)を楽しく壊すのと同じように。

「でもあんなの年がら年中だよ。刃物が目についたら無意識に腕やら首やらの突き立ててるよ。まぁ、正確に言えば父さんが死んだ時からだけどね」

「あぁ、病弱人生に悲観して自殺したキミのイかれた父親か?」

「ねぇ、オレ前に父さんのこと悪く言うなって言わなかったっけ?」

「悪かった。で、何?」

 ボクは続きを促した。

「あ、うん。オレ前に父さんの心臓を移植されたよね。それ知った後かなりショック受けて自殺しようとしたんだ」

 すると、海は腕に巻いている包帯を外した。

 そこには夥(おびただ)しい数の傷跡があった。

「最初は利き腕の左で右腕をリストカットしたんだけどダメだった。病院内でやったから。すぐ発見された……。それから右腕。でも、それが原因で精神科に強制入院されて、一応治療したんだけど今でもやっちゃうんだ。だから、表向きは全部心臓の病気で留年ってことになってるけど六割くらいはこっちの方」

コイツは、何事も無かったように他人事のように笑顔で話している。

 しかも自然に。

「一歩間違ったら致命傷になる行為だけど……」

 ボクの言葉に海は、

「うーん。まぁ、ゴキブリみたいにしぶといだけだね!」

 海は更に笑顔で答える。

(コイツも父親同様頭がイかれてるな。まぁ、ボクもだけど……)

 ボクがそう思っているよ、

「そういえば今日は珍しいね。普段は続きなんか聞かないのに」

 海の言葉にボクは「続き聞く? と聞くから先手を打たせてもらった」と答えた。

「3 硝子」

 

六月に入り衣替えの季節がやってきたがいつも通りの朝が始まり暑い中それでもボク達は学校へ行く。

教室に入ると朝のホームルームが始まる予冷が鳴った。

 ボクは相変わらず落書きと言うより誹謗と中傷が書かれた席に着く。

(よく飽きないな……)

 毎日毎度こんな幼稚なことをする奴らに対してボクは正直感服する。

 やがて担任が教室に入ってきた。

「じゃあ、朝の出席を取るが……」

 担任は海の席を見て、

「瀬戸内は遅刻、っと」

最早(もはや)海が遅刻は当たり前になっている。

一応海は遅刻はするが滅多な事が無い限り欠席だけはしないと海は言っておりその通り絶対学校には来る。

「は~、やっぱり前のは偶然か~。前、瀬戸内が時間通りに学校に来たから先生眼科まで行っちゃったよ……」

 そう担任が言いクラスの男子が「そりゃあそうだ」とツッコむ。

 海の席は空いている。

 結局時間通り、制服着用して来たのはあれ一回切り。あとは、いつも通り。

「まぁ、普通が一番かぁ」

 担任はしぶしぶ呟き出席を取り始めた。

(どこの世界に堂々と大きな遅刻をする奴のどこが普通だ。お前の頭の普通の定義はどうなっているんだ?)

 ボクは担任に内心毒づいた。

 やがて担任が出席をとりやがてボクの名前を嫌そうに読み上げボクは何事も無く返事をした。

 椅子に座ると後ろの席から紙屑が飛んできた。

 書かれてあることは解っているがボクは広げる。

『人殺しが。学校にくんなバーカ』だった。

 後ろの方を見ると飛ばしたらしき生徒がニヤニヤしている。

(馬鹿か、コイツ……)

 こんな幼稚な手、良く思いつくな。

 こうして、またいつも通りの日常が始まる。筈、だった。

 しかし、今日は少し違い「本日転校生が来る」と担任が言った。

 その時教室は騒めいた。

 そしてお決まりの男か女か? と聞き担任が女子と言えば女子は落胆し男子は可愛いか? など聞く等。

(コイツ等本当に馬鹿か?)

 教室が騒めいている中渦中の人物が教室に入ってきた。

 そこには栗色の長い髪をし左右の端だけ細く三つ編みにした少女が入って来た。

(あいつは⁉)

 ボクにはその顔に見覚えがあった。

「じゃあ、自己紹介」と担任が促すと見覚えのある少女は、

「由比ヶ浜(ゆいがはま)香(かおり)です。東京近郊から来ました。親の都合で半年間こちらに厄介になりまーすっ!」と明るく自己紹介をした。


休み時間。

クラス中休み時間は由比ヶ浜の席に群がった。

女子は「東京ってどんなところ?」や男子は「彼氏いる?」等。

由比ヶ浜は困っており顔に手を当てている。

そっくりだ。

顔も声も仕草も。

だが名字が違う。

(まぁ、ボクには関係の無いことか……)

 ボクがそう思い本に目を通そうとした時、

「ねぇ。なんて本読んでるの?」と由比ヶ浜がボクに近寄り聞いてきた。

 教室が一瞬にしてシンとした。

(またベタだな)

 ボクは無視して本に目を通すが、

「ふ~ん。なるほどぉ『潮風とともに』かぁ。これっていい話だよね?」

 由比ヶ浜が本を覗き込んできた。

 すると、由比ヶ浜のすぐ傍にいた女子が由比ヶ浜の腕を引っ張って、

「こいつに関わらない方がいいわよ」とワザとボクに聞こえるように言った。

「そうだぜ。コイツ自分の親殺したんだぜ。四年くらい前」

「ニュースで結構報道されてたんだぜ」

「うちのクラスの二大事故物件よねぇ」

(こいつら、暇人だな)

 ボクがそう思っていると由比ヶ浜が、

「二大事故物件?」と首をこてんとして聞いてきた。

 すると別の女子が、

「あぁ、二大事故物件。問題児よ」と言った。

「で、もう一人っていうのが……」

「おーはよー!」

「来た」

 クラスメイトの男子の一人が嫌そうに言った。

「瀬戸内海(せとないかい)」

 男子の言葉に、

「セトナイカイ?」と由比ヶ浜が聞いてきた。

 それを聞いた海は、

「瀬戸内海(せとうちかい)だよぉー」と言い「ところでこの人誰?」

 由比ヶ浜を指さして聞いてきた。

「あ、えぇ。由比ヶ浜香っていうの。東京から来たのよ」

 女子の自己紹介に、

「待って、待って。何度も言うけど東京って言ったって近郊。外れの方よ」

 由比ヶ浜が訂正した。

「それでもいいじゃんっ! だって東京だよ、と・う・きょ・うっ! それだけでも凄いステータスじゃんっ!」

 女子がそうやり取りしている中、

「まっ、そんなことどうでもいっかぁー! それよりあ~おば~! 今日のお昼ご飯の予定な~に~?」と聞いてきた。

 海の能天気な質問に、

「何でボクがキミにボクのお昼ご飯の予定を教えなきゃならない……」

 ボク達がそんなやり取りをしていると、

「これがもう一人の二大事故物件の一人海。顔はいいんだけど行動及び言動がねぇー」と女子。

「まぁ、どちらも事故物件だから仲がいいんじゃねえの?」と男子。

「………………」

「由比ヶ浜さん? 由比ヶ浜さーん? あのー?」

 女子の呼びかけに由比ヶ浜は心ここにあらずと言う感じで無反応だった。



「赤井さん」

 放課後、由比ヶ浜がボクに話しかけてきた。

「学校、案内してほしいんだけど……」

「・・・・・・他の人に頼んだ方がいいよ。キミだったら転校初日だけど仲のいい人いっぱいいるじゃん?」

「えっ⁉ うっ、うん。でもそれは皆転校生ってことが物珍しくて……」

「とりあえずボクに関わらない方がいいよ……」

 ボクの言葉に由比ヶ浜は、

「ねぇ、私のこと忘れちゃったの? 私だよ。幼馴染の橘香。覚えてるでしょ? 青ちゃんっ!」

「⁉ ・・・・・・やっぱり香?」

「そうっ! そうだよっ! 良かったぁー。忘れちゃったのかと思ったぁ……」

(香、か……)

 ボクは過去のことを思い出した。

 ハッキリ言って忘れたい過去を。

「ねぇ……やっぱりあの時のこと怒ってる? ううん。怒ってるよね?」

 香はボクの肩を掴んで言った。

 瞳には涙を浮かべてる。

(あぁ、あの水かけのことか・・・・・・)

「……別に怒ってないよ。あれが香にとっては最善だったんだから」

 ボクは肩に乗っけている香の手を払いながら言った。

「嘘。嘘よっ! だって私親友の青ちゃんに一番酷い事しちゃったんだよっ!」

「……別に……」

 香はボクの言葉なんか聞こえておらず取り乱していた。

「今更だけどごめんっ! ホントにごめんなさいっ! 謝っても許してもらえないのは解ってる、けど……」

「いいっつってるだろっ!」

 ボクはイライラして声を荒げた。

「青……ちゃん?」

「あのね、ボクは別に怒ってないって言ってるだろ。それなのに勝手に取り乱して……。むしろこっちの方に怒りたいんだけど……」

 ボクは頭を押さえながら言った。

 ハッキリ言ってウザい。

「だっ、だって私のせいでしょ? 青ちゃんが伯父さんと伯母さん殺したの……」

一瞬あの最悪な親の事を思い出した。

 思い出すのも忌々しい。

「別に香のせいじゃないよ……。元々ボクと親は仲が悪かったんだから。あの時殺して無くてもいつか殺してたと思うよ?」

「青ちゃん……」

「だから、香のせいじゃない」

「じゃあ許してくれるの?」

「許すも何も最初から怒っていない……」

 香は満面の笑顔になり、

「青ちゃ~ん! ありがとう~!」と言い飛びついて来た。

(苦しい……)

 ボクは香をひっぺ剥がすと、

「それよりボクに関わらない方がいいよ……。知っての通りボクは親を……人を殺してるんだから……」

 そう言うとボクはカバンを手に取り帰り支度を始めた。

「それは……。あ、ところで今青ちゃん。今、何処に住んでるの?」

 香のいきなりの質問にボクは、

「叔母さんの家だけど」と素っ気なく答えた。

「そうなんだ。ところで聞かないの?」

「何を?」

「苗字が違うこととか、何でこっちに引っ越してきたとか?」

「確かに気になるけど別にそんなの聞く必要ないじゃん」

 ボクの返答に、

「じゃあ聞いて~!」

 泣きながら言った。

(何で人ってのは聞かせる気満々なのにいざ聞くと教えないとか言う癖に話すんだ? 逆に聞かないと聞いてと言うんだ?)

 ただこの場合聞かないと延々と聞いてくるからボクは聞くことにする。

「じゃあ何?」

また香は満面の笑みになり、

「実は両親が離婚した後再婚して父親の仕事の都合でこっちに越して来たんだぁー」

 香は表情を崩さず言った。

(あぁ、離婚したんだ。伯父さんと伯母さん不仲だったもんな……)

 ボクは心の中でそう思った。

 実際香の両親は不仲だったのをボクは覚えている。

ただ外面は良く家の外では仲が良いふりをしている。

俗にいう仮面夫婦だ。

ボクは小さいころ何度か香の家に遊びに行っている。遊びに行くと必ず嫌でも聞こえるドア越しの怒声と罵声。

香の両親だと解った。

 ただ客人が来たと解ると直ぐに仲のいい幸せ家族を演じる。

 ハッキリ言ってピエロだ。

「一応義父(おとう)さんは単身赴任でもいいって言ったんだけど……お母さんが、ね」

「ふーん。そうなんだ」

 どうでもいい。

「そういえば青ちゃんどうしてさっきからボクって言ってるの?」

「別にボクがどんな一人称を使おうが自由だろ」

 ボクの言葉に香は、

「えー! おかしいよー。女なら私じゃん? その方が絶対いいよー! それに昔は私って言ってたじゃん」と言ってきた。

 確かにボクは昔私と言っていたが今は言わないし言いたくない。昔を思い出すからだ。

第一女がボクと言うとおかしいとそんなこと誰が決めた?

 よく人は自分定義で物事を決める。

 香もその類だ。

 だけど自分の定義を人に押し付けるのは間違っていると思う。

 人には人の定義があるのだから。

「まぁ、青ちゃんがいいならそれでいいけど……」

「じゃあほっといてくれないか?」

 ボクはそう言い教室を出ようとした時、香が「あっ⁉」と言い「ライン交換しよっ!」とボクに持ち掛けた。

 ボクは面倒臭いし嫌なので「嫌だ」と言ったが香は聞く耳を持たず「へーきへーきだよっ! すぐ終わるから」と言いボクのスマホを取り勝手にライン登録をした。

「これでよしっ! と」

 香はそう言うとボクにスマホを返した。

「じゃあ、暇な時に電話してねー!」

 そう言うと香は言い帰った。

ボクも帰ろうとしたら職員室から帰ってきた海と鉢合わせて海が「途中まで一緒に帰ろっか」と聞いてきたのでボクは速攻で「一人で帰れ」と言った。



屋上には海からの風で潮の香りがする。

 ボクは購買で買ったお昼ご飯のパンを食べながら潮風に当たっていた。しかし一人では無く……、

「やー、ここって気持ちいいよねぇー。オンリーステージって感じで」

「キミさえいなければ本当にオンリーステージで気持ちいいよ……」

 そう。

海がいる。

「だけど屋上は青春だけどの物じゃないよー!」

「くっ」

 海の言葉にボクは唇を嚙み締めた。

「しかし、この屋上閑散としちゃったねぇ……。少し前まで結構人いたのに……」

「ボクがいるからじゃないの?」

「そーかも!」

 そう。

海の言う通り少し前までは結構人がいたがボクがここを利用するようになってからはボクと海以外いなくなった。

 まぁ当たり前と言えば当たり前だが。

「ところで青春お昼ご飯――」

 ボクは海が全部言い終わらい内に袋から購買で買ったある物を海に差し出した。それは――、

「わー! ありがとー!」

 プリンだ。

「どうせキミの目当てはそれだろう? 先手を打たせてもらった」

「準備いいねぇ」

「毎度のパターンなんだからそれ位は……」

 そう。

 海は良くボクにプリンをたかりに来る。(でもちゃんとプリン代は払ってくれる)

 自分で買いに行けばいいと思うのだが四階にある教室から二階にある購買に行くのが面倒臭いので行かない。

 それでボクにたかりに来る。

「なんで、購買朝は空いてないんだろうねー? 朝開いてれば教室に行きながら買えるのに……」

(お前が登校してくる時間は朝じゃなくほぼ昼か夕方だ……)

 ボクはそう思いながら心の中で苦笑いした。

 ふと、心地よい潮風が吹いた。

 海の無造作に伸びた金色の髪が風になびく。

 彼は気持ちよさそうに潮風に当たっている。

「やー、今日はいい潮風だねぇ……。こーいう時はよく嵐の前触れっていうよね?」

 海の言葉に、

(それは別に潮風じゃなくてただの風という表現でもいいのでは? 第一まだ台風のシーズンじゃない)とボクは思った。その時――、

「青ちゃん、居た―――――!」

 香が勢いよく屋上のドアを開けボク達の所へ近づいて来た。その時、海は何気にボクから離れた。

「アオチャン?」

 海が頭の上で疑問符を浮かべている。

 面白い。

「もー、ずっと探したんだよー! ここにいたんだぁー! どーして教えてくれなかったのー?」

 香の言葉にボクは「何で?」と問い返した。

「何でって……。私と青ちゃんの仲じゃん! 折角仲直り出来たんだから一緒にお弁当食べようよー!」と言いながら肩を揺すってきた。

(ウザい……)

 しかし、香はそんなボクの思いなど関係なく、

「海くーん! 明日から私もここ使っていい?」と聞いてきた。すると海は「別にいーよ。っーか、屋上(ここ)オレ達の私有地じゃないしー……」と返した。

「ほんとー⁉ じゃあ、けってーいっ! 明日からまた昔みたいに一緒にお弁当食べようねっ! 青ちゃんっ!」

 そういうと香は上機嫌で階下へ駆けて行った。

(昔って給食じゃあ……)

 ボクがそう思っていると海が「青ちゃん? って、何それ?」と聞いてきた。

 海の質問にボクは、

「あいつは前話した特別に仲の良かった元親友で幼馴染だ。青ちゃんと言うのは香特有の呼び方だ」と答えた。

「ふーん」

 海は興味無さそうに呟いた。

「ところでさ、お茶無い? 青ちゃん」

 海の言葉にボクは「自分で買え。あと、腹立つからキミはボクの昔のニックネーム言うな。ホントに腹立つから……」と言うと、「えー、だって香は言ってるじゃーん」

 海のその言葉に対してボクは、

「次言ったらプリン自分で買いに行きなよ」と言うと海は「解ったよぉ、青春―」と少し項垂れた。



「やーっ! ここってホント気持ちいいねぇっ!」

 そう言うと香は自作の弁当をつついた。

 お昼休み。

 昨日の予告通り香は屋上に来て一緒にお昼ご飯を食べている。

「いつも、青ちゃんここで食べてんの? いいなぁ、青ちゃんだけこれを独占出来て……」

 香の言葉に、

「独り占め出来てるわけじゃない。コイツがいる」とボクは言い親指で手すりに寄りかかって飲み終え空になったお茶の紙パックを口にしてパックをパコパコしてる海を指さした。

 海はボク達から離れている。

 恐らく香がいるからだろう。

 忘れていたがこいつは極度に女が苦手だ。

 その証拠に香からはかなり距離を取っている。

 やっぱりボクは女と見なされない。(別にどうでもいいけど……)

「ねー、海くーんっ! どうしてそんな所に離れているのぉ? こっち着て一緒にご飯食べようよー!」と言う香の言葉に対して海は「キミがここから離れればそっちでご飯食べるよ。っていうか、オレもう食べ終わったし……」の返答。

(コイツ言葉をオブラートに包むって事知らないのか?……)

 ボクがそう思っていると香が、

「海くんって不思議くんだね……。お昼ご飯ってプリン一個とお茶だけじゃない。身体大丈夫なの?」と心配してきた。

 それに対して海は「オレはいつもこれだよ~」と返答した。

「だから身体細いんだ……。でも、身体に毒だよ。ちゃんと食べないと……」

(なんで香はコイツの心配をするんだ?)

 すると海は、

「なんで由比ヶ浜がオレの心配そんなにすんの? へーきだって。いざとなったら青春が作って――」「作らないから……」

 ボクは海の言葉を遮って即答した。

「え~、なんでぇ~? この間は作ってくれたじゃん。二回も……」

 海が言う二回とは、一回目が海の家に泊まった時の朝食。

二回目がプリン(失敗したが)の時。

「人を当てにするな。自分の事は自分でやれ……」

 とは言え、毎度購買でプリンを買いに行っているボクが言える立場でもない。

 本当どの口が言ってるんだ?

「えぇ~、だってさぁ……」

 海が口をつぐんだ時、

「ね、ねぇ、ちょっと待って……。料理ってどういうこと? 会話に付いていけないんだけど……」と香が聞いた。

「ボクだって料理くらいする。と、いうか当たり前だ」

叔母さんは絶対作ってくれないし……。

「そ、そうじゃなくて……」

「あぁ、オレの言動の方ねぇ?」

 海はそう言うとヘラヘラした笑顔で、

「前ねー、青春が一回オレの家に泊まった時があってさぁ、その次の朝、朝食を作ってもらったんだ~。んで、二回目がオレの好物のプリン作ってもらった時。凄い激マズだったけど~」

 海の言葉にボクは、「その口縫い合わせてやろうか……?」と半分キレかかりながら言うと「うーん。遠慮する!」と言った。

 すると、黙って聞いていた香が急に大声で、

「えぇ―っ⁉ と、泊まったって……。えっ⁉ えっ⁉ 健全な高校生がっ? えっ? もしかして二人って……こ、こういう関係?」と言い恐る恐る震えながら小指を出した。

「全然違う」

「ん~、残念。違~う」

 ボク達は同時に声を出した。


「ねー、香? 平気なの?」

 クラスメイトの女子が香に聞いてきた。

「だって、アイツ。青春は親殺し。つまり人殺しだよ……。いくら元知り合いだからって?」

 別の女子が言ってきた。

 香は転校して来て五日目なのにもう既にクラスに馴染んでいる。

因みに香にはボクとは元幼馴染みでは無くただの知り合いと言うことにして置くよう言及しておいた。(バレると香に害が及ぶからだ)

「平気平気。青ちゃんは理由もなく人を殺したりしないよ。きっと、親を殺したのだってそれなりの理由があるんだよ、ねっ!」

 香はそう言うとウインクしてボクを見たがボクは即座に読みかけの本に目を落とした。

「なにー? あの態度?」

「折角香が気を使ってやってんのにっ!」

「もうあんな奴ほっときなよー」

 本当にほっといて欲しい。

 しかし、香はそんなボクの気持ち等お構いなしに、

「ほっとけないよ。だって、同じクラスメイト。友達だよっ!」とヒマワリのような笑顔全開で言った。

「……………………」

 クラスメイトは黙り、やがて「香―、あんた天使だわー」と一人の生徒が涙ながらに香の肩に手を乗せ言った。



西日が眩しい。

 ボクと香は今図書室にいる。

 携帯が普及している現代(いま)、本は不人気で図書室は閑古鳥状態。ボク達以外誰もいない。

 しかしボク達は図書委員の為本の整理をしなければならない(香は人数合わせ)

 最も携帯でも文章が読めるのだから誰も好き好んで本など読む人はいない。だけど、ボクはこの誰もいない静かな中で本を読める空間が好きだ。(今は一人じゃ無いけど……)

 自分だけの世界に浸れるから。

 委員会の仕事は本を整理すればいいだけだし仕事が終われば下校時刻まで好きなだけ本を読める。

 最も今ボクが図書室を使うのは委員会の時だけだ。

 理由は海だ。

 アイツがいると自分だけの世界に浸れなくなる。だからだ。

 こういう風に委員会とかの仕事があれば海は待たずさっさと帰ってくれる。

その為委員会さまさまだ。

本を整理し終えボクは本を読もうと本を選んでいる時背後から香が「ねぇ」と声をかけえて来た。

「何?」

ボクは振り向かず本を選ぶ。

「海くんって青ちゃんの事好きなのかな?」

「はぁ?」

 ボクは動きを止め香の方へ向き直った。

 何を言っているんだコイツは……。

「だって海くん、青ちゃんには何ていうかこう……べったり? って感じだから……もしかしらーかな?」

「単にアイツが勝手に付き纏っているだけだ」

 ボクは素っ気なく言い本棚に向き直った。

「じゃあ、青ちゃんは海くんのことどう思ってるの?」

 香の質問にボクは何故か心がチクリと痛み「どうとも思ってない……」とため息を吐きながら答えた。すると香は「じゃあ――」と言い、「私、海くんに告白しょっかなっ!」と言ってきた。

 更に、

「だって、海くんって顔カッコいいじゃんっ! 性格はアレだけど……。でも、そこが不思議くんでいいかなーって!」と続ける。

「………………」

 ボクは無言になりやがて「やめといた方がいい」そう言いボクは本棚の方に向き直った。

 本当にやめといた方がいいと思う。

 アイツはボク以外の女性でも結構ではすまないやたら失礼なことを言う。しかも、平然と……。加えて女性が筋金入りに苦手な体質だ。まず、普通の女生だったら確実に上手くいかない。だから、ボクはやめといた方がいいと言うのだ。

 しかし、香は何を勘違いしたのか「やっぱり、青春も好きなんじゃない」そう言い「よーし! 負けないんだからねっ! 今度はっ!」

 香はボクを指さした。

 その時下校のチャイムが鳴り香は一目散に図書室から出て行った。

「……本当にやめとけ、っていうか今度は?」

 ボクは香の言っている意味が解らず図書室を後にしながら、

(まぁ、人が誰と付き合おうがボクには関係ない。むしろ海がボク以外に興味を持ってくれれば都合がいい)と思いながらもモヤモヤした気持ちで家へ帰った。



「やー、青春おはよー」

 今日海は珍しく朝から登校している。

海の能天気な挨拶にボクは力なく「おはよ~」と言った。

「どーしたの? 元気無いねー」

 海の言葉にボクは「そうだね」と相槌をうった。

 今日確実にボクは元気が無い。

 それもそのはず、今日はボクの誕生日だからだ。

 そして両親を殺した日。

 つまり、曰く付きの日だ。

 そもそも、ボクの誕生日はタロットとかでは死神を表す数字らしい。だから不吉極まりない。(こう言うと他の十三日生まれにも失礼だけど……)

 空はどんよりと曇っている。

 今にも雨が降りそうな天気だった。



「一年とは言えども進路を――」

 担任が進路の話をしている。

「今からでは早いとか思っていたら大間違いだ。受験はすぐやってくる。先のことを見据えて準備は必要だ」と言った。

(先の事か……)

 今からそんな事考えても無意味だとボクは思う。

 計画なんてものは狂うのだから。

両親を殺す前のボクの計画は今頃生まれ育った地元の高校で普通に勉強して普通に友達とかを作り普通に恋をしたりして何事も一般的な普通で過ごす予定だった。

しかし、両親を殺しその普通は無くなり全て予定していたものは無くなった。

だから、先の事を考えるのは無意味以外の何物でも無い。

ボクは外を見る。

外は土砂降りの如く大雨が降っている。

ボクが学校に入ったらすぐに雨が降ってきた。

(両親を殺した日もこんな風に大雨が降っていたな……)

苦笑する。

ふと横目で海と香は見た。

 海は頬杖を突きながら担任の話など興味無しにシャープペンを回しており香は落ち着きなく横目でチラチラ海を見ている。

本当にやめとけと思う。

 ボクは心の中で小さく合掌した。



――昼休み。

 外は朝から相変わらず雨が降っている為屋上に行くことは出来ず教室で弁当を食べることになった。

「別の場所で食べてほしいわー」

「楽しい時間がぶち壊しよねー」

「聞こえちゃ可哀想でしょー」

 相変わらず陰口が聞こえる。

 最もいつものことだが……。

「あ~おば~。今日は弁当? オレは今日は自分で言うのもなんだけど珍しく自分でプリン買ったんだー」

 これもいつもの事。

 唯一の違いはコイツが自分でプリンを買った事だけ。

 また声が聞こえる。

「アイツ何考えてんだー」

「瀬戸内海(せとないかい)?」

「そうに決まってんだろ~」

「何でアイツ親殺しなんかといつもつるんでだぁ?」

「どっちも問題児だよなぁ」

 今度は海に対しての悪口だ。

「どーしたの? 早く食ーべよっ!」

 海は自分の悪口を言われているのにさも関係無しと言わんばかりにプリンの蓋を開けた。

「キミは気にしないの?」

 ボクは仏頂面で頬杖を付きながら海に聞いた。

「なにが?」と海は聞き返した。

「陰口……」

「?」

 ボクの言葉に海は意味が解らないようで一瞬ぽかんとした。

 ボクはさらに続ける。

「ボクと居ることでキミも危険人物扱いされてるよ……。キミは周りの声とか気にしないの?」

 ボクの言葉に海は、

「あんまりぃ。言わせたい奴には好きなだけ言わせたらいいじゃん。別にそれ以上は何も無いんだしー」といつもの調子で答えた。

「キミのその考えは羨ましい……」

 ボクはそう言い弁当を口に運んだ。その時「海くん」と香が声をかけて来た。

「?」

 海は何気に一歩引き下がりながら「何?」と香に聞いた。

「放課後話したい事があるから残ってくんないかな?」

 香は頬を赤らめながら海に聞いた。

「なんで?」

 海は一見いつも通りだがよく一緒にいるボクからしてみたら顔は少し強張っている。が、香は気にせず更に続けた。

「重要な話があるの。……だから残ってくれないかなぁ? なんて……」

 香の言葉に海は「別に今言えばいいんじゃないかなぁ? そーいう時って大抵どーでもいい話だしぃー」と返答。

「えっ? どうでもいいって……」

 香は少し固まっている。

「だってー、そうじゃん。大抵の話は重要な話の時って前振りされると無茶苦茶どーでもいい話で逆にどーでもいい話だよって前振りされると何気に重要な話って事が多いじゃん。まぁ、全部が全部ってことはないけど……」

 ある意味海の独自の理論は当たっている。

 多くの場合人が言う重要とはその話す人物にとっての重要で聞く側にとっては全くどうでもいい話なのだ。

 しかも、多分。いや、絶対この話の流れは香が告白するから海に残ってくれと言うものだ。(正に海にとってはどうでもいい話だ)

 女子は何故か他人の恋愛話が好きだ。(最もボクはどうでもいいが……)

 しかも、何故か自分の事でもないのにやたらとはしゃぐ。

 確かにボクも昔はそうだったが今では何故そんな事にはしゃいだのか全然解らない。

 しかし、香は尚も挫けず「じゃあ、青ちゃんと一緒だったらいい?」と聞いてきた。

なんでボクを出す。というよりも、ボクを巻き込むな……。

 ボクがそう思っていると「う~ん。まぁ、青春と一緒ならいいよー」と言った。

「じゃあ、放課後っ! よろしくねー!」

 そう言うと香は自分の席へ戻って行った。

(なに二人で勝手に決めてるんだ……)

 ボクはそう思いながらも残りの弁当を口にした。



「――じゃあ一応よろしくねっ!」

 香の言葉にボクは「まぁ解ったけど……」と返答し教室に入った。

 廊下には香が待機しており教室の中はボクと海以外は誰もいない。

 海は机に座り窓からの景色を見ながら鼻唄を歌いながらリズムを取っている。

「ねぇその鼻唄下手くそ過ぎて不快になるからやめて……」

 海は身体をのけ反りながらボクの方を振り向き、

「えー! ひっどいなぁー。オレとしては結構いいと思うんだけどなぁ」と口を尖らして言った。

「とりあえずさ、ボクちょっと職員室に呼ばれたから少し席外すけど……。どうする?」

 ベタなセリフだ。

 海は鼻唄混じりに、

「んー、まぁいいよー! オレそれ位なら待ってるからぁ」

 そう言うと窓の方に向き直った。

 ボクは教室を出、香に「じゃあ……」そう言い廊下に待機した。

 香はこれから海に告白する。

 一応ボクが居てもいいという条件だけどやはり心中(しんちゅう)は嫌なのでボクは適当に理由を付けて少しばかり席を外す、というものだ。

 そして、ボクが居ない時に告白する。

実際に香は一緒に告白を聞けとは言ってはいない。海はボクと一緒に帰れればいいのだから。

 そしてボクは廊下で暇を潰す。

 本来なら一人で帰れる絶好のチャンスだが今回は場合が場合だ。だから、一応待つ事にする。

(大体予想は付くけど……)

 その時、勢いよく教室のドアが開いて香が飛び出した。

 泣いていた。

 予想が付くけど……。

 ボクは香と入れ替わりに教室に入る。

 海は最初と変わらず平然とした態度で下手くそな鼻唄を歌い指でリズムを取っている。

「ねぇ……」

 ボクは小さくため息をついた。

「ん~、あれ戻ったのぉ?」とまた身体をのけ反りながら呑気にボクに聞いた。

「……」

「さっき香がオレの事好きとか言って告白してきたんだー」

「…………」

「でも、オレは女アレルギーじゃん……。だから、無理って答えたら……」

 予想通りの結果、か。

「何で青春黙ってるの~? もしかして、オレが告白断ってホッとしてる~?」

 海の言葉にボクは、

「何でキミが女子の告白を断って安心しなきゃならないんだ?」と言い更に「第一ボクが黙ってるのは香が気の毒過ぎて何も言えないという状況だからだ」とも言った。

「?」

 海は首を傾げたがそんなことは気にせずボクは下校しやがて、海が告白を断り安心している自分がいる事に家に着いてから気づいた。



「――で、と言うわけなの……」

「……」

 香からの電話にボクは不機嫌だ。

 それもその筈。

 ボクは今晩御飯真っ最中なのだから。

 今から三十分前――……

ボクは晩御飯も準備に取り掛かりようやく味噌汁、漬物、鮭の塩焼きが出来ていざ食べようとした瞬間――

 ~♪

 ボクのスマホが鳴った。

 画面を見ると香と表示されていた。

 電話の内容は大方予想は出来るが一応出ることにした。すると「あ、青ちゃん?」と抑揚の無い声が聞こえ「今時間ある?」と聞いていた。

 こういう時、大抵の人は時間が無いにも関わらず「ある」と答える。そして、話の内容はとてもどうでもいいものだ。

 だからと言って「無い」と断れば「少しだけだから聞いて」という言葉が返ってくる。

要は何が何でも相手に聞かせたいのだ。

 ボクは「解った。聞くよ……」と答えた。


そして、今現在――……

「――でね、海くん私には興味がないし湧きもしないから無理、って……」に至る。

 大方予想通りの失恋話だ。

 なんで女って(ボクも女だが……)自分の失恋話をしたがるんだ? ボクにはそれが解らない。

「私って魅力ないのかなぁ?」

 お世辞ではないが香は結構可愛い方だ。

だから、魅力は十分あると思う。

 ただ、告白した相手が悪いのだ。

 相手は常識とかモラルが全然通用しない海だ。

 そいつに普通に好きだと伝えても結果は……。

「ねぇ、青ちゃん聞いてる?」

 香の問いにボクは曖昧に「え? あぁ、まぁ聞いてる」と答えた。

「ねぇ? 青ちゃんだったら失恋したらどうする?」

 香の問いにボクは「どうするって……?」と聞いた。

 そう答えると香は「解消法」と答えた。

 ボクは恋愛と言うものをしたことないから良く解らない。いや、小学生の頃淡い恋はしたことはあるがそれはあまりに小さかったからカウントされない。取り敢えずボクは間を置き、

「新しい恋を探せば……」とオーソドックスな事を言う。

「新しい恋?」

 香がオウム返しに聞いてきたのでボクは更に「うん。新しい恋」と返した。

「…………」

「…………」

 一瞬の沈黙が流れた後香が「うんっ! 私新しい恋に生きるわっ! で、新しい方法で海くんにアタックするわっ!」と言ってきたのでボクは「は?」と声を漏らした。

「つまり、新しい恋イコール新しい方法っ! これぞ、新しい恋!」

(全然違うよ……)

 ボクはそう思い付き合いきれないと思い電話を切ろうとした。その時「――で、どうやって?」と聞いてきたので「自分で考えろっ!」そう言いボクは強制的に電話を切り食事に手をつけた。

「……冷めてる」

 ボクは一人そう呟き鮭の塩焼きを口に運んだ。



「今日も暑いね~。絶対溶けるよ~」

「これで溶けたらとっくに全人類は絶滅していると思うけど……」

 海の言葉にボクは自然に答える。

 このやり取りももう慣れた。

 海はいつも通り私服で机に突っ伏している。

「ん~、だったらなんでオレの先祖絶滅しなかったんだろ……?」

(それを言うなら家系だ……)

 ボクは心の中で毎度の事ながらツッコミを入れる。

「う~、暑い~。教室にクーラー入れてほしー」

 海のうるさいぼやきにボクは「だったら私立に転校しろ」と言った。

「え~、だってぇ……」

 海が顔を上げた。

 やはり端正な顔をしている。

 だけど、顔がいいからと言って恋愛が出来るわけじゃない。

 そう考えていると香がやって来て、

「暑い暑いって言ってると余計暑さが増すよ」と言った。

 一瞬海が表情を強張らせた。

(あ、コイツ絶対恋愛無理だ……)

 ボクは心の中で断言した。

 海は香が来て表情を強張らせたのは昨日の告白で気まずいからじゃなく単に香が苦手だからだ。

 現に何気に一瞬で少し離れた。

「余計暑苦しくなるから来ないで……」

(コイツ失礼にも程があるだろ……)

 もし、ここで常人だったらもう諦めるだろう。が、

「海くんってマイペースだね」

 香は諦めない。

 しかし、海の方は香の言葉なんか耳に入らずぼやき続ける。

(どちらもマイペースだと思う)

 ボクはそう思うとボクは自分の席に着いた。



 授業終了のチャイムが鳴る。

 ボクが帰る支度をしているといつも通り海が寄って来て「一緒にかーえろっ!」と呑気に言ってきた。

「一人で帰ってくれないか? ボクはこれからタイムセールに行くから……」

 ボクの言葉に海は「じゃあ、プリン買ってぇ~」とか言ってきた。

「なんでボクがキミの好物を買わなきゃならないんだっ⁉」と言えば「そーすれば青春オレの家に来て料理してくるかも~って思ってぇー」と言う始末。

「自分で料理しろ」と、言うボクに対して海は「いいじゃ~ん。オレ、青春の料理恋しー」と言う。

(コイツは……)

 ボクは心の中で肩を落とした。

 こうなった以上海は言うことを聞かない事をボクは知っている。

 下手をすればボクの家にまでついて来る。絶対。

(子供か……⁉)

 とは言え毎度このやり取りをするのもボクは疲れたので、

「解った、じゃあ、条件がある。それは――」


「やー、買った買った」

「一人一点までなんだ。二人いれば二点買えるから」

 そう言いボクはスーパーを出た。

「いやー、青春がこれに付き合えとは珍しい条件だねぇ~」

そうボクが海に提示した条件それは、タイムセールに付き合う事、だ。

「まぁ、いっか。青春の料理も食べれるしプリン買ってもらったしぃー」

 そう言うと海は袋をガサゴソと漁り始めた。

「ねぇ、何してるの?」

 ボクの問いに海は「袋漁ってる」と平然と答え「何で?」とボク。

「早くプリン食べたいから」

「家に帰って食べろ」

「え~」

 海は文句を言いながら渋々了承した。

「あーっ⁉ いたぁーっ!」

 香に会った。

「もー、どこ行ってたのー? すぐ帰っちゃうしー! って、その荷物?」

「見てわからないの? 買い物だよ」

「今日は冷やし中華だよ」

 海はボクの後ろに避難して引きつった笑顔で言った。

「ふ~ん、冷やし中華かぁ。ってか、なんで海くんもいるの?」

 香の問いに海は、

「今日オレンちでご飯だから」と終始引きつった笑顔で言う。

「えぇーっ⁉ じゃあ、お泊りっ⁉ やっぱそういう関係っ⁉」

 香の言葉にボク達は否定した。

「ん~、でも負けないっ! 負けないんだからねっ!」

そう言い香は駆けて行った。

「……何に負けないの?」

「考えろ……」




「やー、昨日は食いっぱぐれないで済んだよー。ありがと」

「どういたしまして」

 ボクは本に視線を落としながら言った。

 結局ボクはあの後海の家に泊まらずに帰った。(これ以上変な噂立てられるのは嫌だから……)

「しかし青春って本当料理出来るよねー」

「茹でたり切ったりしただけだけど……」

「そーいうのオレ出来無いもん。それに、刃物見ると、ねっ!」

海は笑顔で言った。

(……何かもうこういうのにも慣れてきた)

 ボクは再び本に集中しようとした時、

「ちょっとぉー」と言われ本を取り上げられた。

 顔を上げると三人クラスメイトの女子が立っていた。

「……何?」

「話あるんですけどぉー」


「瀬戸内から手ぇ引いてくんなーい」

 ボクは校舎裏に連れて来られた。

「って、いうかさぁマジ学校来ないでくれるー。社会のゴミなんだからさぁ」

 一人がボクを突き飛ばしながら言う。

「……学校に来る来ないはボクの自由だ。それに海から手を引くも何もボク達は付き合っていない」

 ボクが反論すると三人目の女子が怒り、

「何反論してんだよっ⁉」

 そう言うとボクに腹パンした。

「……ッ」

 ボクが痛さで蹲(うずくま)っていると「何してるのっ⁉」と、同時に香は駆けよって来た。

「青春、大丈夫っ? ひどいよっ! こんなのっ!」

 香はそう言い三人組の方を見た。

「――ッ。で、でも私達は香の為を思って……。だって、コイツ、香が瀬戸内の事好きなの知ってるのにっ……」

「そんななこと頼んでないよっ! ね、お願いだからこういうのやめてっ!」

「……ん、ごめん」

 女子はそう言うとこの場を後にした。

「青ちゃん、ごめん」

「なんで香が謝るの?」

「だって私が海くんの事好きって言っちゃたから……」

「別に香のせいじゃない。第一暴力には慣れているから……」

 本当に慣れている。

 何時も何かしら理由をつけて嫌がらせをする。

 今回のも香が海のことが好きと言う事にかこつけた嫌がらせだ。

「本当にごめんっ!」

 香は申し訳なさそうに謝った。

 教室に入るともう授業が始まっていたのでボク達はおとなしく席に着いた。


「今回は珍しいね」とボク。

「何が?」と海。

「今朝。明らかにキミの好きな場面の画(え)が撮れる場面だったよ……」

「女子の醜悪な場面?」

 海がそう言うとボクはペッボトルの紅茶を飲みながら「そ」と短く言うと、

「別にオレはそれが好きってワケじゃ無いんだけどなぁ~」と言い「オレが画像を撮る時は出くわした時……。だから、意図的には行かないんだぁ~。まっ、教頭の時は別だったけど。アイツ嫌いだし」と言い紙パックのお茶の中身を一気に飲み干した。

「今日は香来ないねえー」

「気になるの?」

「まさかぁ……」

 そう。今日は今ここに香はいない。

 朝の事が遭った気にして暫く教室で食べる、との事。

「って、言うか香はオレのどこがいいのかなぁー? さっぱり解んないね……」

 海の言葉に(百パー、顔だよ……)とボクは言いたいが面倒臭いので「知らない」と答えた。


 六限目が終わりボクは帰ろうと下駄箱にある靴を取ろうとしたら固まった。

 海が「どうしたの~?」と聞いたので「靴がない」と答えた。

 大体大方の予想はつくが一応周りの生徒に聞いてみるがやはりシカト(これも予想済み)

 ボクは面倒臭いながらも女子トイレに向かった。


「どう? あったぁ?」

 海の言葉にボクはびしょ濡れになった靴を無言でつまみ出した。

「見事にびしょびしょだねぇ……。どうすんの?」

 海の言葉にボクは「洗う」と答えた。


「でもさぁ、よく解ったよねぇ~。どうして、トイレに靴があるって解ったの?」

 今、僕は上履きで帰っている。

「この手の嫌がらせはトイレか焼却炉の二択に決まっている……っていうかこの手の嫌がらせ昔あったし……」

 そう答え小学生の頃を思い出し苦い物が込み上げてくる。

「ふ~ん。でも、誰がやったのかなぁ?」

「さぁ? 興味無いけど大方この手の嫌がらせは女子だと思うよ。女のいじめは陰湿だし……」

「あぁ、たしかに。女ってジメジメしてるもんねぇ」

(この言葉は全世界の女子を敵に回す発言だな……)

 ボクはそう思い、

「まぁ、一昔前じゃこれぐらいが限度だったらしいけど今はラインとかあるから要注意しとくよ……」

 そう言いボクは上履きのまま外に出た。

「4 崩壊」


翌日。

「……」

 ボクの下駄箱はゴミだらけだ。

 数名の生徒が笑っている。

「きったなーい」

「アイツ、アレ履くの~?」

「ゴミがゴミ履くのかよ?」

(…………生ゴミじゃないだけまだマシか)

 そう言いボクは黙ってそれを履いた。

 周りがどよめいた。

「やっぱりゴミだぜー」

「ゴミにはゴミがお似合いよねー」

「しー、聞こえちゃ可哀想よー」

 ホント毎度聞こえるように言うんだったら面と向かって言えと思う。

 その時香が登校して来て、

「やっほー、青ちゃん! おはよー……ってどうしたの⁉ その上履き?」と言いボクの上履きを指さした。

「見ればわかるだろ。この有様だ……」

 ボクは教室へと向かう。

「ねぇ、今回の騒動の原因ある意味海くんなんじゃない? この間の事もあるし……。海くんと少し距離置いたら?」

 香の言葉に、

(出来るならとっくにしている)と思い教室のドアを開けた。

 すると、

「よっしゃー水掛聖子―!」

「誰だよー? 水掛聖子―ってー!」

バケツに入った水を被せられた。

「ち、ちよっとあなた達っ⁉」

「あっ由比ヶ浜さんっ! ごめんっ! 由比ヶ浜さん水かかんなかった?」

 態度をコロッと変える男子。

「あ、うん……ってそうじゃなくてっ! なにしてんの?」

 香は顔を真っ赤にさせて怒った。

「何って言われても……」

「なぁ……」

 男子は横目で互いに目配せをしている。

 つまり、罪の擦り付けだ。

 ボクは、ジャージを持ってきていないからびしょ濡れのままの制服で席に着いた。

 ボクがびしょ濡れでも担任は素知らぬ顔で出席を取る。

 ボク等いてもいなくて変わらない。

 そう思い俯いた。

 そして、元からあったいじめは過熱し更にひどくなった。

 だが、ある日――……



(弱った……)

 ボクはズタボロにされた布雑巾同様になった制服を持ち歩き悩んでいる。

 恐らく体育の授業中にやられたのだ。

 おかげでボクは体操着のままだ。

 しかし、困っているのはそのことでは無く、

制服。新しいの買ってもらおうにも叔母にまた嫌な顔されるのか……だ。

(ジャージにでも着替えるか……)

 そう思いボクが教室へ入ると騒めいてた教室が一瞬で静まり、ひそひそ話を始めた。

(毎度飽きないな……)

 ボクが席に着き次の授業の準備のため教科書を出す。

(早くジャージに着替えよう)

 そしてボクは教室の後ろにあるロッカーに向かうが……

(……)

ジャージは無くなっていた。

 ボクが無言のまま立ち尽くしていると、

「ねー、なにこれー⁉」

 と、ゴミ箱の方で一人の女子が笑いながら声を上げた。

「ほんとー! きったなーい!」

 もう一人の女子が意地の悪い笑みを浮かべボクの方を見ながら言った。

 手には、

「これ返したげるー。私達って親切―!」

 そう言い持っていたジャージをボクに投げた。

 投げられたジャージはボクのだった。

「……」

 ボクはジャージをはたくと着替え席へ向かい教科書を広げた。すると――、

『淫乱』やら『売女』やらとご丁寧に油性で書かれていた。

(教科書も、か……)

 ボクはため息をつき(何のことだ?)と思った。

 すると女子がやって来て、

「あっれー? 着替えちゃったんだー?」

「折角男受けするようにしてあげたのにー」

「そーよ、この男たらし」

 と口々に言ってきた。

「はぁ?」

 いつ、ボクが男をたらしこんだ?

 言い掛かりもいいとこだ。

 取り敢えず「なんのこと?」と聞いてみた。すると、相手の女子は――

「うっそー、そこでしらばっくれるぅー!」

「信じらんない」

「コイツ、サイッテー」

 とさらに言ってきたので、

「根拠がないことを言われてもボクにはさっぱりだ……」

 ボクがこう答えると女子が怒りだし自分のスマホを取り出しラインを見せた。

 そこにはボクが海の家に寝泊まりしていることが書かれていた。

「高校生が男の家に泊まるなんてねー」

「まぁ、おかしくはないけど、海(アイツ)両親いないしねー!」

 そう言い親指で海を指さした。

 海は今さっき学校に来たばかりで机に突っ伏して寝てる。

「まぁ、親がいない同士だしねー」

 ボクは携帯を注意深く見た。

発信されたのはつい最近三日前だ。

そこには、ボクが海の家にほぼ毎日泊まっているようなことが書かれていた。

確かに泊まったことはあるがあれ一回きりで後は泊まっていない。

でたらめだ。

 だけど、こいつらは否定したところで認めない。

なら、否定しても無駄だ。

「だったら何? 別に何もしてないんだから問題ないと思うけど……」

 ボクを見下ろしていた女子は意地の悪い笑顔で、

「何~? 認めちゃうの~?」と精一杯の抵抗をした。

「認めようが認めまいがアンタ達はボクの言葉を信じない。なら、水掛け論。時間の無駄だ」

「ぐっ……!」

 ボクの言葉に返す言葉がないのかそいつは黙り自分の席へ戻ってしまった。

 その時、クラスメイトが見せたラインについて考え犯人はアイツしかいないとボクは思った。

(こんなこと知ってるのはアイツしかいない……でも、なんでだ?)



「――でね、私言ったんだー。友達だから仲違いもするって……」

――屋上。

 昼休み香は一人でペラペラ喋っている。

 ボクは聞きながら紙パックのお茶を飲んでいる。

「海くん、呼び出しって何だろうね? 早く来ないかなぁ……」

 いま、海は教師に呼び出されていない。

 呼び出された理由は解らないが大方普段の授業態度が問題過ぎだからだろうとボクはぼんやり思った。

「ねぇ、聞いてる? 青ちゃん?」

香が膨れっ面してボクの顔を覗き込んで聞いてきた。

「ん? まぁ一応」

 ボクは態度を崩さず答えた。

「それにしても、青ちゃんいじめひどいよねー? でも、私は何があっても青ちゃんの味方だからねっ!」

 香はウインクしながら答えた。

「香……そのことなんだけど……」

 ボクは開口した。

「ラインを流した人はなんでボクが海の家に泊まったこと知ってるのかな?」

「え? なんでって……」

「おかしいよね、そんなこと知ってるの?」

 ボクはお茶を飲みながら言った。

 香は少し考え込んでいる。

「もしかして、青ちゃんにストーカーがいるんじゃ……。青ちゃんここ最近付き纏われてる感覚ある?」

「付き纏われてはいる。海に……」

「じゃあ、海くんが犯人ねっ! ひっどーいっ! ねぇ、青ちゃんやっぱり海くんと距離を置いた方が……」

「それ……無いよ」

「えっ⁉」

 ボクの言葉に香は間抜けな声を出した。

「こういうのもなんだけど海は女アレルギーで女嫌いなんだ。だから、こんなこと流したら自分にとって百害あって一利なし。自分が女平気だって思われて迷惑じゃないかな……」

「……」

「第一海は、自分にとって興味のあることしかし無い。つまり、全部海にとってはデメリットにしかならない」

 ボクの言葉に香は考え込みじゃあ「誰が?」と言った。

そしてボクは「香……キミだよ」そう言い香を見た。

「えっ⁉」

「香しかいないんだ」

「ひ、ひっどいなー、青ちゃん。私を犯人扱いするなんてっ! 笑えないジョークだよ!」

「ボク、あんまりジョーク言わないけど……」

 この言葉に香はムキになり「じゃあ、私っていう証拠は?」と聞いてきたのでボクは「香しかいないんだ……ボクが海の家に泊まったこと知ってるの……」と言い更に「話したの、香だけだよ」とも言った。

「……」

 香は俯きやがて「ばれちゃったかぁ」と呟いた。

「香?」

 すると「気安く呼ばないでよっ!」と顔を上げて言った。

「なんで、こんなことしたの?」

 ボクの言葉に香は「全部アンタのせいよっ!」と叫んだ。

「ボクのせい……?」

「そうよっ! 全部っ!」

「ボク、香に対して何もやって――」

「アンタには無くても私にはあるのっ!」

 香はボクの言葉を遮りボクを指さした。

「昔からいつもなのよ。アンタは私よりいつも上で私が好きになる男は皆アンタのことが好きで私には目も暮れない。ずっと。今回の海くんに至ってだって青春のことが好きだった!」

「ちょっと待って、香。ボク達は別に……」

「付き合ってないって言いたいんでしょっ! 馬鹿じゃないっ! 好きでもない相手と一緒にいられる? 本当に昔から鈍感ねっ!」

「香……」

「今だから言うけど、昔アンタがいじめられる原因を作ったのは私。理由は例によって私の好きな男の子がアンタの事が好きだから髪飾り渡しといてって頼んだからよ。だから、アンタがそれ捨ててその子の悪口言いふらしてるって周りに広めたのよ。その子結構リーダーシップの所があるからアンタを孤立させるには十分だったわっ! だから今回もアンタの評判更に下げるよう色々画策したのよっ!」

 あぁ、成程。あの時あの子が言った人の心を踏みにじっといてはこういう意味だったんだ。

 ボクは妙に冷静に納得した。

「だから、全部アンタのせいなのよっ! アンタさえいなければ――」と香が言いかけてるとパチパチと言う拍手音が入り口がし、

「やー、やっぱ女のヒステリーって怖いねぇ」と声がした。

 見ると海がいた。

「かっ、海くんっ!」

「キミ話は?」

 海はボクの方に来て、

「あ~、面倒臭い話なら終わらせたよ~」

(海から一方的に終わらせたのか……)

 ボクはそう思い担任が気の毒だった。

「それよりさ~、今の話はオレでもちょっと良くないなぁ。自分の好きになる男が皆青春が好きってさー、単にそれは由比ヶ浜に興味も魅力も無かったからだったんじゃないかなー。ってか、オレだったら引くわ」

「お前っ!」

「そんなっ!」

「人に好かれたいんだったらその人のせいにする性格直した方がオレはいいと思うけどなー」

「ッ……!」

「それよりさ~、なんでオレの事そんなに好きなわけ~? オレ由比ヶ浜とそんな接点無いよー。だからそんな一方的に好きって言われてもハッキリ言って迷惑だし重い」

「…………」

 海の言葉に香は黙ってしまった。

 まぁ確かに好きな相手にそこまで言われたらショックを受ける。

「じゃ、オレの話おーしまーい。あっ! それと、さっき青春と言い合いしてるとこ撮ってアップしちやったから」

 海はそう言いスマホをちらつかせた。

「なっ……⁉」

「ハイ、身の破滅決定。ご苦労ーさん!」

「……」

 遂に香は泣き出し「青春(アンタ)のせいよっ!」と言い屋上を飛び出して行った。

 ボクは海に駆け寄り携帯を取り上げ「お前っ! なにして……ってコレ」

 ボクは携帯を見て、

「アップも何もしてないじゃん」

 そう言うと海は、

「だってまともな人を好きになって言い合いになる場面は楽しいけどオレの事を好きになって言い合いになってる場面は全然面白くもなんともないからねー」

(コイツは自分がまともじゃないと言う事は自覚しているのか……。だったら、まだ安心だ……)

ボクはそう思った。


 結局香はこの後の午後の授業に出ず無断早退した。

 ボクは帰りに香の今住んでいる家の前を通ったが会わない方がいいと思いそのまま素通りした。

 空は今にも雨が降りそうな空だった。


「いっただきまーっす!」

 海が何故かボクの家で晩御飯を食べている。

「なんで、キミがボクの家でご飯を食べるんだ?」

 ボクが呆れ顔で聞くと海は、

「だって、また噂になるの嫌じゃん?」と言った。

(これだけでも十分噂の種だ・・・・・・)

「はぁ、いい加減自分で料理したらどうだ? ボクがいつも作ってくれると決まってるわけじゃないんだし……」

「青春いつも作ってくれるじゃん……」

「……」

 なんで、ボクはこいつに料理を振舞わなければいけないんだ。

 今更ながら考えたくなる。

「はぁ」とため息を吐きボクは自分で作った料理の卵焼きに手を付けようとした時――、

 ~♪

 ボクのスマホが鳴った。

(あっ、既視感(デジャブ)。前にもあったなこんな事・・・・・・)

ボクはスマホに出ると電話の向こうからヒステリーな女の声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。それは――、

「ちょっと、赤井さんっ! 私(わたくし)由比ヶ浜香の母ですけど青春さん出してくれないっ?」だった。

「ボクが青春ですけど……」

「えっ⁉ 貴方青春さんっ⁉ まぁ、それよりも、香ちゃん知りません? まだ、帰って来てないのよ」

「はぁ……」

「はぁって、それだけっ? 探すとか言えないのっ?」

 なんでボクが探さなきゃいけないのか解らない……。

帰って来ない香が悪いのに。

ボクがそう思案していると香の母は失礼なことを言い出した。

「貴方、もしかして香ちゃんを殺して無いわよねぇ? ご両親みたいに・・・・・・」

 言い掛かりだ。

 正直怒りたくなる。

「取り敢えず香ちゃんになにか会ったら許しませんからねっ!」

 そう言うと香の母は一方的に電話を切った。

 モンスターペアレント。

 その一言に尽きる。

「誰からー?」

「モンスターペアレ……香の母親からだ」

「ふ~ん」

 海は興味無さそうに(恐らく絶対興味が無いのだろう)答えた。

「取り敢えず早くご飯食べてくれないか。ボクはこれから、出かけなきゃならないから・・・・・・」

 そう言うと海は不満そうに、

「えー、なんでぇ? オレは青春の料理味わって食べたいよー」そう言った。

「香が帰っていないんだ」

 ボクの言葉に海は、

「ほっとけばいいじゃん。青春が探さなきゃいけないわけじゃないんだしー」

 海の言葉にボクは「必然的にそうなった」と答えた。



「いた?」

「こっちにはいないよ」

「そっか……」

 ボクと海は町中をくまなく探している。

 結局海も手伝うことになった。

 夕方から天気が悪かったけど今は雨が降りほぼどしゃ降りだ。

「町じゃないんじゃない?」

「しかし、だとしたらどこに……?」

 ボクと(一応)海は考えたが、

「やっぱ、解んないやー。オレ、由比ヶ浜に対して興味ないし……っか、もう帰ろー、天気悪いし」

 わずか一分で考えるのを海は止めた。

 ボクは悟った。

 海(コイツ)を当てにするのは止めよう。

(しかし、何処に行ったんだ?)

 喫茶店も探したしネットカフェも探した。公共施設はいつまでもやってるわけじゃないし……。

 ボクは途方に暮れた。

「あっ⁉ そーいえば青春。外出たついでに学校について来て・・・・・・。オレ、明日提出のプリント机の中に置いて来ちゃって……」

(コイツは……んっ⁉)

その時ボクは思いついた。

「学校に行こうっ!」

「えっ⁉ 本当やったぁー!」

「勘違いするな。学校に行くのは香を探す為だ」

「え? なんで学校?」

 海の質問に、

「探して無い場所がもう一つだけあった。学校だ。もうそこしか無いっ!」

 ボクはこう答え、学校に向かって走った。



「ったく、不用心な学校だな」

「確かに」

 学校の門は空いており扉にも鍵が掛かっていない。

 セキュリティシステムに問題があり過ぎだ。

「取り敢えず教室に行こう」

 その時、ボクのスマホが鳴った。見ると、

『助けて』という文面と画像が送られてきた。

 画像は暗いが見覚えがある。

(いつもの屋上だっ!)

 ボクは確信し海を置いて屋上へ向かって走り出した。


「香っ!」

「あ、青春」

 屋上にはやはり香がいた。

「香、こんなところで何やって?」

 ボクが香に近づこうとすると、

「来ないでっ!」

 そう言った。

「来たらここから飛び降りえやるんだから……」

そう言い香は手すりに手を掛けた。

「香っ! 止めろっ!」

 ボクには香の心理が解らない。

 どうしたいのか。

 ボクが困惑してると後ろから「じゃあ、飛び降りちゃえば……」と言う声がした。

 ボクは後ろを振り返ると、

「……ッ⁉」

「海くん」

 がいた。

「お前っ! こんな時に何言って……」

 すると、海が急にボクの腕を掴んで後ろに回しガッチリボクを拘束した。

「なっ⁉」

「これで、青春は動けない。飛び降りるなら今だよ」

「おいっ! 今はふざけてる場合じゃ……」

「ふざけてないよ。オレは本気で言ってるよ」と普段の軽薄さは無く驚くほど冷静に言った。そして「由比ヶ浜はオレが好きなんじゃなくて単に青葉からオレを取り上げたいだけだよ」と言い真剣な目をして言った。

「……」

「飛び降りないの?」

 香は手すりに力を込めて握りやがて「出来ない」と言い項垂れその場に崩れ落ちた。それと同時に海もボクの腕を掴んでいた手を離した。

 ボクは香に駆け寄った。

「……香」

「出来ない。死ぬなんて……。やっぱり、怖いよ」

 そして、香は泣き始め涙を流した。

 だけど、雨のせいで涙は雨と一体化してしまった。

「……」

「死のうって思ったけど出来なかった。だから、助けてほしかった……」

「言っておくけどあの時の画像はアップしていない」

 ボクの言葉に香は「違うのっ!」と言った。

「自分でも嫌な感情がまだあった。あの時青春を裏切って、間違った事して今度会ったら青春に謝ってホントの友達になろうって思ってた。なのに……」

「……ボクは友達と言うのが苦手だ。あの時から、だけど――」

「友達だから仲違いもする。そうじゃないか……」

「…………」

「ボクはそう思うよ。少なくとも今は……」

「……プッ、なによ。それ。それ、私が言った綺麗事だよ!」

「あぁ、そうだね」

「私・・・・・・帰るね。迷惑、かけたことは謝る。ごめん……」

 香が帰った後、海が、

「やー、感動感動。青春っていいこと言うねー!」と能天気な声で言い拍手しながら近づいて来た。

 ボクは近づいてきた海の頬を平手打ちし睨みつけた。

「? ……どうしたの?」

「……お前、あの時本当に香が飛び降りたらどうするつもりだったんだっ!」

「ないね。それは」

 ボクの言葉に海は即答した。

 そして続ける。

「由比ヶ浜の様なタイプは先ず九十九パー飛び降りない」

「じゃあ、その一パーセントだったらどうするんだ?」

「そん時はそん時!」と海はあっけらかんと笑顔で言った。

「…………」

 ボクは黙った。

 何に黙ったか。

 それは、海の考え方についてだ。

 確かに海は常人と違う感覚がある。

 だからと言ってあの状況でああいうこと言えるのは一歩間違えば殺人幇助罪だ。

 ボクはキレてしまい、

「もう本当にボクに関わるな……」そう言い続ける。

「元々ボクはキミと一緒にいたんじゃなくてキミが一方的気に付き纏ってただけだ! 第一ハッキリ言ってウザい! だから、キミとは一緒にいたくない! 頭が痛くなる!」

 ボクはボクらしくなく矢継ぎ早のように怒鳴って言った。

「……そうなの?」

「そうだ」

 言ってからボクは後悔した。

 海は……。

コイツは人を困らすのが好きな奴だ。

 つまり、ボクがコイツのせいで困っているとコイツは益々ボクを困らせる。

(失言した……)

 しかし、海は、

「解った。いーよ」とあっさりと言った。

「でも、残念だなぁ。オレは友達になりたかったのに……。まぁ、でもこんなに嫌われてちゃあ無理か」

 海はヘラヘラした顔で言い、

「じゃあ、明日っから赤の他人だね。もう付き纏わないよ」

 そう言い海は少し寂しそうな笑顔をし屋上を出て行った。

 雨はまだ降り続いていた。

「5 過去の鎖」


 あの日の翌日香は黙って別の学校に転校した。

 最初は突然の別れに泣いた生徒も今ではおらず、まるで最初からいなかったように話題にもなりはしない。

 それと同時にボクへの嫌がらせもぱったり止んだ。

変わったのはボクと海が疎遠になったことだけ。

 最初は驚いていた生徒もいたがこちらもすぐに話題にならなくなった。


 ボクは屋上で一人購買で買ったお昼ご飯のパンを齧る。

 ちょっと前まで海がいた為少しは賑やかだったが今は一人。

(これが正常だ……)

 ボクはそう思いお茶を取り出すために袋を漁った。すると――、

「またか……」

 購買でまた間違って買ったプリンを取り出してしまった。

 つい、いつものノリで買ってしまう。

 海はあの日以来よく五限目に来る。 

 確かに前から五限目に来る事はあったがボクに付き纏うようになってからは遅くとも四限目にやって来る事が多かった。が、ここ最近は、ずっと、五限目だ。

 しかも、五日前から海は学校を無断欠勤している。

「馬鹿か……」

 ボクは自分に対して言った。

 なんで、ボクが海のことをこんなに考えなきゃならないんだ。

第一ボクは一人が好きだし一人がいい。

だから海が付き纏わなくなって良かった。

前から思ってた。

海に付き纏われてウザいと。

だからこれでいい。

いい筈なのに……。

「…………」

 胸がムカムカする。

 そして「不快だ」と呟いた。



「なんでこうなる?」

 ボクは今カンカンと日が照っている真っ昼間の中海の家に向かっている。

 今日は終業式で授業は半日だけだった。

 本来ならボクも多くの生徒と同様家に帰るが担任に三者面談のプリントを渡すよう頼まれたからだ。

この間教師に呼び出しを喰らったのはこの三者面談についてだ。

 一応担任も海の家庭環境を知っているがそれでも面談はやらなきゃならないらしい。

(嫌がらせ以外何物でもない)

 ボクはそう思いながら海の家へと向かった。

 暑い。

 喉が渇く。

 学校から海の家までは結構な距離がある、

 それなのに、何故こんな日差しが照り付ける真っ昼間の中を歩かなければならない。

 これもある意味嫌がらせだ。(最も担任にはその意図はないと思うけど……)

「暑い。そうだ、近くに喫茶店があったっけそこで涼もう……」

 そう思いボクは寄り道することにした。


「いらっしゃいませー!」

 店員が愛想笑いで店内に出迎えた。

 ボクは無視し座る席を決める為店内を見渡していると……。

(んっ⁉ 海?)

 海が窓際の席で色白のきれいな女性と話している姿が目に入った。

(ったく、あの馬鹿。学校休んで何やってるんだ……)

 そう思いながらボクは海の後ろの席に座った。

背中合わせの格好だ。

ボクはアイスティーを頼み話が終わったらプリント渡して早く帰ろうと思い海が話を追えるのを待った。

 すると、

「どうして解ってくれないのっ!」と海の相席の女性が金切り声を上げた。

 更に、

「誰がおかげだと思っているのっ⁉」とも聞こえた。

 海は黙っておりやがて、

「アンタに世話になった覚えは無い」

「なっ!」

「話それだけ? だったら、早く消えて。目障りだから」

「……解ったわ。今日のところはこれで帰るわ。でも、話は考えておきなさいよっ!」

 そう言い女性は席を立ち店内を後にした。それと、同時にボクの席に頼んだアイスティーが来た。

 ボクは来たアイスティーを持って後ろの席へ回り「相席いい?」と聞いた。

 海は驚いた様子で顔を上げた。

「鳥肌立ってるよ」


 海曰く先程の女性は海の生みの母親らしい。

 話を聞く限りあのイかれた。

 話の内容は海を引き取りたいというものだった。

 今の自分達には子供がいない。

 自分の思い描く幸せには子供が必要らしい。

 しかもどこで知ったか海が心臓移植して元気になり挙句の果てには父親が巨額の保険金を残していることを知り引き取りたいと海に言ってきたのだ。とことんイかれている。

 ボクは心が騒めいた。

「オレはどうしたらいいだろうねぇ?」

 海はいつもの口調に戻り頬杖をつきながら言った。

 ボクは平静を装う。

「オレは行きたくないんだー。そーすると、この町から離れ転校することになっちゃうしー。第一オレにも拒否権あるし……」

 実際にそうだ。

 子供が未成年とは言え大人なら拒否権はあるし、生活出来るなら付いて行く必要はない。

 だが――。

「キミはどこかで母親に期待してるんじゃないのか?」

 ボクの言葉に海は「あっ、解った?」と言った。

「……親に期待しない子供はいない。ボクもそうだった」

「なんでオレ期待してんだろうな。アイツに。アイツは失敗作のオレなんか絶対愛してくれないのに……」

「実の親だからと言って子供を無条件で愛してくれるとは限らない。ボクは……そう思うよ」

「そーだねぇ。確かに。オレが失敗作じゃなかったらアイツはオレを愛してくれたのかな?」

 海は肩をすくめてお手上げのポーズをした。

 ボクは親なんかいない方がいいと思う。

 だが、親がいなければ自分は生まれていない。

 親は子供が生まれる前から期待する。

 健康な子であってほしいとか、親の言う事をよく聞いてくれるいい子とか。

 そして、生まれれば更に期待する。

 そして、その期待に応えなければ親は理不尽に怒りだす。

 ボクはふと自分の。あの親の事を思い出した。

 ロクな言葉を言われなかった。

 テストの点数が悪ければあんたみたいな出来損ない産むんじゃなかったこんなんじゃ将来落ちこぼれるわよ。産んでやったんだから感謝して将来に向かって頑張れ。

子供は親の言うことを聞いていればいいそれが絶対だ。親の言うことを聞かなければ絶対落ちこぼれるぞ等。

 それしか思い出が無い。

 しかし、そんなに将来を考えるのは重要なことだろうか?

 よく人は大切なのは過去よりも今。

今よりも未来。

 そんな事を言うがそれは違うと思う。

 確かに過去の事を思い出し未来を考えるのも重要かもしれない。だけど、考えて想像してた未来なんていとも簡単に崩れる。

 また過去のことは考えなくていいと思うけどそれも違う気がする。

 大切なのは過去でも未来でもなくて現在(今)。

 ボクはそう思う。

「青春。あーおば?」

「ん? あぁ」

 海の呼び掛けにボクは現実に引き戻された。

「――で、どうするの? 返事」

「なるべく早くしろって……。一週間後の八月までに……。ホント急だよなぁ」

 海は顎を手に乗せため息交じりに言い「まぁ、少し考えてみる」

 海はそう言い、

「そう言えばなんで青春こっち来たの? ウチと反対方向じゃん」

(忘れてた……) 

ボクはこっちに来た用件を思い出し、

「これを渡しに来た。不幸の手紙(三者面談のお知らせ)」

 そう言いイライラしながら、プリントを渡した。




 ボクは家に帰り海の事を考えた。

 あの時。

 海の前では平静を装っていたが実際はかなり動揺していた。

 海がもしかしたらいなくなる。

 いくら、海が母親の事を嫌いでも子供は母親の温もりを求める。

 ボクはため息をついた。

 と、言うが海がどこに行こうとそもそもボクには関係ない。

 なんで、ボクが海の事をこんなに考え挙句イライラしなきゃならないんだ。

「ハァ」

 ボクはため息を吐き、

「ボクは海に居て欲しいのか居て欲しく無いのかどっちなんだ……?」

 ボクは一晩中自分自身に問いかけた。




「青春。ちょっとあーおーばっ!」

 やかましい耳障りの声でボクは目を覚ます。

 見ると叔母が仁王立ちして立っており、

「いつまで寝てるんだいっ⁉ 夏休みったって家には夏休みなんてものは無いんだよっ! 早く家の掃除してくんない。居候なんだからそれ位はしてもバチは当たらないんじゃないかいっ⁉」

 叔母の言葉にボクは(また勝手に……)と思った。

「じゃ、私は友達と出かけてくるから家の事たのんだよ。サボったら追い出すからね」

 そう言い、家のことを全部ボクに押し付けて伯母は出かけた。

(そんなに嫌味ったらしく言わなくても起きたらやるよ……)

 ボクは心の中で少し悪態付きながらも家の中の事を全部した。

 家事は慣れてるのでそんなに大幅に時間はかからなかった。

 家事をし終えたボクは台所のテーブルに着き頬杖をついた。

 まるで、誰かさんみたいだ。

 あれから六日経つ。

 海はもう返事はしたんだろうか?

 だとしたら、返事は?

 電話は当然来ない。

 当たり前だ。

ボクから関わりを絶ったのだから。

「……不快だ……」

 ボクはそう言い机にうつ伏せになった。



 ボクは海と話す。

 いつも通り屋上でボクは仏頂面で海はヘラヘラした顔で話す。

 話す内容はいつも決まってどうでもいい事。

 そのどうでもいい事は話している時には気付かないが話し終えると少しばかり気持ちがいい。

 ふと、海が屋上から出て行きボクは黙ってその背中を送る。

 そして、少ししてボクも席を立ち教室に向かう。

 いない。

 海がいない。

 教室にいない。

教室は愚か学校中どこを探してもいない。

海のマンションにボクは向かう。

 ドアを叩く。

返事はない。

ドアノブを震える手でゆっくり回す。

開いた。

ボクはゆっくり部屋に入る。

誰もいない。

何も無い。

只の無人の部屋。

最初から誰もいない。

そんな感じだった。

 ボクはスマホで海に電話を掛ける。すると海が出てやがて「間に合わなかったね……」と言い電話は切れた。

 ボクはがっくり膝をつく。

 無人の真っ暗な部屋で。

 一切の音もなく。

 唯ゆっくり時間は過ぎていく。

 その時――、

「何時(いつ)まで寝てるんだいっ!」

 いつもの耳障りの声で起きた。

 顔を上げると叔母が仁王立ちし物凄い形相でボクを上から睨みつけていた。

「寝るんだったら自分の部屋で寝な。目障りだから……」

 そう言い叔母は店へ行く準備を始めた。

 時計を見ると時刻は午後七時。

 外は暗い。

 頬が濡れている。

 また泣いていたらしい。

ボクは無言で考えた。

 気付くとここ最近ずっと海といた。

 何をするにも一緒だった。

 ずっと。

 ボクは考えて無言で走り出した。

 海の所へ。



「海っ⁉ 海っ⁉ 居るかっ⁉」

 ボクは先程から海の部屋のドアをドンドンと叩いている。

 これだけ叩けばさすがの海もうるさいと言い怒りだして出てくる。

 しかし、中から反応はない。

 ドアノブを回すが鍵は掛かっており開かない。

(間に合わなかった、のか?……)

 ボクは項垂れ床に膝をついた。やかて、涙を流した。

 帰ろうと思いその場を離れようとしたら、

「どーしたの?」と聞き覚えのある声がした。

 顔を上げると、

「やっ!」

 コンビニ袋を手に下げた海がいた。



「ホントどーしたの? オレのウチの前で……」

 ボクは海に招待されて部屋に入った。

部屋は相変わらず散らかっており、足の踏み場がない。

「相変わらずだね。少し片付けたら……」

「小言言いに来たの?」

「違うよ。クセ……」

「あ、そう」

 少し経つとボクは平静を取り戻したやがて、

「あのさ、海」と呼びかけた。

 ボクの言葉に海は珍しく驚いた顔をした。

「どうして驚くの?」

 ボクの言葉に海は、

「いや、驚くよ。だって、普段青春オレの事名前で呼ばないから……」

 そう言い海は驚いた顔を崩さず言った。

 ボクはくすっと笑い「そうだね」と言い思い返した。

 確かにボクは今迄海のことを面と向かって名前で呼ばなかった気がする。いつも、お前とかキミと呼んでいた。

「――で、何?」

 海の言葉にボクは「行くの?」と聞いた。

「?」

 海は疑問視を浮かべて「どこに?」と聞いた。

「母親のところに……」

 ボクの言葉に海は半分困った様子で「どうしようか迷っている」と言った。

「……行かないで、くれないか」

「えっ?」

 ボクの言葉に海は驚き、ボクは更にもう一度「行かないでくれないかっ!」と大声で言った。

「えっ⁉ でも、青春オレの事嫌いなんじゃ……。だったら――」

「確かにボクはキミの事ウザいとは言ったけど嫌いとは言ってないっ!」

 屁理屈だ。

「それに、過去も大切だし未来も大切だと思う。でも、一番大切なのは現在(いま)。海は今どうしたいんだっ⁉」

 自分でも何を言ってるのか良く解る。

 ボクが海のことを決める権限はない。それでも――。

「言いたい事それだけ?」

 海の言葉にボクは無言で頷きやがてボクは「――っ、帰るねっ!」と言い海の部屋を出た。



 ――翌日。

 ボクは眠れなかった。

 当たり前だ。

(昨日のボク。凄い自分勝手なこと言ったと思う……。けど――)

 ボクは寝返りを打ち暫く天井を見ていた。

 やがて、

「水、飲も……」

 そう言い布団から起き上がった。その時ボクのスマホのラインにメールが入った。内容は『今日十時にあの喫茶店に来て』だった。

 ボクは『解った』と返信し一階に行き水を飲んだ。



 ボクは喫茶店で紅茶を飲みながら海を待っているが、

(……遅い)

 指定された時間をもう三十分以上過ぎている。

 やがて、指定された時間を一時間過ぎようとしていたので海の家に行こうとしたら、カランと喫茶店のドアを開く音がした。

 横目で見ると、海と海の母親だった。

 二人は無言で席に着き海はボクと背中合わせの状態で座ることになった。

「…………」

「…………」

 二人共無言だ。

 海の母親が海に何か頼んでいいわよと言い海は熱いホットコーヒを頼み母親はアイスティーを頼んだ。

「――で、考えてくれた? 私達のところに来るって話」

 ボクからは海の母親の顔は見えないが多分ボクと海からしたら嫌な顔をしているのだろう。

「…………」

 海は黙ったままだ。

「あの時のことは悪かったと思ってるわ。でも、あのままじゃ、私の人生が台無しになるの。そう思ったから。私にも私の人生があるの。解るでしょ? ね?」

 確かにご最もだ。

 親が子供のために自分の人生を犠牲にするなんて誰も決めていない。

 だが、それは勝手だ。

 更に海の母親は自分勝手な理屈を続ける。

「私の描く幸せな家庭像にはどうしても子供が必要なのっ! ねっ! だからお願いっ!」

 聞けば聞くほど不快な気分になる。

 自分勝手にも程がある。

 一言で言うと親失格。

 その一言に尽きる。

 やがて、海の注文したホットコーヒーがやって来た。そして、

「言いたい事……それで全部?」と海は母親に聞き海の母は「そうだけど……」と言った。

「あ、そう。じゃあ――」

 直後海は席から立ち上がりホットコーヒーを母親の頭上から被せた。

「⁉」

「⁉⁉⁉」

「これが返事だよ……バーカ」

 そう言い海は席を立ち、

「お代はそこでコーヒー被ってる叔母さんにねー」と言いボクの腕を引っ張り「出よっか青春!」といい笑顔で言いボク達は店を出た。

「エピローグ」


「あれでよかったの?」

 ボクの問いに海は、

「あれで良かったんだよっ! 清々しぃ~」

 そう言い背伸びをし答えた。

 ふと、海の方を見た。

 ここは、埠頭の為人はいない。

 浜辺の方に行けば人は沢山いるのだろう。

「やー、やっぱ青春呼んで正解だったよー! 一人だとあそこまで出来ないもん!」

 海にもそういうとこがあるとは……。

ボクは正直驚いた。

「……青春も驚いた表情するんだね?」

「……表情に出ていたか」

「……」

「……」

 ボク達は見つめ合って互いに声を出して笑い、やがて、

「なんでオレが青葉の事が平気なのか、今何となく解る」と海は言い「それは、多分無意識に青春の事が好きだからだと思う……」

 海はそう言いボクの方を見て、

「青春は?」と聞いた。

 ボクは黙りやがて、

「ボクは――」

 その時、潮風を含んだ一迅の風が吹いた。

 時間は流れる。

 この潮風とともに少しずつ。

                                     終わり

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潮風とともに 沢渡六十 @mututo

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