短篇小説「142857」

トオルKOTAK

142857(1/8)

中学二年の夏に、セーラは[特別な力]を初めて友達に見せた。マクドナルドの奥まった席で、答案用紙をこっそり渡すみたいに。

「お願い。内緒にしてね、絶対に…約束よ」

しかし、約束はあっけなく破られ、高校一年の秋になると、彼女の存在は学校中に知れわたり、裏返したトランプの数字をあてる程度だった能力が未来予知までアップした。

「近づけば、頭の中が読まれてしまう」──[特別な力]の持ち主を、教師も生徒も皆が畏れ、彼女は誰も割れない硬い殻の中に閉じ籠った。心を他人から遮断した。

感情の荒(すさ)みをごまかそうと、髪の色を変え、他の女子高生と同じファッションで渋谷の街に出かけてみたが、人目を惹く白い肌と背の高さで、両親の遺伝子を恨むだけに終わってしまった。

黒髪の日本人女性と大学で母国語を教えるフランス人男性──それがセーラの両親で、ふとしたきっかけで娘の[特別な力]を知った二人も、やはり、腫れ物を触るように接していった。

脱いだソックスを部屋のドアに投げつける毎日──生きる意味を疑いながら短大を卒業し、証券会社に就職したものの、普通のOL生活はかなわず、交差点やプラットホームの人混みでも、[特別な力]は気まぐれに姿を表した。すれ違う人が交通事故に遇ったり、営業先の相手が事件に巻き込まれるさまがスクリーンの映像みたいにはっきり見えてしまう。未来予知だった。

そして、どうしようもない孤独感を携えながら、彼女は二十四歳の秋に転機を迎えた──恋人との結婚。両親との死別。

夫は妻の[特別な力]を知ることなく、普通の家庭を築こうとしたが、妻は夫のたくさんの嘘を見抜いていった。

入籍から半年。酔いつぶれた男がダイニングテーブルに突っ伏して言った。

「お前は、他人(ひと)に心を開かない女だ」


独身に戻った夜、一泊二日の旅行に出掛けていたはずの両親が枕元に現れ、ひどく哀しい表情で闇の中に消えた。脳裏を凄惨な映像が駆け抜けたのは、額の脂汗をぬぐったときで、翌朝のニュースが高速道路での悲劇を伝え、両親を一度に亡くしたセーラは身寄りのない「ひとりぼっち」になった。


やがて、踏み切り渋滞のある私鉄沿線の町で一人暮らしを始めた。

住宅情報誌でみつけた2Kのマンションに不満はなかったものの、避けようのない問題があった。

どう生計をたてていくか──。

別れた夫は、慰謝料とは呼べない雀の涙を残して消え、生きるために、自分で稼いでいくしかなかった。

人材派遣会社に登録して、他人との接触が少ない仕事を選んではみたものの、結局、どれも長続きせず、働けば働くだけ、心の底に「虚無」という落ち葉が積もっていく。

あなたはいったい何者なの?――ハーフの女性をいぶかしげに見つめる目。そうした者たちの未来を知る映像が、なおさらセーラを苦しめた。

希望の見えない毎日の、絶望ほどではない倦怠──。

そうして、誰からの祝福もない誕生日に、自分の[特別な力]にとことん向き合う覚悟で、セーラはついにトランプのカードを手にした。

テレビの前に座り、十二枚の絵札とジョーカーをケースにしまい、一から十までのカードをテーブルの上に重ねる。

リモコンでテレビのチャンネルを切り替えると、見知ったタレントが画面に現れた。

目をつむり、両手を膝に乗せて、タレントのホクロの位置まで目蓋の裏側で再現する。

五秒十秒……時間だけが過ぎていく。テレビの音声に重なる外の救急車のサイレン。

目を開け、カードを順にめくり、テーブルの上に一枚ずつ並べていく。左側から等間隔に。

最初のカードは六。次は三。三枚目はハートの八。六、三、八、六、七、三。六枚のカードが一列に並ぶ。

テレビ画面のタレントをもう一度確認してから、セーラはボールペンで白い紙に文字を連ねた。

相手の生年月日と生まれ育った場所。一週間以内に起こるスキャンダル──それら全てが明確に分かった。

封印していた能力は少しも衰えていなかった。


(2/8に続く)

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