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テレビ放送をセーラは見なかった。
昼の番組で取り上げられたからといって、何かが変わるわけじゃない──そんな考えは外れ、状況が変わった。
番組を直接見ていない学生やOLもネットの情報でセーラを知り、行列を作るようになった。
寒空の下で順番を待つ客たち……営業時間を長くして鑑定できる人数を増やしたものの、たくさんの人に応対するにはかなりのエネルギーが必要だった。カードがもたらす「映像」で、相手の人生を受け入れるたびに疲労が蓄積していく。
折り畳み式のテーブルと椅子をかかえる手がしびれ、体が重い。雨が降れば店を出さずに済むが、枯葉を落とした木の枝が風に揺れるだけ。休みはなかった。
低気圧の接近を天気予報がようやく告げた日、行列の中に江田がいた。
「すごい人気ね!テレビの影響ばかりじゃなくて、これはあなたの才能よ。あなたは神様に選ばれた人だから」
興奮口調の江田との思いがけない再会に、セーラはこわばっていた表情を緩めた。久しぶりの笑顔がうまく作れず、頬が不自然に歪むのが自分で分かる。
「あなた……相当お疲れのようね。あまり休んでないの?テレビで紹介したわたしの責任かしら……なんだか、ごめんなさい」
数少ない知り合いから心ある言葉をかけられて、セーラの中で堪えていたものがにわかにこみ上げた。体の疲れが、心をすっかり弱めている。
「ねぇ……明日の午後にでも時間取れない?あなたを助けるわ。占いの先生を助けるっておかしいけど、あなたのそばにいたいの。任せてちょうだい」
翌日、セーラの自宅近くのコーヒーショップで、江田は「マネージャー」になることをかって出た。
「忙しくしたのはわたしのせいだから」と、無償で引き受けると申し出た。
ホットコーヒーの微かな湯気が二人の距離を縮めていく。
これまでの孤独な人生を告白したセーラに、江田は目に涙を溜めて両手を差し出した。
「これからは大丈夫よ。セーラちゃんはもう独りじゃないわ。わたしを本当のお姉さんだと思ってくれない?」
テレビ局での仕事に支障をきたさない限り、マネージャーはセーラのそばにいるようになった。
国道沿いからショッピングセンターの中に店を移し、働く時間を調整する。ホームページを開設し、雑誌のインタビューをコーディネートする──まるで、体がふたつあるかのような働きぶりで、江田は頼りがいのある姉になって、才能ある妹をフォローした。
収入がさらに膨らんだセーラは広い部屋に移り住み、ファッションも変えた。ほとんどが江田のアドバイスだ。南向きのベランダをデイジーの花でいっぱいにすると、明日の自分が楽しみになった。これまでに経験したことのない充足感と達成感。街中で気まぐれに「見える映像」も、不思議と明るいものが増え、スタジオでのテレビ出演も果たした。
マスコミが「美人占い師」とはやしたてていく。
初夏の日曜日。
二人はコムデギャルソンの揃いのスーツを着て、代官山にショッピングに出かけた。
ランチに最近出来たばかりのフレンチレストランを選び、広めのテーブル席に腰かける。
チェック柄のベストを着たボーイにメニューを渡されると、江田が深いため息をついた。
間接照明の具合で、その細面の顔が、セーラには一瞬だけ魔女のように見えてしまう。
「セーラちゃんといるとね、不思議なパワーをもらえる気がするけど、わたしはオバサンだから体がきついわ」
江田はため息を隠さずな言い、目線を外して苦笑いした。
「わたしの面倒を見てくれて、それで、昼間はテレビ局の仕事だから、体がもちませんよね。本当にすみません」
セーラは、グラスについた口紅を親指で拭ってから、江田をまっすぐ見つめた。
「……わたしのせいですね」
テーブルの隅にメニューを置いて、声のトーンを落とす。
「いいえ……疲れているのはあなたのせいじゃないわ。実はね……うーん、どうしようかな。セーラちゃんだから話しちゃおうかな」
周りを気にしながら椅子を引いた江田が、セーラに顔を近づける。
「旦那の事業がつまずいちゃってね。それで顔色が悪いの。まとまったお金がちょっとだけ必要になっちゃった……」
(5/8へ続く)
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