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頭に浮かんだ映像をセーラは言葉にしていく。ベテラン占い師に負けないほどの落ち着きで向き合うと、男は現れたときと違う眼差しで財布からお金を出した。
翌日は二人。その次の夜は三人……客は少しずつ、それでも確実に増えていった。
コミュニケーションが苦手だったセーラは、テーブルの蝋燭に火を点せば別人になれた。国道を走るダンプカーの音に邪魔されるものの、客はまじめに耳を傾け、一対一の濃い時間が繰り返された。
そうして、ひと月が経ち、セーラは予想外の収入に動揺した。 生活に余裕ができるほどのお金を得て、自分が何か悪いことをしているように思えてしまう。
北陸地方の大雪がニュースになった木曜日だった。
珍しく客足が途絶え、歩道の水たまりをぼんやり見ていると、一人の女が立ち止まった。
「あなた、テレビに出演なさらない?」
言うやいなや、名刺を差し出す。
「エダと言います。江戸の江に、田んぼの田。インターネットでここを知りました。あなたの占いが評判になっているの、ご存じでしょ?……実はわたしも前に診ていただいたのよ」
「わたしが……インターネットで?」
相手のことを思い出して、セーラが短く問い返す。
「そう、あなたの占いが話題になってるわ。それで、わたしもこっそり診ていただいたの」
口早に続ける江田を見つめて、セーラは不思議に思っていたことの答えが分かった──なぜ、遠い場所からわざわざやってくる人がいるのか。
ブランドものの名刺入れをバッグにしまって、江田が微笑む。
濃いめのルージュ、艶のあるショートカットの髪、しっかりメンテナンスされた眉、いかにも高そうなチャコールグレーのコート……いくつものパーツが合わさって名刺の肩書きを証明している。
「メディアでのお仕事は、これから四十代後半にかけて、もっと充実していきます。ただし、プライベートのことはあまり他人に明かさない方がいいようです」
セーラは、江田に発した言葉を思い出した。並べた六枚はすべて黒いカードで、浮かんだ映像は絵に描いたようなキャリアウーマンの仕事だった。
「あなたの予言どおり、わたしはテレビ番組を創っているの。それで、今度、特別な力を持った人たちの特番をやることになってね……あなたにもスタジオに来てほしいの」
「予言」という単語に違和感を覚えつつも、セーラは遮らずに聞き耳をたてた。
質の良いファンデーションでも隠しきれないシミを蝋燭の火にうっすらさらして、江田は自信に満ちた目で口角を下げた。
「あなたはただの占い師じゃないわ。予言者……超能力者ね。特別な能力を持った人よ。わたしのこともぴったり当てたんだから」
それから、江田はこれまで創った番組を端的に伝えた後で、いくつかの質問をセーラに投げかけた。
本名は?家族は?昼間の生活は?
テレビ業界のイメージとはほど遠い、上品で、おおらかな雰囲気に飲まれて、セーラは偽りなく、明かせる範囲で自分の素性を答えていく。
やがて、後ろに並ぶ客を気づかい、「明日も来るわ」と言って、江田は颯爽と消えた。テレビ出演の返事を待たないまま。
翌日、終電近い時間に現れた江田は、急いた感じで番組の企画書をセーラに渡した。
「ゴールデンの、夜七時からのスペシャル番組よ……こういう大きな番組がいやなら、昼の番組でどう?あなたは美人だし、才能があるから、絶対にわたしの番組に出てほしいの」
江田への嫌悪感はなく、むしろ、好意を持ってはいるものの、セーラは首を縦に振らなかった。自分の能力はテレビに出るほどではなく、世間に顔と名前を知られるのもいやだった。
「分かったわ。しかたない。スタジオに来なくていいわよ……じゃあね、せめて、ここをちょっとだけ取材させて。スタッフを連れてくるから。それくらいならいいでしょ?」
ジャケットの襟を整え、姿勢を正してから、江田はこれまでにない強い口調で申し出た。「それくらいの権利はあるはず」という思いが瞳に宿り、セーラは追いつめられた小動物になって降参した。
約束の一週間後、数人のクルーとエキストラを連れて江田はやってきた。
いまにも雪を落としそうな風が吹き、膝掛けのストールでは防寒できないくらいに冷え込んだ夜だった。
仕込み客の用意までは予想外だったが、テレビカメラの前で、セーラはいつもと同じ「仕事」をした。カードを並べ、頭に浮かんだ映像を相手に伝えるだけ。
全員の立ちふるまいを仕切った江田は、カメラの背後から革手袋の指でOKサインを出した。
(4/8に続く)
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