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ふうっと息を吐いて、セーラは右の手のひらをうなじにあてた。熱を感じながら、「スペードの九」の映像が浮かび、トランプをめくると、たしかに九つのスペードマークがあった。

チャンネルを変えて、別のタレントに向き合う。

今度は、時代劇のベテラン俳優だ。柳の木の下で、髷(まげ)を結った主人公が大立ち回りを演じている。

さっきの六枚を山に戻し、すべてのカードをしっかりシャッフルしてから再び並べていく。

一、五、五、九、二、三──最初のハートの後は黒いカードが続き、再び目を閉じると、新しい映像が飛び込んできた。

病院の一室。点滴と心電図。

セーラの体がびくっと震える。

視線を恐る恐る戻した先で、刀を収める主人公がいた。その姿に重なるように、パジャマを着た彼が痩せ衰えた体で横たわっている。

それから数日間、ひとりぼっちの部屋で[特別な力]を試し続けた。

見えるのは悲劇的なものばかりでなく、平凡な日常もあって、高校の卒業アルバムで昔の友人に向き合ったときはそんな映像の連続に驚いた。同級生が切り取られたシーンの中で退屈そうに生きている。

やがて、さほどのためらいもなく、セーラは生活のために、自分の[特別な力]と付き合う覚悟を決めた。


暖かい春を待つ余裕もなく、厚手のコートが必要な季節の夜に、セーラは長い髪を下ろして、黒のパンツスーツで「店」を開いた。

自宅から歩いて行ける、国道沿いの一角──シャッターの降りた美容室の前に折り畳み式の机と椅子を置く。

折からの北風が指の先をかじかませたが、ただじっと客を待った。

道行く人は少なく、大小さまざまな車が思い思いのスピードで目の前を通り過ぎていく。

トランプが風で何度か飛ばされそうになる。

寒さのせいか虚しさのせいか、両の目尻が濡れ、ふとしたきっかけでくじけそうになる心を奮い立たせた。[特別な力]を信じることが、自分の生き残る道だと信じて。


少しだけ気温の高い三日目の夜、ようやく話しかけられた。カードをバッグに入れて店終(じま)いしたときだった。

「あんた、日本人かい?」

赤ら顔の男は、セーラを覗き込んで言った。小柄な体を丸め、堂々とした鼻の横に立体的なホクロがある。

不信感を与えないよう、セーラは相手の目を見て微笑んでみせた。

「トランプで占うのか? じゃ、オレのこれからを見てくれよ」

男はぞんざいな態度で椅子に腰かけ、証明写真でも撮ってもらうように、ジャンパーの肩に付いたフケを払った。

「では、まず、生年月日を教えてください」

しばらくぶりに発した言葉で鼓動が早まる。

「昭和四十年の、九月三日」

「一九六五年ですね?」

「そうだな」

神妙な顔で男は答え、疑い深い眼差しで見つめ返した。

「数字を並べます」

積み上げた四十枚のカードを親指と人差し指で整えてから、セーラは声を鎮めて告げた。

相手の返事を待たずに、一枚目のカードをめくる。

街灯の青白い明かりが八個のダイヤのマークを照らし、数秒の間を置いて、残り五枚のカードがめくられていく。

一、七、三、七……最後に、また八。

正方な机の真ん中に数字が並ぶと、男はごくりと唾を飲んで喉仏を上下させた。酔いのすっかり醒めた表情で、次の展開を待っている。

赤と黒の六枚を記憶して目をつむると、セーラの体は水に浮かぶように軽くなった。

真っ暗なスクリーンに男が現れる。

レジメンタルのネクタイを締めて、仕事用のバッグを持っている。満員電車。地下道の雑踏。会議室。宝くじ売り場。めくられていく朝刊。旅行バッグを持つ、別人の細い手。

「おい、どうなんだ?」

しびれを切らして、男が口を開いた。

「あなたには、いま気になっている若い女性がいます。あなたもその方もお忙しい……あなたには勤め先で三人の部下がいます」

目を開けたセーラは、まばたきせずに相手をまっすぐ見据えて言った。推測ではなく、確信。見えたものを言葉に変えただけだ。

まるで催眠術にでもかかったように、男は口を半開きにしてうなづいた。

「近いうちに、あなたにちょっとした幸運が訪れます。金銭面です。春になったら、意中の人と旅行に出かけるとよいでしょう」


(3/8に続く)

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