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江田に視線を向けたまま、セーラは口をつぐんだ。適当な言葉が見つからない。

「うちの旦那、ビジネスの才能がないのに、脱サラしちゃって……ろくでもないのよ。いっぺん、あなたに診てもらいたいわ」

「まとまったお金って、いくらくらいですか?」

「二百万円……それだけあれば、何とかなるんだけど。結構な額でしょ?」

江田が眉をひそめたタイミングで、ウェイターが前菜の皿をテーブルに置いた。

うなづきもせず、否定もせず、セーラはグラスに歪んで映る自分の輪郭を見つめる。

モーツァルトのピアノ曲が静かに流れるだけで、他の客の声は聞こえない。

「江田さん……わたしの仕事用の口座から必要なお金を引き出してください。ずっとお世話になってるし、わたしは必要最低限の貯金があれば大丈夫なので。これ、江田さんに預けます」

セーラは一語一語を噛みしめて言い、ケイトスペードの財布からキャッシュカードを取り出した。そして、穏やかな笑みを浮かべ、何事もなかったように前菜を口に運ぶ。

江田は言葉を返さず、感情の入り交じった眼差しを向けた。

「そう……江田さんは身内だから、お金も管理してください。テレビの出演料とか、もう、何がどうなっているのかよく分からない状態だし」

「たしかに、次の確定申告は面倒になるわね」

「その辺もお任せしたいんです。これからはマネージャー料もお支払いします。とりあえず、二百万円を用立ててもらえれば、わたしはうれしいです」

江田はハンカチで涙を抑えて何かを言おうとしたが、視線を下にしたまま動かない。

そうして、鼻をすすり、グラスの水を飲むと、ようやく背筋を伸ばして「ありがとう」と言った。

少しの間、ピアノの旋律が止まり、静寂が会話の再開を求める。

「……セーラちゃん、わたし、あなたのために一生がんばるわ。今日は、これからの二人のために乾杯しましょう」

江田とセーラは赤ワインのボトルと一緒に、時間を忘れるほど語り合った。


ベランダには黄色とピンクのデイジーがあふれ、セーラは満ち足りた毎日を過ごしている。

愛用のトランプカードが古びれ、[特別な力]と永く付き合う心意気で同じ絵柄のセットをまとめ買いした。

誕生日を迎え、三十路に近づいたセーラに異性の新しいパートナーは現れないでいるが、江田の存在で少しも寂しさを感じなかったし、恋愛への欲求は湧き出なかった。

六枚のカードで目の前の相手を診る──社会がこれからどうなるのか?次の首相は誰か?株価の変動は?そうした予知はできないことが世間との程よい距離を保ったものの、テレビ業界にいる江田は、セーラをメディアに売り出すことに力を入れ続けた。ワイドショーへの出演、スペシャル番組でのインタビュー……自ら企画を考え、あらゆるマイクとカメラを引っ込み思案の妹に向けさせていく。政治家のパーティーにまで顔を出し、テレビ局とマネージャーの二枚の名刺を銀座や六本木の夜に配り歩いていった。


そして──

テレビを欺く、“エセ”美人占い師と厚顔マネージャーのあきれた素顔

老舗の週刊誌がそんな見出しを踊らせた日に、江田は消えた。セーラを残して、予告もなしに。

二度の離婚歴に加え、官僚との不倫、番組制作会社からの収賄の疑い……江田の公私をあますことなく暴露した記事は、セーラにはまるで信じられない内容だったが、それらが捏造ばかりでないことは綿密な周辺取材が裏づけていた。

真実を知りたいセーラは江田の携帯に何度もメッセージを残した。二人きりで話をしたかったが、三日が経ち、一週間が過ぎ、その願いは裏切られ、ショッピングセンターにある店を閉めたまま、時間が過ぎていった。

セーラは江田の身を案じた。人知れず、どこかで命を絶ったのではないか?

体を横たえたベッドの上で歯がガチガチと震えた。


江田を失ってから二週間。

朝から冷たい秋雨の降る日、セーラは手かがりを得ようと、銀行の窓口で通帳とカードの紛失手続きをする。

「残高はありません」

行員の知らせに、耳を疑った。

六百万円以上あったはずの預金が一度に引き出されていた。それは、週刊誌が発売される前日、いつもと同じ笑顔で江田と別れた日だった。


(6/8へ続く)

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