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「ごめんなさい。余計なお世話かしら……」
加奈子の視線から逃れても、セーラは表情のこわばりが隠せない。
「いや、あの……」
「坂巻さん、わたし、隠し事できない性格だから……言っちゃうわ。気を悪くしないでね」
発言をいったん切って、加奈子はティッシュペーパーで指先を拭く。何かの汚れを気にするわけではなく、手持ち無沙汰の動作だ。数分前までの好意的で親近感ある瞳が異形なものに接する光を帯びている。
「あなたは本物よ。本当の能力がある人よ。会社で働くなんてもったいない……わたしは坂巻さんのことを……セーラさんのことをよく知ってるの。いえ、わたしだけじゃなく、会社のみんなも知ってるんじゃないかしら。でも、そういうことって、なかなか言い出せないわよね」
「……そういうこと……ですか?」
小さく問い返してみたものの、鼓動の速まりが声を震わせ、語尾を弱めていく。
「つまり……あなたの能力のこと……予言者なんでしょ?わたしたちに隠すことないわ」
笑みを繕う加奈子を見て、色白のセーラの顔が赤らんだ。かたちにならない言葉の列が渋滞して、渇いた喉がヤスリで削られたみたいな感覚を覚える。
「あなたを応援したいの。わたしたちは一生の友達でしょ。お名前が坂巻さんでも、セーラさんでも構わないけど、予言者として、また頑張ってほしいのよ」
「ぜんぶ昔の話です!わたしは予言者じゃないです!」
メガネを外して、セーラは力づくで発した。その唐突な勢いと荒々しい口調に加奈子はおののき、上体をソファに沈ませた。
ピザのチーズが重苦しい沈黙に色をなくし、プラスチックに似た形状でキノコやアスパラガスといった具材を隠そうとする。
「ごめんなさい……でも……でも、どうして?すごい能力なのよ。昔の話だなんて、もったいない。力がなくなったわけじゃないでしょ?」
学校の先生が生徒を咎める口ぶりに、セーラは顔を背けたまま下唇を噛んだ。
物音のない空間で、壁にかかった時計が秒を刻んでいく。
「……ね、図々しいお願いしていい?」
この場から耳を塞いで逃げ出したかったが、セーラは目を細めて視線を加奈子に戻した。立ち上がる勇気も反論する余裕もなく、いまここにいる後悔ばかりがある。
「占ってくれないかしら?これからのわたしのこと……お友達としてお願い!一度だけ診てほしいの」
言い終わらないうちに、加奈子は返事を待たずに身重の体を動かして、キャビネットからケースに入ったトランプを取り出した。ハットをかぶったミッキーマウスが手を拡げているトランプだ。
「たしか、絵札は抜くのよね?」
プログラムされた動作さながら、加奈子は四十枚に減らしたカードの山をセーラに向けた。そうして、手際の良さを自賛する面持ちで口をすぼめ、小首を傾け、親友ならではの愛くるしさを演出した。
「すみません……わたし、もうできないんです」
圧されて受け取ったカードをまじまじと見つめて、セーラはか細く告げた。紅を差していた頬が血の気を失くしている。
「そう……無理にとは言わないけど……それにしてももったいない話ね。どうして止めちゃったの?能力がなくなったわけじゃないでしょ?」
絵札のカードだけをケースにしまって、加奈子はふうっと息をついた。
午後の物憂げな陽射しが西向きのベランダに注ぎ、物干竿にかかったハンガーの揺れが風のゆくえを知らせている。
セーラは手中のカードを見つめたまま、うつむき、黙った。占いを止めた理由をいまさら他人に告白したところで何かが変わるだろうか。いや、変わるはずない──涌いた自問は苦もなく自答できたものの、自答と引き換えに、なぜか、江田の顔が蘇った。[特別な力]をも江田が奪い去ったのか、ただ、自分の意思で封印しているだけなのか──奧深い谷底を身をすくめて覗き込む思いで、セーラは脳裏で早送りされる過去に眉をひそめた。
わたしだけの[特別な力]──
「ほんとうに久しぶりなんです。できるかどうか……」
前のめりになった加奈子がごくりと唾を呑みこむ。
神妙な儀式が始まる装いで、カードの山がガラステーブルに置かれた。
それから、数秒の間を作って、セーラはいちばん上の一枚をめくり、自分の胸の前に引き寄せる。
最初のカードは、一。
次に、四……二。
三枚の赤いカードを左から等間隔に並べて、セーラは目をつむった。
(8/8へ続く)
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