第14話 身欠きニシンは夜に鳴く

「思い込みって怖いね」


 いきなりなんだ思ったぼくに、妻は身欠みがきニシンの缶詰をさしだした。


「これ、今までピカピカのニシンのことだと思ってた」


 ……磨きニシン?


「だってちょっと光ってるし」


 たしかにつやつやして美味しそうではある。


「昔から思い込みが激しいの。ゲッキョクさんは大地主だと思ってたし」


 月極つきぎめ駐車場あるあるネタを口にする妻とぼくの出会いも、じつは思い込みからはじまった。大学の日中文化交流会――という名の餃子をつくる会――に顔をだしたぼくに、「日本語お上手ですね」と声をかけてきたのが妻だったのだ。


 いえ日本人ですと苦笑したぼくを前に「やっちまった」という顔をしていたかつての学生は、今ぼくの隣で蕎麦をゆでている。


「あと、夜鳴き蕎麦は、子泣きじじいが売ってる蕎麦だと思ってた」


 またダイナミックな思い込みだね。


 ひとつ言えるのは、思い込みもそう悪くないってこと。まあ、子泣き爺の蕎麦はちょっと遠慮しておきますが。

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70デシベルの愛 小林礼 @cobuta

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