>ⅩⅦ
それは、扉の開閉音がものすごく無味乾燥に、ドライに告げてくる。
悲しい音、だと思う。
別に長々と話していたわけではないし、そこまで思い入れを持つには短すぎる時間と空間だったはずなのに。
衣服を身につけていないと言うのは、もしかしたら感受性を高めてくれるのかもしれない、とまことしやかに思ってしまうくらいに、私の心は敏感になっていた。
期待していたとは、言わない。
けれど、もし万が一にでも可能性があるなら。あるわけないんだけど。
触れて、欲しかったのだろうか。だから、あんなことしたのかな、って。
こんなことを妹の私が思うのはご法度もいいところなのだけれど、自分の中だけにとどめておく分には問題ないと思っておくことで正当化する。倫理が、理性が、法がどうだって言うことは関係ない。まかり間違って、天地がひっくり返るくらいの出来事として。
玲ちゃんが、私の理性があるうちに奥に触れてくれること。
あからさまに言えば、死ぬまでに一回でもいいから抱いてくれないかなって、本気で思っている。こんなことを考えて、もう5年はくだらない。そんな時間は余裕で過ぎていると思う。
きっともっと前からだと思うけれど。
ああ、これが、そう言うことなのだと。
自分が明確に望む、あなたのものになれたのだ、と思える行為を望んだ最初の相手が、玲ちゃんだった。気が狂っているとか、頭がおかしいとか、そんなのは私にとって批評でもなんでもない。当然のことだ。そして、それは私にとって日常だから、そんなことを言われたところで批判でもなければ糾弾でも誹謗中傷でもない。そんなことは、誰に言われるまでもなくわかっていることで、それが素直な私の正体なのだ。だからどう改めるとか、改善するとかって考えはない。これが、私が一番私でいられる健全な状態なのだ。誰にどんな陰口悪口、何を言われようが知ったことではない。それは、私と玲ちゃんの織りなす世界には存在しないから。
だからさっき、思い切って飛び出してみたら、全然見てもくれなかった。いいじゃんみるくらい。ねぇ?これでもファンクラブ会員15000人誇るモデル兼アイドルっぽいこともやりつつたまーに役者もやってる人気者なんだぞ?全国ファン垂涎の遠藤茗、芸名"礼乃茗"の全裸だぞ?この芸名の意味にすらいまだに気づかないし。まったく。すぐ気付くだろ普通。こんなにひらがなにしただけでわかるような名前つけてるのに。
でも、それが玲ちゃんのいいところでもある。やりがいもある。そしてライバルもできたっぽい。
なんなら、その幸せを追い求めて欲しいと言う気持ちと、絶対負けねぇと言う気持ちと、寂しさと。その全てと他の細かい色々をひっくるめて、色々考えた挙句、ニヤつくのが私だ。
浴室を出て、体を拭いた後、頭をわしゃわしゃとして、軽くドライヤーを当てる。いきなり完全に乾かすのはよくないこともあると聞いたことがあるから少しウェットなまま、ヘアオイルをゆっくり浸透させる。少し髪伸びたな。上半身に何もつけていない状態で鏡を見ると、胸まで隠れる。これなら、確信は見えないからこのままリビングに行こうかな、なんていたずらな思考が芽生えるけど、それは玲ちゃんがのーのちゃんを付き合うことが決まってからにとっておこうと思う。結局やるんかい、私。
一旦下着も部屋着も身につけて、脱衣所を出る。
さらに髪を軽くブラッシングしながらリビングに入ると、玲ちゃんはダイニングキッチンのコンロ脇にいて何やらスマホとにらめっこしていた。お湯を沸かしているようだ。
「玲ちゃん。お風呂終わったー」
「…ん!?ああ。茗。お疲れ」
「疲れてませんー。もし今のお風呂で疲れたとしたら玲ちゃんの不甲斐なさによるのでこの後玲ちゃんのお風呂に突撃する」
「やめれ」
「はい」
「なんだ?物分かり良くない?気持ち悪い」
「じゃあ行く」
「やめれ」
「やだ」
そんなバカな会話も、少し心地いい。
「そう言えば、何にらめっこしてるの?」
「にらめっこ?誰と」
「スマホと」
「むむむ」
「何よ。のーのちゃんにメッセでもするの?」
「…なんでわかった」
「やっぱりね。書けたら見せてみなよ」
「いや流石に妹に添削ってないだろよ。一瞬考えたけど」
「別にいいじゃん。客観的な感想ってだけださね」
「何その口調」
「気にしないの」
「もうちょっと考える。飯できてからな」
「はいはーい」
こんなどうしようもないような、けれど大切なような会話を積み重ねるのが、今の私の精一杯。
だけど。
もし今なら、と思って、今夜、一つだけ爆弾を落としてみようと思った。
どうせ、私はのーのちゃんと同じ土俵には乗れないのだし。
#Functionyou;dI've-Ⅱ "mEMOry" 唯月希 @yuduki_starcage000
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