>ⅩⅥ

 リビングを出て、扉を閉める。

 少しだけ冷えてきたな、と反射的にお思うということは、リビングにも暖房はつけていないのに、人がいるだけでそれなりに暖かいというはやっぱり本当なのか、と思う。

 次の瞬間に、薄く水流の音が聞こえた。浴室のめいだろう。

「ほいほい」

「あ、れいちゃんきたー?」

「おう」

 こうなると冷静に考えてしまって普通ならあり得ない状況だということを認識する。いくら見えないとはいえ。僕ら兄妹やっぱり頭おかしいんじゃないか。

「ちょっと冷静になったらこの状況頭おかしいと思うからやっぱキッチン戻っていい?」

「ダメ。お化け怖いからいて」

「何歳児だよ」

「19歳児」

「もう来年成人じゃんか。お化け怖いわけないだろ」

 いいながら、腰ほどまでの高さの洗面台に軽く腰掛けて水の蓋を開ける。

「怖いよ」

「マジで?」

「うん。玲ちゃんっていうお化け」

「……呪ったるわ。茗今日からくしゃみ止まらなくなるからな」

「地味な呪いだなぁ」

「僕の呪いなんてそんなもんよ」

「鼻炎薬効く?」

「効く」

「あはははは。効くんだ」

「効果は絶大だぜ。漢方には勝つけど化学薬品には勝てない呪い」

「なんで漢方には勝つのよ」

「さぁ?」

「根拠なしかい」

「直感だからな」

 開封したペットボトルに口をつける。水がうまい。

「で、何よ。なんか話したいこと、あるんだろ?」

「…せっかくだから、前倒しで聞いてもいい?」

「何」

「ミッションどうだった?」

「それかよ!」

 夕飯を済ませながら聞くと約束していた件だった。

「うーん。今話していいの?」

「もう待ちきれない状態で全裸待機」

「風呂なんだからそりゃそうだろうよ」

 ネタではなく事実を告げられただけだった。

「ならそうだなぁ。結論から言う?経緯から言う?」

「度肝抜くと告げただけあってひっぱるねぇ玲ちゃん。珍しい」

「あはははは。そうね」

「んーなら。結論から」

「明日大学の図書館でレポート一緒にやってくれれることになった」

 ざばぁ!と言う水音がして嫌な予感がした瞬間に、僕の視線は浴室の扉とは反対側の壁を向く。

 すると途端に、がちゃ、と浴室への扉が開く。

「マジで!?」

「マジで。早く閉めて」

「目を見て言えよ!」

「自分がリアル全裸待機なの忘れんじゃねぇ」

「ん?別に良くない?タオル巻いたし」

「え?そうなの」

 と、罠にはまり即壁に視線を戻す。

「嘘つくな!早く閉めろ!これ以上そんな罠張ってくるならこれ以上話しませんよ!」

「え、それはダメだ!」

 と言う悲鳴が聞こえて、そのまま扉の閉まる音がする。

 なんとか大人しく言うこと来てくれたかと思って浴室の方を見やると、扉は閉めたが茗本体はがこっち側にあって即また壁とお見合いする。

「こら!入ればか!」

「ひっかかったー」

 楽しそうに言うんじゃない!

 扉の開く音。どうやら大人しく戻ってくれたらしい。迂闊に視界に入れないようにゆっくりと視線を動かすと、浴槽に戻ってくれたような音がした。

「ったく。言うこと聞かなかったからもう話さないもんね」

「このまま体を拭かず髪も乾かさずに走って行って玲ちゃんのベッドに入ってもいい?」

「わかりましたごめんなさい話します」

 脅迫の攻撃力は圧倒的に名の方が上らしい。レベルが10くらい違う。

「ほら早く!滅多にない楽しみを私に提供して!」

「最近それめっちゃ言われてるな」

「いいから!」

「っても、普通に二人でレポートやるだけよ。山﨑が学校行ってレポートやるから、僕も行ったらちょっとアドバイスとかもらえるかなって相談したら、なら一緒にやってもいいけど、って」

「……青春だなぁ」

「なんだよそれ」

「素直な感想よ。でもよかったじゃん。明日も会えるじゃんか」

「うん。それに関しては君に電話に感謝してるわ」

「……きみ」

「あ、ん?なんかへん?」

「ううん。なんか新鮮だなぁって」

「時々言ってるだろ」

「そうなんだけど、ね」

「とりま、ミッションに関してはそれだな」

「ふーん…」

「なんだよ。期待はずれ?」

「いや、期待以上の成果でびっくりした。せいぜい来週とかかと。ストーキングできないのが悔やまれます」

「認めたなストーカーめ」

「ふ、ふんだ」

 苦笑する僕。

「で?本当はこれじゃないんじゃないのか?話したいこと」

 切り替えるように僕が問いかけると、しばらく浴室内からの返答が滞った。

「うーん……」

「なんだよ。そろそろ上がるだろ?もうキッチン戻っちゃうぞ」

「あ、じゃ、じゃあ」

「はいはい」

 ちょっぴり嘘。そんなに急いで戻らなければならないわけではない。

「…ネックレス。ありがとう。ずっと大事にするね」

「そんなに大したものじゃないよ?」

「…でも、これ、さっきお風呂はいった時に気づいたんだけど」

「つけてんのかよ」

「もう絶対外さないもん」

「古くなったら外しなさい」

「そう言うことじゃなくて!」

「はいはい」

「気づいたんだけどね、これ。私が気に入って、買いたいものリストみたいに雑誌に付箋貼ってたやつなんだ」

「え?そうなの?」

「え?知ってたんじゃないの?」

「流石に人の雑誌勝手に読むようなリサーチかけてないよ。第一、今日出かけてから思い立っただけなんだから。前からあげるつもりでいたんならそう言う情報収拾しててもおかしくないけど、流石に無理だろ」

「…だったら、なんでこれにしたの?結構すぐ選んでお店でてきたじゃん」

「うん。指輪とピアスは、直接的すぎるから最初から除外してたから、ブレスレットかネックレス、ペンダント系かなって思ってたんだけど、ちょっと探し始めたらそれがすぐ目に入って、僕としては絶対似合うって思ったんだよ。思ったより迷わなくて自分でもびっくりしたんだけど、まさか気に入ってるやつだとは思わなかった」

 そう言いながら、ポケットからスマホを取り出す。

 今日のお礼の一言、山崎にメッセージするのを忘れないようにしないとと思ったのだ。

「…絶対、似合う?」

「うん。なんだかんだで、茗、首元綺麗じゃん?」

「なんだかんだは余計だけど。結構雑誌とかでも露出すること多いから、ケアは割と入念だけど…」

「うん。だろうなって。そしたら、ペンダントよりちょっとタイトなネックレスの方がいいかなって。チョーカーも考えたんだけど、ちょっとストイックかなって」

「…ふーん」

「まあ、でも、茗のセンスにあっててよかったよ」

「…やっぱり、玲ちゃんだなぁ」

「なにが」

「私が好きなのが。あと、そういうことやってもカッコつけてる感とか、スカしてる感じとか、気取ってる感じないよね。これ選んでる俺いいだろ、みたいな、これ見よがし感?全然嫌味ないし」

「そうか?これ、僕のこと全然知らない人が聞いたら結構痛いやつじゃない?」

「知らない人の評価なんてどうでもいいんだよ。芸能人でもないんだから。玲ちゃんのことを知っている人間としての感想」

「そう言うもんかね」

「そう言うもん」

「ふーん……あ、じゃあそろそろ戻るな」

「あ、うん。あたしもそろそろ」

「おう。ゆっくりでいいからな」

「うん。ありがとう…玲ちゃん」

「ん?」

「…宝物を増やしてくれて、本当にありがとうございます。ずっとずっと、大事にするからね」

「……」

 宝物、と言う言葉を選んでくれたことに対して自分なんかが選んだものだし、いやいや、と言いそうになるけど。

 せっかく褒めてくれてるんだから、胸張っとくか。

「ならよかったよ。玲ちゃんに感謝したまえ」

「…うん。ねぇ、玲ちゃん」

「なんだ?」

 脱衣所から出ようとしたところで、さらに声がかかった。

「…出来るだけ、一緒にいてよね」

「こちらこそ」

「ありがと」

「おう。後でな」

「うん」

 その返事を聞き届けてから、キッチンに戻る。

 対面してないからこそ言えないことを言うと言うレベルに含まれたのかどうかは疑問だったが、すっきりしたんならいいか。と、カレーを温める鍋のガスを点火したところで、スマホの画面でメッセージを再編集する。打ち込んだ文章はあるけれど、一回茗に見てもらった方がいいのか……情けないなぁ自分。

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