>ⅩⅤ
自宅について、それぞれ荷解きを終えたと思ったら、茗がまだだった。
ならば、と、風呂掃除して、浴槽にお湯を溜め始める。自動運転だけど。
その流れで、カレー用の白米を炊くためにキッチンに入る。何か冷蔵庫にあれば、1,2品作るかな、と思い、冷蔵庫を開けて食材を見繕っていると。
「あ、玲ちゃんごめん。私先入るのに、お風呂やってくれたの?」
「うん。まぁ、ついでだしさ」
勝手極まりない理由だけど、効率は良いはずだったから、なんの抵抗もなくやってしまったのだ。そういえば、先に入る人がやるルールとかあったな、と思い出した。
「ありがと…お風呂準備できるまで手伝うよ」
「おっとマジ?なら、ちと頼もうかなぁ」
「うん!」
そこで気付く。
そう言えば、こんな風に一緒にキッチンに立つの、好きだったな、茗。
シンクを相手に、二人で並んで立つ。
「カレー以外になに作るの?」
「サラダと、軽ーくスープかな」
「いえい!いいね!さすが玲ちゃんだ」
「いつも通りだろ?別に褒めることでもないよ」
「…ね。気持ち悪い事言ってもいい?」
「別に今更、茗がなに言い出そうが、気持ち悪いとは思わないけど?」
「ならば遠慮なく!」
「はいはい。なに?」
「今から、いただきます言うまで、私たち夫婦ね」
「…えっと、ちょっと待って?」
「いいって言ったよ」
「あの、ちとぶっ飛びすぎてて理解が追いつかないんだけど」
「あ、細かいことはいいから。あと、数分。私と、玲ちゃん夫婦ごっこするのね」
「ま、まぁそれぐらいなら」
「よし」
そう言って、茗は大きめの輪切りにした根の皮を剥き始めた。茗って実は桂剥きうまいんだよね。
「ねえあなた?」
「今すぐ吐いていい?」
「瞬間に殺すぞ」
「それはすまぬう」
皮を剥き終わった大根をスライスし始めると、茗が水菜を洗って適当な長さに切り始める。
「所詮ごっこ遊びなんだから付き合えって。単なる遊びじゃんん」
「わかってんだけど、なんかこうさ…」
「いいから」
「……もう。わかったよ。はいはい」
「はいはーい!のーのちゃんにそんな返事したらだめだからね!」
「えーっと、夫婦なのでは?」
「あ。忘れた」
「……ったあ」
「なにそれ」
といって笑う茗。ばかみたいに幼稚園児みたいなことしてるなと思いながら、今は付き合うことが正解だ。言いながら、サラダを盛り付けてくれた。
「でもさぁ、ちょっと今ここにいて思ったけど」
「何?」
「今後、二人でいる時間も短くなっていくわけだから、こういう時間少し作りたいね」
「タイム」
「ん?」
「夫婦という設定で続けるとなると、子供が生まれるのか、離婚が決まっているのかどっち」
「んー……子供で」
「やめて気持ち悪い!」
「自分から聞いといてなんじゃボケェ!」
その瞬間、浴槽に湯はりが終わったこと告げるチャイムが鳴った。
「お、タイムオーバーだな。行っておいで」
「……くそう。もっとイチャイチャしたかったのに」
「イチャイチャはしてねぇ!」
「……まあそうか。じゃ、お風呂行ってきまーす」
「ごゆっくり。ちゃんと休めよ」
「うん。あ、ねぇ?」
「…たまには一緒入んない?」
「貴様は何を口走っているの?」
「…あ、そうか。ごめん」
なんとなくその表情が、冗談ではない感じがした。そんなことを、大学生のしかも兄が感じること自体おおかしいのだろうけれど、それはチート気味な僕と茗の関係性に免じて許してほしい。
「…スープ、作ったら、脱衣所にいようか?」
「ほんと!?」
「いいよ。そうしないと話せないこともあるんだろ」
「はっきりいうな。デリカシーないぞ。それ、罰ポイントね」
「なにそれ!?」
「知ってるでしょ」
「なんでそのネタ茗が知ってるんだよ」
「録画されてるやつとかネットで全部見てるから」
「…そうか。ある意味同業者か……」
「ふふふ。じゃなくても、玲ちゃんが好きって言い始めてからは私も好きだよ。かっこいいよね」
「いいから風呂入れ」
「はーい。いつきてもいいからね」
「スープできてからな」
「うん」
リビングのソファに置いていた着替えを持って浴室に向かう茗。
それを尻目に、買っておいた記憶のあったスープ缶を探すが、購入したのが最近だったからそれはすぐに見つかった。クラムチャウダーの濃縮された缶詰だ。
冷蔵庫から豆乳を取り出し、先に缶詰を開けて加熱前の鍋に全量投入。
そのあとで、同じ缶詰に表面張力するくらいの豆乳を混ぜ入れる。
「…ちょっと、薄いくらいが好きだったな確か」
選んだ缶詰の濃縮スープは、茗には少し濃いらしく前に牛乳を足して飲んでいた記憶があった。
思い出して、少しだけ多めに豆乳を投下する。明日撮影だしな。
一煮立ちさせて完成。さっき無駄話している間に大根のスライスと水菜のサラダはできているし、あとは鍋に水を投入して、コンロに置いておく。レトルトカレーを温める準備。まだ火にはかけない。これは、茗が入浴を完了してからでいい。
炊飯完了まで、25分。
さて。
こういう時はある程度覚悟を決めていく。
冷蔵庫から、ミネラルウォーターのペットボトル500ミリを取り出して、洗面所兼脱衣所に向かう。
顔を見ない。
視線を交わさない。
そんな環境で、茗が何を話したいのか。
楽しみなような、怖いような。
久しぶりの、曇りガラス越しの対話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます