>ⅩⅣ

「……玲ちゃん」

「ん?」

 無言のまま歩みを進めつつ、僕は薄い雲にのぞく月を見ていた。

「…なんでもない」

「ん」

 気持ちはなんとなーく、わからないでもない。モードの問題だろう。

「…ねぇ、玲ちゃん」

「ん?なに?」

 問い返すけれど、また先ほどと同じ沈黙が少し続いた後で。

「…れいちゃん」

「となりにいるよー」

 急かすわけでもなく。

 不審に思うわけでもなく。

 ただ、その先を話すのにハードルは高くないよ、という思いをその返事に込めてみた。だらけているような、間の抜けた返事。でもだからこそ、伝わるものもあるのではないかと思って。

「…玲ちゃん。いなくなっちゃうの?」

「え?」

「っあ…あーだめだ。ごめん…今のなし。忘れて」

 あからさまに取り乱すめい

 おいおい。ちっとも忘れられないし気になりすぎるわ。

「今のところ、いなくなる予定はないけど。まだ一人暮らしもするつもりないし」

「…まだ?」

 忘れろと言ったわりに、僕の返事に食いついてきた茗。やっぱり忘れていいことではないらしい。

「そのうちするんだろーなーっては思うけどさ」

「…私も、一緒に住んじゃだめ?」

「それだと結局今とあまり変わらないからなあ」

「そ、そっか。そうだね」

「…茗」

「……」

「茗?」

「…あ、ごめん。なに?」

「怖いのか?」

「…なにが?」

「僕が、いなくなるのが」

「………」

  待つ。これは急かしてはいけない。

「…怖いのも、あるかもだけど」

 繋いでいる手の力が、少し強くなる。

「っあー!!!!もうこの際だから、ぶちまけていいかな!?」

 突然のテンション爆上げと、まるで握力計を思い切り握るかのように僕の左手が悲鳴を上げる。

「……う、うん。いいよ」

 自棄ではない。その覚悟を茗が決めたのなら、受け止めないわけにはいかない。

「…けしかけたのは私だし、今までの玲ちゃんからは変わって欲しいのも事実だし、好きな人ができたのもいいことだし、玲ちゃんの好きな人もいい人そうだし、そう言う意味ではものすごくいい方向に動いているんだって思う。これは建前とか言い出した手前の言い訳とか、そんなことじゃなく、ちゃんと本音。納得もしてる」

「うん」

 それまでとは嘘のように話し始める茗。抱えていたものを勢いのままに吐き出してしまおうと思って、普段よりも饒舌なのかもしれないと思う。

 思い切り握られていた手の力がゆっくりと抜けて、普通に戻るけれど、その結果震えているのが伝わってくる。

「ただ、今日二人のこと見てて、下世話だけど楽しみながら、ああ、もう玲ちゃんと私がそういうことする機会もなくっていくのかって思ったんだ。だからちょっとわがまま言っちゃったんだ。でも、そこでやっぱり頭が最初に戻っちゃって。ぐるぐる。自分がどんどん矛盾してくって言うか」

「…ん」

「そんなの抱えていることすらものすごく嫌。うじうじすんなって言っといて、結局自分も同じところでぐるぐるして立ち止まって座り込んで膝抱えて。またぐるぐる。慣れていくことで折り合いはつけられると思うんだけど…玲ちゃんしか聞いてないから、妹と言う私しか持っていない権利を使って言うんだけど」

「何?」

「今はもうただ純粋に、玲ちゃんの隣にいるのが、私でないのが徹底的に嫌」

 気づけば、茗の手の震えは落ち着いていた。

「…そっか」

「うん。だから、いつかノーのちゃんと恋人同士になって一緒に住むとかなったらいなくなっちゃうのかなぁってところまで妄想が進んじゃって、さっきの発言につながります。はい、感想!」

「…は!?感想!?」

「そりゃそうでしょ。どう思った?」

「んー…ちょっと時間くれない?」

「…どれくらい」

「帰るまで」

「…じゃ、じゃあ、帰った私おふろ入っちゃうからその後とかでもいいよ」

 なんで急にしおらしくなったんだこいつ。まだ頭の中がぐるぐる回転しているようだ。

「そうだな。明日仕事なんだもんな」

「うん。あ!ミッションの結果もまだだ!」

「忘れろよ」

「忘れるかバカ」

「ちくしょう」

「なんで?思い出したくないの?撃沈した?って言うか、ちゃんと誘ったんでしょうね?」

「う…」

「おいこら遂行しなかったら殺すって言ったよね?」

「言われてねぇし!厳罰とは言われたけど!」

「ちっ。覚えてやがる」

「勢いでごまかそうとするんじゃありません」

「ふーんだ」

「…少しはすっきりしたのか?」

 家が見えてきて、とりあえず一旦その話だけでも聞いてみようと思った。今できるだけでいいから、とりあえず言いたいことは言えたのか気になったのだ。

「…ちょっとね。あとはまぁ、時間がいるかな」

「ん」

「それよりミッションは。あと感想も後でね」

「…わかったよ。もう家着くしな」

「うん。あ、ミッションの件はご飯食べながら聞いてあげる」

「へいへい。度肝抜いてやるから待ってろ」

「え!?何それ超期待!」

 今の茗にとって僕の持ち帰ってきた答えが果たしてどう言う風に捉えられるのか少し心配ではあったけれど、事実は事実だ。時間が必要というなら、その間に起こることもまた、名の中で消化することが必要なのだろうし。

 生きていれば、人も関係も形を変える。そのときその時に合った、一番幸せな形を探るしかないのだ。

 だから先ほど吐き出された茗の言葉は、明らかに僕の心にそれまで感じなかった物をもたらしてくれたし、その正体を知るには茗の言葉通りに、きっと時間が必要なのだろう。

 今までの僕たちは、これからの君たちになれるのだろうか。

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