>ⅩⅢ

 その時感じた熱は、多分、僕が人生で初めて体験した熱に似ていたと思う。

「…茗」

「うん」

 なんとなく。

 なんとなーく。

 そう言うことなのかなと、思った。 

 僕ら兄妹は、基本的に今の家で暮らした記憶しかない。

 妹が生まれた直後まではマンションにいたらしいのだが、茗が生まれてすぐに一軒家を購入して、そのまま今の家に住んでいる。

 そしてその頃から、お使いや買い物で訪れる店舗は、今でも変わってない。思えば、だいぶ経営状態のいいスーパーだなと思う。

 食料品の買い出しにおいては100%そこに行く、と言う場所がある。

 そして。

「夕飯、何食べたい?」

「…あれ」

 その言葉だけ聞くと、示すものをイメージするのは不可能に近い。しかしそれは、家族の中でも父にも母にも通用しない、僕と茗だけの暗号めいたものだった。

「ん。このままの足で買い物してっていい?」

「…だから…もう。言わせる?」

「そうか。ごめん」

 かつて。本当に両親が僕と茗に、各々の生活を預け始めた頃のことだ。

 食料の買い物に行く時だけは、必ず二人で、なぜか必ず、今のように手を繋いでいたのだ。

 だから今駅を出て手を繋がれた時に、そう言うことなのだろうと察することができた。

「別に大したメニューじゃないんだけどなぁ」

「いいんだよう…それで…これだけは、私とお兄ちゃんだけのものだもん」

「何、そんなにセンチメンタルなの」

「その言い方嫌い」

「ごめん」

「……ううん。いい。ごめん」

 なんなんだろうこの弱りすぎてる可愛い生き物。

「でも、昨日もだよ?いいの?」

「関係ない。全然別だから」

「…わかった」

 そのメニューっていうのは、大学生にまでなると味覚も変わってしまって、ものすごく甘く感じて

しまう甘口のレトルトカレーなのである。

「あ、でも、いいの?」

「あれ食べたいんだろ?いいよ僕は。そういう時もあるさ」

「……ありがとう」

 そう言って、もう何年通っているかわからないスーパーに寄ってそれだけ買い込む。こういうときは、本当に、茗は一瞬たりとも繋いだ手を離してくれない。

 けれど、僕のふさがっているのは左手で、茗の空いている手は左手なので。僕の左手の代わりをしてくれる。

 僕の右手に下がっているカゴに、茗の左手が買い込むものを入れていき、迷うことも選ぶことも特にないので、あっさりと選定は済む。が。

「ちょっと、一個、追加していい?」

「うん。なに?」

 僕の顔を見上げる茗の目が、もうすでに赤く腫れぼったくなっているのを見て、なんだか気分が感じたことのない感触を伝えてくる。

「水。後、なんかデザート買わない?」

「……うん。食べる」

「おーけい」

 ミネラルウォーターを先に入れてもらって、その後でスイーツコーナーに向かう。

「これがいい」

 茗が取り上げたのは、瓶詰めのプリンだった。

 懐かしいなぁ。

「いいの?」

「うん。これがいい」

「…本当、今日どうしたの?」

「…後で話す」

「わかった」

 明言する以上、嘘でないことはわかりきっている。誤魔化しもするし、騙しもするけど、嘘はつかないのが茗だ。なんなら今の会話ですら、彼女の中では破ってはいけない約束のうちに入っているかもしれない。

 僕は、二人でも分けられるようにやや大きめのロールケーキをとって、レジで精算する。

 その間も、特別会話はない。

 ただ、サッカー台で購入したものをビニールに入れ終えると、繋いでいた手が離れた。

 やはり、再現しようとしているのか。

 浸りで袋を間に挟んで、片側ずつを持つ。昔、自分の力だけでは抱えきれなかったときに編み出した。ビニール袋の片方ずつをお互いで持って、帰るのだ。

 しかし、この日はちょっと違った。

 スーパーを出て、自宅までの道を半分ほど進んだタイミングで。

「…ねぇ」

 茗が口を開いた。

「ん?」

「やっぱり、荷物お願いして、もいい?」

 妙な間。その間は何だろうと思案しあぐねる。

「っ……まあ、いいよ」

 少しガン得てわかったような気がする。外していたらごめんよ、と心の中で謝りつつ。

話して僕の右手に下げたとき。

 間髪逃すまいと言う勢いで、一瞬前まで荷物を持っていた手に触れてきた。

 つなぎ直すと、それでも僕が伺い知る範囲では変化がない。

 どうしたもんかなぁ。でも昔道はいかないからなぁ、と思う。

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