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改札前の一件があったあと、僕は茗を連れて、山﨑と買い物をしたビルに戻った。
「ついてこいって、ここ?」
「そう」
「なんで?」
「いいから」
そのまま、茗をレディースフロアに連れて行く。
「ここって、さっきまでいたじゃん」
「いいんだって」
「……玲ちゃんのリサーチって甘いよね」
「準備なんかしてないんだから当たり前だろ」
「…まあそうか」
全く。いちいち突っ込んでくるな。いいから黙ってついてこいって。
「で?」
僕はその問いには答えずに、覚えていた店に茗を連れて入る。
「ん?あれ?こんなところ寄ってた?」
その店は、そこまでチープではないアクセサリーショップだった。茗の言う通り確かに寄ってはいないけれど、さっき山﨑と前を通った時に気づいたことがあったのだ。
「なに?のーのちゃんへのプレゼント追加するの?」
「なんでだよ。今日もう帽子あげてるんだし。これ以上あげても意味わかんないだろ?」
「誕生日近いとか?」
「知らない」
「は?」
「誕生日そもそも知らない」
「……本当に玲ちゃんは」
「仕方ないだろ?連続会話時間、今日が世界新記録なんだから」
「…へー。じゃあなんで?」
まったくうるさいやつだな。
「わり、茗、ちょっと店の外で待っててもらってもいい?」
「なんで?」
「いいから。何も聞くな。じゃなきゃ切り上げて帰るぞ」
「…わかった」
そんなに帰りたくないのか、と思ったけど、帰宅を取引材料にしたのは正解だったらしい。
店内をふらふらと物色しながら、しぶしぶ店を出て店前の通路の手すりに寄りかかってスマホをいじり始めた。
よし。
と思ったらスマホが鳴動する。
茗からのメッセージだ。
“なにしてんの”
“のーのちゃんへのプレゼントなら”
”私も一緒に探してあげるのに”
“それとも、まさか女装趣味!?”
“引くわー”
うるさいわ。少しは黙っておれんのか。
それ以降のメッセージはもう無視した。ポケットにスマホを収めたのは見えているはずだから、わかってるだろう。と思ったらその通りで、到底文章なんぞ打ち込んでいないだろう速度でスマホがブーブーと鳴る。スタンプ連打はもう本当に返事しない。
5分ほどして用を終えた僕は、手持ち無沙汰な茗の元に戻った。
「おかえり。何してたの。途中からメッセ無視だし」
「後ろ向け」
「ん?」
「言うこと聞かないと帰る」
「あひ」
変な声が出たようだったけど、スルーして大人しく僕に背を向ける茗。
今日は「帰る」が効果絶大だな。いい武器を手に入れたぜ。
「なに?この吹き抜けに、なにかあ…」
後ろを向いた瞬間に、僕は買ってきたネックレスを茗の首にかけた。
「……こ…こう…こういう、ことは!……のーのちゃんに…しなきゃ………いけない…やつ……」
涙声かよ全く。
「うるさい。大人しく聞くんだ。じゃなきゃ帰る」
すると僕から見えている茗の後頭部がうなづいたようだった。
「山﨑に今日のお礼はしたよ。これは、今日助けてくれた茗へのお礼。これぐらい、させてくれてもいいだろ」
「…もしかして…ここのお店のこと、知ってたの?」
「うん。さっき山﨑とここ通った時に、たまたま気づいただけだけどね。見たことある名前だと思ったんだ。全然思い出せなかったんだけど、さっき思い出した。茗、ここが載ってる雑誌の記事、よく見てるだろ。多分、ここのアクセサリーいくつか持ってるよな」
「……」
「今日はありがとう。山﨑にあった時、仕事だって起点効かせて嘘ついてくれなかったら、今日はこんなことにならなかった。ありがとう、茗」
「……」
「さって、帰るか」
「……」
無言の茗を暗に促すように、数歩歩き出す。
「茗?」
ついてきていないなと思って振り向くと、大粒の涙をボロボロと、恥も外聞もなく垂れ流している茗がいた。
「……またお前は」
「……ずるい。ズルすぎる」
「お?負けを認めるか?」
「完敗。本当に手も足も出ない。もう…なんなの」
後半は少しやけ気味だった。
「ほら。そんな顔でここに居続けたら恥ずかしいだろ。とりあえず出よ」
「……うん」
素直についてくる茗。
それきり無言のまま、駅まで戻ってきた。
「帰宅ルートでいい?」
こくり。
茗は相変わらず無言のままだ。
「じゃあ、いこっか」
改札を通っても、電車を待っている間も、そのまま無言。
電車に乗って少し揺れた時にネックレスが揺れて、それに触れたと思ったら、それきりそれに触れたままだ。自宅最寄りの駅までそのままだった。
地元の駅に到着して、改札を出た後に、声をかけてみる。
「夕飯、何がいい?」
「……」
こくり。
こいつ、実は話聞いてないな?
「…茗」
小声で問いかける。
「……」
返事はない。
「茗」
普通に問いかけてみる。
「……」
同じく。
「茗!」
ちょっとだけ語気を強めてみる。
「……ん?あ。ごめん。何?」
反応はあった。けれど、反応があった、というだけに等しいリアクションだ。
「どうしたんだよ。渋谷からずっと変だぞ?驚いているにしても、ちょっと長くね?」
「……うん」
調子が狂うとはまさにこのことだったけど、けれどそこを突っ込んでいつものテンションに持って行ける雰囲気ではない。
「…わかった。とりあえず、家に帰る、でいいよな?」
「………」
こくり。
思考が、まるで死んでいるようだ。
僕、なんか悪いことしたかな。
と思った瞬間。
半歩後ろをついてきていた茗が、手を繋いできた。
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