>Ⅺ
そのあとすぐにカフェを出て、妹との待ち合わせが駅の反対側だと言い訳をした上で、駅まで送っていく道中。
そのミッションを僕は遂行した。絶対にうまくいくわけはないと思いつつ、口に出してみる駄目元というのは、期待して口に出すより気が楽なものなのだなと思う。気に入られたいと思うと口調や発言内容がぎこちなくなったり、伝えられなかったり、より挙動が変になってしまうことがあるのは承知していたから、期待しないでみるというスタンスを久しぶりに繰り出したら、その方が僕の性にはあっているのかもれないと思った。
結果、まさかオーケイをもらえるとは思っていなかった。
改札で、
すると、背中に、ドス、と何かが当たる。おそらく拳。一瞬びっくりして体がこわばるが、誰がその打撃を繰り出してきたのかすぐに思い当たって、そのまま改札前から離れたところに移動する。
「ちょ、ちょっと、
なんなんだよその口調は。
「やっぱりお前か、
と振り返ると、朝一緒に出かけた時とは全く違う妹の姿があった。
「……何それ?」
「何って?」
「朝一緒に出かけた時と全然格好違うじゃんか。一瞬わかんなかった」
「でしょ?そうじゃなきゃこの格好に着替えた意味がないもん」
「……え。その服どうしたの」
「買った」
「帽子は?」
「買った」
「サングラスは?」
「これはもともとバッグに入ってた」
「髪は?」
「結いあげて帽子に隠してある」
「いくらかけたの」
「さぁ?もともと欲しかった服だし、まあいっかなーって」
「…はぁ。お前ってほんっとブラコンなのね」
「シスコンの玲ちゃんに言われたくないですー」
「……ったく。そこまでするか普通。自分の兄尾行するために」
呆れてものも言えないと言いたかったけれど、クレームは後から後から湧いてきそうだ。
「違うもん。玲ちゃんのほとんど初めてに近いデートをコーディーネトしてたんだもん」
なんでちょっと可愛い風味の味付けなんだその口調。さっきから安定してないぞ。
「……はぁ。まあいいや。話は帰りながらだな」
「もう帰るの?」
「どうせ見てたんだろう?山﨑ならもう帰ったよ」
もはやどうせすぐ近くで見ていたに違いないと思い言い放つ僕。
「それは知ってるけど、私とのデートは?」
…何言ってるんだこいつ。
そんなもの、最初から予定にないないだろよ。
「しないし、茗明日撮影だから早めに帰りたいって言ってたじゃん」
「それはそうだけど…」
「だろ?」
僕の記憶は正しかったけど、茗の表情はどこか納得していないというか、言いたいことを隠しているというか、腑に落ちていないというか、という、これらが混ざって混濁している。
僕は知っている。この顔をした時は、こちらはとりあえず抵抗しなければいけないが、こっちが茗の要望を飲まなければ彼女の収まりがつかない状況だろう。ならその要望をすんなり飲んでしまった方が話が早いのではないか、と思うけれど、無抵抗に受け入れてしまうと、茗のわがままは膨れ上がってしまうから、そこは窘める意味でも抑えなければいけないのだ。
「あ、じゃあ、ご飯食べてから帰ろうよ。最後のミッションの結果、ちゃんと聞いてあげるから」
ほらみろ妥協した。
「それもどうせ聞いてたんじゃないの?」
「ううん。流石に渋谷の街中じゃうるさくて聞こえなかった。真後ろでも何言ってるかわからないものなんだねー」
服の裾をいじり始めた。これは少しいじけている。
うーん。まあ、今日うまく行ったのも、ミッション成功も、まあ、茗のおかげによるところも大きいしな。と、奴の態度で懐柔されつつ、気になったことが一つ。
「…お前、まさか今日1日、その格好で僕たちの周りうろうろしてたのか?」
「目の前通っても気づかないんだもーん。超楽しくてテンション上がっちゃった。スパイみたいだった!」
何を楽しんでテンション上がっちゃってるんでしょうか?ストーカーと化した僕の実妹は。やっぱ却下かな。
「…はぁああああ」
「なによう」
「茗、何してんの本当に。そんなことしないで、自分の好きなことしてたらよかったじゃん。せっかくの休み。仕事じゃないのはすぐわかったしさ」
「だって!……だって…心配だったんだもん。せっかくの機会だったし。昨日の夜あんな話もしたから…」
それまでは目を見ていた茗が、目を伏せながらそう言った。これは、多分本心。普段言えないことを言う時、彼女は目を合わせない。
あーもう。これだから茗は。
「…それはありがとう。でもさ、ちょっとやりすぎ。もう少し自分のことも考えろ」
「…玲ちゃんに言われたくない」
「まあ、それはわかるけど。…比べちゃうと申し訳ないけどさ。多分まだ、山崎より茗のことの方が大事なんだから」
「……え?」
「当たり前だろ」
「…なんで」
「山﨑には、僕なんかより大事にしてくれる恋人とか彼氏は現れる可能性は十分あるだろ。認めたくはなくなってきてるけど。でも…」
「…うん」
「茗の家族は、父さんと母さんと僕しかいない」
「……それだけ?」
「茗の兄は僕しかいない」
「……ん」
「そして」
「ん?」
「ここまで、茗に救われていることをわかっていて、その恩返しをしたいと思っている人間も、僕以外にはいない、と思ってる。って言うか思いたい?かな。友達とかは知らないけど」
「……ずるい」
「そんなの、いままで散々手を差し伸べてくれた妹の茗が、そもそもずるいんだよ」
「うう……」
「お!?泣く!?泣いちゃう!?」
「……泣く」
ええ!?
その宣言にもびっくりしたけど、そのあとの一言に本格的に度肝を抜かれた。
「……あーもう大好きだ玲ちゃん絶対私結婚とかできないーーーーーーーーーー!!!!!!」
と、大声で宣言しながら抱きついてきた。
ちょっとやめろ。
ここは家ではない。世界でも片手のランクに入る利用者のいる渋谷駅のど真ん中だぞ!
「あー…もう……ごめんごめん」
「…ううー。もうだめだー」
「じゃあ帰ろうよ。夕飯は好きなもん作ってあげるからさ。そんな顔で、どこにもいけないだろ?」
「…う…ぐず…。で、でぇとは?」
「……諦めてないのね」
「ちょっと、ちょっとでいいから!」
正直、そんなに縋るみたいにねだる茗は、なかなか見た事がなかった。
「んー。わかった。じゃあ、ちょっと僕に付き合って」
「ん?ご飯じゃなくて?」
「いいから。ついてきて」
僕は今日の延長戦を設けることにした。これはもうしょうがないだろう。陰ながら努力していてくれたことには、確かに感謝してる。やり方に難はありだけど。
なんだかんだ、めんどくさいし、厄介だし、とんでもないし。
非常識な部分もある妹だけど。
茗のことが本当に大切なのは、きっと一生揺るがないんだろう。
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