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 帽子をプレゼントした後で、山﨑やまざきの方も用事は基本済んだと言うので、CDショップに向かうことになった。建物を出て、ほど近いビルの全体がCDやDVDなど音楽、映画関連の商品を扱っているショップに入った。

 エントランス前の巨大ビジョンで、茗の言っていた僕の好きなアイドルのミュージックビデオが流れていて一瞬、お、となるが、山﨑が一緒に居る手前流石に反応を表に出すのは憚られた、のだが。

「あ、新曲のMV流れてる」

「ん?ああ。この曲ね。って、え?」

「え?って?」

「いや、山﨑、好きなの?」

「あ……じ、実は、このCD欲しくて来たんだ。本当は渋谷に着いたら最初に済まそうと思っていたんだけど、ランチしたら忘れちゃって…あたしみたいなのがこう言う同性のアイドル好きなんて変だよね」

「え?嘘?好きなの?本当?一緒じゃん。僕も好きなんだ」

 口走った。

 ああー口走った。

 女子が同性のアイドル好きなのは全然減点にならないけど、こっちは立場が真逆だ。世に言われるオタクのことを嫌いだったらどうしよう、という思いが出てくるが、もう取り返しがつかない。

 一緒じゃんって何だよ恥ずかしすぎるだろ自分よ。

「え?遠藤くんも好きなの?本当に?」

「うん。もうだいぶ長いこと聴き続けてるよ。って、こんなん気持ち悪いよなぁ」

「ええ!?そんなことないよ!あたし、この子達好きな仲間いないから嬉しい!」

「まじかよ…」

「あ…だ、ダメだった?」

「いや、僕が思いっきり引かれると思ったから拍子抜けしたよ。実は同じCD買いに来たんだよ。この新譜をさ」

「本当に!?なら、行こうよ!多分まだ一階の棚にあるよね」

「だろうなぁ。今週だよね?発売」

「うん」

 まさかの奇跡だった。好きなものが一つでも一緒だったことにめちゃめちゃ舞い上がってしまう僕が居る。

「あ、山﨑どのバージョン買うの?」

「あたしはー…Bかな。好きな曲のMVが入ってるから」

「よし、被んなかった。僕A欲しかったんだよね」

「そうなの?」

「うん。好きなメンバーのソロ、MVもこのバージョンにしか入ってなくて」

「へー。あ、そっかそうだね」

「もし見たかったらお貸ししますよ」

「本当!?」

 という、思ったよりすごい食いつきで、やや面食らう僕。目が輝いている気がするぞ。どうやら相当好きらしい。

「あたしAかBで迷ってたんだ。もしよかったら…」

「うん。いいよ。今度学校持ってくよ」

「やったー!」

 このはしゃぎ様である。山﨑って、こんな風にテンション上がるんだなぁ。

「行こ行こ」

 と、今度は僕が手を引っ張られた。この動作って、相手のことが好きだとこんな感じなのか。ごめん山﨑。もう僕は耐えられないよ。触れられていることにどうにかなりそうだった。

 そのあとはお互い好きなバージョンをそれぞれ購入し、せっかくだからと色々とCDの棚を見ながら、音楽の趣味を話したりした。割と好きなジャンルや曲風が被っていて意外だった。こう言うことも、そこまで話したことはなかった、というか、そもそも1対1で話すことなんて、大学ではノート借りたり返したりするときぐらいだ。それ以外はだいたい他の友達もいるから、そこまで個人に突っ込んだ話をする機会がない。

 一通り終えて、もし時間があるのであればと確認しつつ、カフェで一休みしないかと提案する。ちょうど同じビルにカフェが併設されていたからだ。

「うん、そうしよっか」

 快諾。

 何だろう。なんか上手くいきすぎてて怖いんだけど。

 土曜日の夕方にしては空いていて、並ぶこともなく席に通された。それぞれにドリンクを注文して、一息つく。

「なんかごめんな。偶然会ったのに、こんなに長時間付き合ってもらっちゃって」

「そんな!全然だよう。こちらこそ、昨日思いついて渋谷に出て来たから、そもそも誰も誘えるタイミングじゃなくて。それなら一人でいいかなーっていう、本当にゆるい予定だったから、むしろ嬉しい偶然だっ…」

 そこで山﨑が突然フリーズした。

「…どした?」

「あ、ううん!ごめん。大丈夫」

「そう?」

 突っ込みたくもあったけど、それができるほど図々しくなれない僕である。

「うん。ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」

「疲れちゃった?」

「あ、ううん。大丈夫」

「そか」

「それより、遠藤くんも好きだったの知ってびっくりした。普段そんな感じ全然ないんだもん」

 と、先ほど購入したCDのアイドルの話だろう。

 そこに切り替えられると弱い。

 実は僕も、同じ趣味の友人というのはなかなかいない。みんなそれなりには知っているけど、僕は何ならもう5年を超えるファン歴の人間だったから、この手の話になるとだいたいみんな引いていく。これに関しては、オタク扱いされても仕方ない系の人間だ。

 そんな話に花が咲いておしゃべりをしていると、スマホが鳴動した。時刻は16時半を少し回ったところだった。

「ちょっとごめん」

「ううん」

 一言断って、めいからの着信に対応しながら、一度店内から廊下にでる。

「はいはい。今度は何」

『お揃い!お揃い!』

「うるさいなぁ、ったく。同じアーティストのCD買っただけじゃんか」

『それでもいいのです。好きの共有は大切ですよ諸君。だがしかしカフェ店内で相手を一人にするのはやめましょう』

「なら電話かけてくるんじゃねーよ」

『ふふふ。これは私の義務なので。で、何時頃まで渋谷いる?』

「いや、もう向こうも今日予定していた用は済んだみたいだし。流石に緊張しっぱなしで疲れていた……」

『あはははは。じゃあ、最後のミッションを伝える』

「そんなゲーム形式だったか?」

『次回の約束をしてこい』

「ああ!?無理に決まってんじゃねーか!何言ってんだ?バカなのか!?」

『デートをするのに、相手と一緒に居たいと言う動機以外は、不要です』

「そんなこと言われたって」

『一緒に居たくないのですか』

「……いやそんなことはないけど」

『控えめに言ったので減点ですが、それは後ほどペナルティを与えます。では、ミッション通達完了。のーのちゃんに絶対的な理由がある場合以外の理由でのミッション不達成は厳罰に処す。諸君の健闘に期待する。なおこの音声は自動的にしょうめ』

 ぶつっ。つーつーつー。

 言いたいことだけ言って切りやがった。掛け直してやろうかとも思ったが、これ以上山﨑を待たせるのも申し訳なかった。

 名残惜しいけどここ出たら帰路に着くか、と思う。実際僕は17時くらいには帰る予定だったし、レポートもやらないとまずいのが現実である。茗もこの辺にいるのだろうから、明日撮影のスケジュールが入っている人間を引き摺り回すわけにもいかない。

 言い訳は、まあ合流して帰るから、でいいか。

 あとはさっきのミッションだが…一つ、思い付いた。

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