>Ⅸ
山崎も色々と買い物をしに来たということだったので、ちょうどいいのかなと思ったのだ。自分が先に付き合ってもらったことも手伝ってのことである。
「あ、山崎、ここの階回ってみない?」
下りのエスカレーターに乗って階下へ降りている途中、自分より一段上、後ろに乗っている山﨑に提案してみる。
「え?いいの?」
「もちろん。おかげで僕はいい買い物させてもらったんだから」
「そっか。うん。なら、お言葉に甘えて」
そう言ってふんわりと優しく微笑んだ山﨑の顔が一瞬見えたけど、すぐに正面に向き直る。エスカレーターの終点が近いこともあたったけど、それ以上、直視していられなかった。
だーもう。可愛いなぁ本当に。
「おーし。まずは何が見たい?」
エスカレーターを降りて、フロアを見渡す。あまりチャラチャラした印象ではない、どちらかと言うと大人っぽいデザインのブランドが多い印象のフロアだった。
「こんな感じのお店でいいの?」
正直山﨑の服の趣味に関しては、普段大学で目にするスタイルをぼんやりイメージで捉えてるだけだ。詳しいブランドとか、どんな雰囲気が好きとかは聴いたことがない。
「うん。いい感じじゃないかなぁ」
「そっか。ならよかった。いってみるか」
「うん」
そう言って、一旦は当てもなく二人で軽く回り始めた。ウインドウショッピングってやつだ。
「そういえば山﨑、なんか今日の感じ、いつもと違わない?」
何となく気になっていた山﨑に対する違和感の正体が、このフロアに来てはっきりした。どちらかと言うと、今僕らがいるフロアのお店の雰囲気の方が普段大学で目にする山﨑らしい感じだが、今日の山崎は、そこと比べると少し感じが違ったのだ。ライダースジャケットなどを羽織っているのも新鮮だった。
「あ、うん。普段大学行くときとは少し変えてみたんだ。もともと今日は誰とも会う約束なかったから、たまにはこんなのもいいかなって」
「ふーん。そうなんだ」
「え?えっと、へ、変かな?」
「ん?」
実際、よく似合っていると思う。普段のストレートな女の子の感じも山﨑らしくはあるけど、これもこれで似合っている。こう言う時でないとお目にかかれない意外な一面、と言うやつだろうか。
そうは思っても、今の僕にそんな詳細に褒めた言葉を口から出すことなんてできるわけがない。
「いやいや!なんかいい感じにいつもよりラフで、ちょっと意外だけど、似合っていると思う」
「ほ、本当?」
「うん。いいじゃん。普段からそう言う格好もすればいいのに」
「そ、そうかな。なんか浮くかなーって思って」
「あー…まあ、確かに雰囲気が周りと違うからちょっと目立つかもね。でも、そんなの気にしなくていいじゃん?山﨑は山﨑なんだし。って、女子同士はそうもいかないのか」
女子グループっていうやつは面倒臭いのだよ!と以前茗から聞いたことがある。こちらにはわからない事情というやつだ。
「そうなんだよね。ちょっと面倒って言えばそうなんだけど、でも、遠藤くんがそう言ってくれるなら、今度ちょっとこれ系で行ってみようかな」
「お、おう」
何だろう。この発言に含みを感じるのは僕だけだろうか。
その後、あちこちお店を見ていると、気に入ったスカートを見つけたらしく、先ほどの僕同様、試着することにしたらしい。
「ちょっと待ってもらってもいい?」
「もちろん。終わったら声かけて」
「うん。ありがとう」
そう行って試着室に入って、すぐにカーテンが閉まった。
嫌な予感。
と思った瞬間にスマホが鳴動した。
「……やっぱりか」
ポケットからスマホを取り出すと、発信相手を画面が告げていた。
【茗】
一体どこから見ているのか。対応しないとおさまらないと思い、受話をして耳に当てると
『試着室!試着室!』
「わかったよ、やっぱりそうかよ。ってかどこから見てんだよ」
『細かいことは気にしなくていい』
「でも見られてるってことは、こっちからも見える所にいるんだろ」
『ところで玲ちゃん。今のスカート、のーのちゃんが気に入ったらもちろん買ってあげるんだよね?』
「いや、ないよ」
『はぁ!?』
「いやだって、いきなり買ってあげるって気持ち悪くない?それに山﨑の性格か考えたらすごく気にしそうだし。だったら、僕が決めた別のものとかならわかるけど」
『……むう』
「むう、じゃない。でも、そうだろ?」
『玲ちゃんにしては正論。わかったよもう。じゃあなんか見繕ってはあげるの?』
「一応な。今日のお礼みたいな感じであまり高くないものなら、そこまで引かれないでしょ」
『…むう。いつの間にそんな知恵を』
「はっはっは。どうだ」
『ふん。つまんないの。でもまあいいと思うよ。ただ、玲ちゃんのセンスは壊滅的だから気をつけてね』
「うるせぇ」
ぶつっ。
おい。せめて切るねとかなんか言おうよ。と思ったら、次の瞬間に試着室のカーテンが開かれた。
「お」
「お待たせしました。どうかな」
さすが僕のシャツを選んでくれただけのことはある、と関心した。何でこうも自分に似合う服を自分で選べるのか、さっぱりわからない。やっぱり茗の言う通り、僕のセンスは壊滅的らしい。
「いいじゃん!へー可愛いなぁ」
「え、あ、え、あの、本当!?」
「うん。似合ってると思うよ。さすがだなー」
「さすがって?」
「あ、いや、僕のシャツ選んでくれた時にも思ったんだけど、山﨑センスいいよね。多分」
「そ、そうかな」
「うん。まあ壊滅的な僕に言われてもあれだろうけど」
自虐で笑い話に持っていかないと、心が暴走しそうだった。緊張感がまた蘇ってくる。
可愛いとか、つい言い放ってしまったが、妹とこういった買い物に出かけると、臆面もなく普通の感想として口から素直に出てしまうのだ。ただ、その相手が山﨑であることを改めて認識した途端に、緊張と恥ずかしさが爆発的に膨らむ。
軽いやつだって思われたらどうしよう。
「そんなことないよー。でも、ありがとう。自分でも気に入ったから、これにしようかなって」
「いいと思う」
「ありがと。じゃ、じゃあ着替えちゃうね」
「うん」
「もうちょっとお待ちください」
「はいはーい」
山崎がそう告げるとまたカーテンが閉められた。
よく言えたもんだ。女の人との買い物は妹で慣れているとはいえ、自分で自分が信じられない。
「…ふう」
と、そこでスマホ鳴動。
「…またかよ」
『可愛い!可愛い!』
「だから!お前は本当にどこで聞いてんだよ!」
『それは家庭内機密だ。気にするな』
「いや怖いわ」
『よく褒めたね。ナイス玲ちゃん』
「へいへい」
『引き続き任務を遂行するように』
「はいはい」
ぶつっ。
ストーカーかよ。本当に怖いやつだわ。
「ごめん、遠藤くん。お待たせしました」
そしてこのタイミングでカーテンが開いた。その時間の読みも恐ろしい。我が妹よ、本当に何なんだ君は。
「いやいや。全然待ってないから大丈夫。買うの?」
「うん。そうする。行ってくるね」
「おう」
店の外で待つ旨を告げて、一旦距離を取る僕ら。
僕の立ち位置だと、レジをしている山﨑の後ろ姿が見えている。終わるタイミングを見計らおうとそれを見ていて、そこでふと我に帰る。
これ、デートなんじゃないのか?
と思った瞬間、さっきの可愛い発言の時よりもより強い緊張感がぐわっとアッパーみたいに心拍数を押し上げてきた。意識してしまうとこれだ。くそう。忘れろ。今だけその単語を忘れるんだ。
あ、そうか。だから茗のやつ…。
荒療治にも程が有る。リバウンドしたらどうしてくれるんだ。
「お待たせしました…どうしたの?難しい顔してるけど」
「…ん!?ああ、ごめんごめん。そんな顔してた?」
「ちょっとだけ…都合悪い?なんかあった?」
「いやいや!ちょっとだけ考え事をね。大丈夫だよ。ごめん」
「ううん。ならいいんだけど」
「うん。それより、いいの見つかってよかったじゃん!」
「うん。ありがとう」
「じゃあ行きますか?」
「そうだね」
と、また並んで歩き出すその瞬間。あるものが僕の目に飛び込んできた。
山崎が買い物をした店の数件隣に、帽子屋を発見した。
「あ、あれ…」
インスピレーションだった。
なんか、これを買うんだ!って誰かに言われたみたいだった。そして僕の頭の中の山崎にそれを装備させてみた所、ドンピシャなんじゃないかと思い、思わず隣の山崎の顔を見た。
「んー…」
「え、な、なに?遠藤くん?」
「んーと」
「うん…?」
「山崎、ちょっとこっち」
「え?!あ、うん!?」
と、自然と僕は山﨑の手をとって、その帽子屋に足早に向かう。
目の前まで辿り着いてそのと自分の手が取った山﨑の手を自然と離した瞬間に、漸く自分のしたことに気づいた。
「…あ!ごめん!」
「う、ううん。いいんだけど…どうしたの急に」
「あ、えっと」
本当はもう少しちゃんと謝りたかったけど、集中力を別の方向に向けないと心臓が壊れ頭が爆発しそうだったので話を変えてしまった。
「これ」
と、先ほど目に飛び込んできた帽子を手にとって、山﨑に勧めてみる。
「え、帽子?」
「あまり被らない?」
「いくつか持ってるよ。時々被るけど…」
「ちょっとこれ被ってみて」
「え、うん…」
そう言って、ゆっくりとそのベレー帽をかぶって、確認用の鏡を覗き込む。髪も少し直してから、僕の方に向き直った。
「どう、かな?」
「…うん。やっぱり似合うな」
「本当?このタイプ持ってないから、なんか新鮮だな」
「そうなの?」
「うん。キャップとかニットは持ってるけど、ベレー帽とかは持ってないなぁ。キャスケットとかも一個くらい」
「ふーん。じゃあ、これにしよう」
「ん?何を?」
事態が飲み込めていないらしい。そりゃあそうか。説明してなかった。
「あ、今日付き合ってくれたお礼になんかあげたいなーって思ってたら、今まさに見つけちゃった」
「…!?え!?い、いいよ!むしろ付き合ってもらってるのあたしなのに!」
予想通りに瞬間ですごく焦った様子の山﨑。こういうところも愛くるしく感じてしまう。何目線なんだろう、僕。
「いいからいいから。ここのフロア来た時からなんかないかなーって、思ってたんだ。で、帽子も被るってことでこれに決定で。じゃ、ちょっと買ってくる」
「え、遠藤くん!?」
商品を受け取って、そのままレジにむかう。
帽子をかぶった山﨑を直視したせいで心拍数が全く計測不能になっていて、行動がもう普段の僕じゃなくなっていた。正常な思考回路がまるで保てていない。行動の結果自体はおそらく僕の望むものになりそうなんだけど、やり方が強引すぎる。それじゃ山﨑困っちゃうよ。
「そんな、悪いよ」
「気にしない気にしない。僕がしたいことだし、似合ってるなら、尚いいじゃん」
「じゃ、じゃあ、あたしもなにか」
「んー…それはじゃぁ…また今度にしよう。今日は僕のターンで」
何だそれは。さらっと次回もあるみたいなフリしやがって。本当大丈夫か自分。水かぶってきた方がいいんじゃないのか。
「……本当に?」
返された疑問符は、なんかニュアンスが少し想像と違ったけど、その真意なんて、今の僕に測ることなんてできるわけがない。
「うん。気にしないで。本当い。ただのお礼ですし」
「…遠藤くんがそこまで言ってくれるなら。じゃあ、お言葉に甘えて、頂きます」
「よっし。被っていく?」
「…うん。そうする」
「オーケイ」
レジに差し出してすぐに使う旨を告げてタグをとってもらった。袋に入れることもないので、すぐに完了する。
そのままその店を出て、後ろをついてきた山﨑に通路端で向き直る。
「まだ帰るわけじゃないけど、今日はありがとう。おかげでいいもの見つかったし、楽しいしで本当にラッキーな偶然でした」
と言って、ラッピングもしていないその帽子を山﨑に手渡す。
「こ、こちらこそ。偶然でいきなりだったのに、付き合ってくれてありがとう」
側から見たらショッピングモールの通路で何やってんだって話なんだろうけど、そこまで気を使えなかった。もうプレゼントを購入したことは山﨑にバレているわけだし、すぐに渡した方が自然だと思ったのだ。
山﨑はそう言うと、まるで壊れものでも扱うかのようにその帽子を僕の手から受け取ってくれて、すぐに被った。帽子屋のショウケースに設置された鏡を覗き込んで、位置や髪を整えてから、僕を見る。
「ど、どうかな?」
「うん。ばっちし」
何だろうこれ。本当にそうなんじゃないのか。と、さっき記憶から消去したはずの言葉が想起されて、僕はまた緊張に包まれる。
まだCDショップ、行けてないのに、もう保たなくなってきた。
その瞬間にスマホがメッセージ着信を告げる。
時間の確認も含め、山﨑に一言断ってポケットから取り出すと、
0分前
ちゃんめい
"帽子!帽子!玲ちゃんにしてはセンスいいじゃん!よくやった!"
本当に、もう。
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