>Ⅷ

 正直信じられなかった。

 それは当然、彼女の意思を正確に捉えた上でどう、と言うことではなく、僕のフィルターを通して捉える、つまりは僕が知りうる彼女の性格や価値観、立ち振る舞い方を総合して見た、僕の中の彼女、遠藤玲えんどうれいが思う山﨑やまざき乃々希ののきの人物像から見て、僕は最低限嫌われてはいなくとも、特段好かれているなどということは万に一つにもないのではないか、というのが現在までの関係値を踏まえた上での、考察であり、自己評価だった。

 しかし。

 現実は小説より奇なり。小説は書いていないけれども、そんな自分勝手を半分詰め込んだような山﨑に対する印象が、少しずつぶれ始めた。

 それが、正解に近づくための補正、軌道修正なのか、それとも、僕のフィルターをさらにかけていき、厄介な人間が偶像を崇拝する時のように、圧倒的な歪みへとにじり寄っているのかは、今の僕にはまるで判断がつかない。経験も知恵もないことはもちろんのこと、それを判断できる精神状態に、今の僕は置かれていなかった。

 僕はある意味、現時点ですら僕のことを救ってくれている山﨑乃々希という女性に、衣服だけでも、その彼女の意思で触れられているのだ。自分が期待しないように保険を打つことだけで頭がぐるぐる回っている。けれど、その結論は出ない。

 ここで僕の気が触れても、絶対に誰にも責めさせやしない。それぐらいの、強烈な一手だった。

「…うん。邪魔じゃなければ」

 もうこれには反射で答える。

「邪魔なわけないじゃん!声かけたのだってこっちからなんだから」

 もうここから先は自分の、無駄に鍛えられた対人スキルでなんとか出来たかもしれない?くらいの記憶しかない。勿体無い。せっかく山崎とこんな風に休日を過ごしているというのに。

 結果的に店の奥に歩みを進めて、服を物色する。

 個人的にちょっと気になったシャツを手にとって、試着室に向かおうとすると、山﨑も一着選んでくれたらしく、それも受け取って、試着室に入った。

 その途端。

 スマホが着信を告げる。

「…やっぱりか」

 着信は茗からのものだった。

「…はい?」

『試着室!試着室!』

「うるせーな!ここで電話なんかしたら山﨑に聞こえんだろ!」

『それは玲ちゃんの配慮次第だから私は知らなーい。で、まさか自分が選んだやつ着るわけじゃないよね?のーのちゃんセレクトで決まりだよね?』

「どっから見てんだよ」

『そんなことはどうでもいいのよ。いいから、のーのちゃんセレクトきて、そっち買いなさいよ。じゃ、あまり時間かかってると不自然だから切るね。また後で』

「あ、ちょっと」

 ぶつっ。

 通話は終了した。

 やっぱり仕事なんて嘘じゃねぇかよお!明日撮影だって言ってて今日呼び出されるなんてことまあないもんなぁ!なんて女だ全く。

 と、悪態はつくけれども、結局山﨑の選んでくれたものの方が、なんとなく茗のセンスにも合っていそうだったので、先にそちらを着てみた。山﨑にみてもらうまでもなくこっちだな、とも思いつつも、彼女を呼んでみると、少し間があって返事が来た。

 カーテンを開けるとそこに山﨑は立っていた。どこか、居心地が悪そうな雰囲気がある。ごめん。

「…やっぱこれいいな。どう思う?」

「うん。やっぱり似合ってる」

 似合ってるってー!よっしゃー!

「んー……」

 あまりにも即断即決だと気を使った感じ出ちゃうかなぁ、と思いつつも、正直本気で気に入ってしまったため、結局即決することにした。

「これにしよ」

「え?他の試さなくていいの?」

 提案をくれるが、やはりそこはモデルの茗の言葉もある。

「いや、なんか妹に選んでもらってる時と似た感じがする。やっぱり僕センスないな」

 正直な感想を口にすると、山崎は視線をずらした。

「そ、そんなことないと思うけど…」

「そりゃどうも」

「あ、サイズ!サイズ大丈夫だった?」

「うん。ばっちしよ」

 そういえば。なんで知ってるんだろう僕の服のサイズ。って言っても、一般的なMか、Sなので、そう外すこともないか。

「よし。着替えるからもうちょい待ってて」

「うん」

 カーテンを閉めて、元の着てきた服に着替える。

 うん、だって。

 なんだろう、すげー幸せだな。

 そのあとは試着室を出て、自分の持ってきた方を返却した。そのままレジかと思ったところで、思い出す。

「あ、そのプレゼント、山﨑も買う?」

「うん。せっかくだし」

 各々レジを済ませようと並ぶと、山﨑の方が先に終了した。お店の前で待ってるね、と声をかけてもらい、自分も終えてから合流しようと思うも、これからどうしたらいいのかわからなくて混乱してきた。

 メッセージしてる暇もない。

 うーむ。どうしたものか、と思ったところで、いいことを思いついた。

『玲ちゃん、CD買わなくていいの?』

 そうだ。山﨑はよく一人でいる時や移動中にイヤフォンをしているのを知っている。正直山﨑の趣味も知らないので音楽を聴いているわけではないのかもしれないが、これならいけるんじゃないか?と思案する。そんなうちにレジは終わって、送り出された。

「いいの見つかったじゃん。良かったな」

「うん。ありがとう。遠藤くんが言ってくれなきゃ、やめてたかも」

 はー。そんなこと言わんといてください。

「それはこっちのセリフだよ。おかげで妹にボコられなくてすみそう」

「そっか、良かった」

 そんな感想を語り合いながら、僕はCDショップを提案することを考えながら、探るふりをする。

「山﨑、これからどうするの?」

「え?」

 どうやら、本当に一人で無計画な自由外出だったらしい。いいことだ。

「あー…あ!CD屋さん行きたいんだった」

 なに!渡りに船とはこのこと!ってことで食いつく僕。

「お!いいね。もうこの際、一緒してもいいか?多分妹終わるまで僕も渋谷にいなきゃなんだ。もう目的達成して暇なんだよね。もし邪魔じゃなかったら」

 暇っていうのはちょっと違ったと後悔する。一緒に居たいと思っているのは誰だ。暇つぶしみたいに言うんじゃない。対人スキルはどこに捨てた。

「邪魔なんてそんな!こちらこそ」

 急になんかよそよそしくなる山﨑。なんだろう。こんなにコロコロ表情の変わるタイプだったっけ。と思い、そもそも、そんなことすら知らなかったんだな、と自分にがっかりする。

「なんでそんなかしこまるんだよ」

 と、こちらがごまかした。なんか、そうせざるを得ない気がした。

「じゃ、じゃあ、行こっか」

「おう」

 山﨑の提案に乗る形で、第二ラウンドの開始だった。

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