エピローグ






   エピローグ







   ★☆★





 「葵音さん、早くっ!行きましょう!」

 「こら……あんまり走るな。まだ本調子じゃないんだからな。」

 「大丈夫です。上映始まってしまいますよ。」

 「わかったよ。ほら、手繋いで。」

 「はい!」



 いつもよりテンションが高い黒葉を見つめていると葵音も自然と笑顔になっていく。

 この日を楽しみにしていたのは、黒葉だけではなかった。





 黒葉は目覚めてから少しずつ体力を取り戻し、リハビリをしっかりと受けていたからか12月には退院する事が出来た。


 その後もあまり外には出ないように黒葉に言いながら、自宅でゆっくりと過ごしていた。と言っても家事は止めることなく、しっかりとやってくれていたところは、彼女らしかった。



 けれど葵音の言いつけを守って外出しなかった理由はしっかりとあった。そうでなければ、「買い出しに行く。」や「一緒にお散歩に行きたい。」などと甘えて来ただろう。




 その理由が、クリスマスイヴのデートだった。



 事故の日に行くはずだったプラネタリウムに行こうと誘うと、黒葉はとても喜んでくれた。海の星空は、季節的に寒いので難しいが、プラネタリウムならば室内だし座って見るものだから、そんなに疲れないだろうと思ったのだ。


 それまで外出を我慢すること、と伝えると、黒葉はプラネタリウムのために必死に我慢していたのだった。





 上映までの時間は展示をゆっくりと見て、もう少しでプラネタリウムの上映がはじまるのだ。

 椅子を倒して暗闇の中でドームの天井を見つめた。




 「葵音さん。私、ドキドキしてきました。」

 「きっと喜ぶと思う。見たこともない星空が見えるから。」

 「楽しみです!あ、暗くなりましたね。」

 「あぁ………始まるぞ。」



 暗くなると同時に、黒葉は葵音の手をギュッと掴んだ。それをやさしく包むよう握りしめると、暗闇の中でも黒葉が微笑んだのがわかった。



 星たちが写し出されると、「わぁー……。」と小さな声で歓声を上げて、黒葉はプラネタリウムに見いっていた。

 神話の話や正座の見つけ方など、いろいろな話を真剣に聞き、一つ一つの星達を見るように、黒葉はキョロキョロと星空を眺めていた。



 そんな彼女を見つめながら、葵音は嬉しくなりぼんやりと見える黒葉を何回も盗み見ていたのだった。






 「すごかったです!!とっても綺麗で、とっても感動しました。お星さまの話も神秘的で、もっと知りたいなりました。」

 「それはよかった。おまえ、子どもみたいにはしゃいでたな。」

 「はい………でもあんなに星を見られるなんてすごいです。やっぱり、私は星が好きみたいです。」




 興奮が冷めない様子の黒葉を、微笑みながら見つめる。そんなにも楽しんだならば、次の回の上映も見ようかと誘おうとした時だった。


 黒葉の目が、ぼーっとしているのに気づいた。



 「黒葉、どうした?」

 「あ……楽しかったんですけど、少しだけくらっとしてきました。………疲れてしまったのかもしれません。」

 「そうか。………とりあえず、ベンチに座ってろ。今、飲み物買ってくるから。」

 「すみません………。」



 シュンとしてしまった黒葉を慰めるように、優しく頭をポンポンと撫でると、急いで売店へと向かった。

 温かいお茶を買って後、隣のお土産屋が目に入った。

 あんなにもプラネタリウムを喜んでみていたのだ。彼女に何か買っていこうと、短い時間で選んで彼女の元へと戻った。



 遠くから見ても、彼女の顔色が悪いのがわかったので、葵音はすぐに車に戻ることにした。

 黒葉はとても悔しさそうだったけれど、疲れが酷いのか渋々帰ることを了承してくれた。



 車に乗ってすぐに、黒葉は葵音を方を見て、申し訳なさそうに謝罪をした。



 「ごめんなさい……せっかくのデートでいろいろ準備してくれたのに。全部ダメにしてしまいました。」

 「いいんだ。俺が遠出させたのが悪かったし。それに、黒葉にプラネタリウムだけは見せたかったんだ。我が儘に付き合ってくれて、ありがとう。」

 「そんな!………私の方こそここにこれて幸せでした。……けど、退院してから家事も全部こなせないし、出掛けることも出来なくて。葵音さんに迷惑ばっかりかけてて、ごめんなさい。」



 退院してからと言うもの、黒葉はいつもこうだった。

 自分は役に立ててない。心配ばかりかけている。葵音に申し訳ない。そんな事ばかりだった。



 葵音はそれを言われる度に、彼女が目覚めなかった日々を思い出した。

 あの頃の方が苦しかった。

 彼女が日常にいなかった時ほど、切ない気持ちになったのた。




 「黒葉。何回もいってるけど俺はおまえがこうやって隣に居てくれるだけで嬉しいんだ。笑ってくれて、手を繋いでくれて、一緒に歩けるのが幸せなんだ。………おまえもそう思ってくれてるんだろ?」

 「そうなんですけど………。」

 「はい。これ、黒葉に。」

 「え………ありがとうございます。これは?」

 「クリスマスプレゼント。」



 そう言うと、先程買ったプラネタリウムのお土産を渡した。

 話の途中だったからか、戸惑いながらも、黒葉は「ありがとうございます!」と笑顔でそれを受け取ってくれた。



 「あ、星の図鑑だ!それにプラネタリウムの映像もある。今日見たのですね。」

 「あぁ……面白かったんだろ?」

 「はい!………あ、まだ何か入ってますね。小さな箱が……。」



 袋の中にあった小さな箱を見つけて、黒葉は不思議そうにしながら、箱を開けた。



 「あ…………これって、葵音さんが作った………。」

 「あぁ、ピンキーリングだ。小さな星をつけてみたんだ。」

 「すごい………綺麗です!可愛いですっ!!………わぁーキラキラしてる。」



 黒葉は嬉しそうに、その指輪を見つめていた。葵音は少し恥ずかしそうにしながら、その指輪を取り、彼女の左の小指にピンキーリングをはめた。

 彼女にピッタリ合い、そして、星空から落ちてきたかのようにキラキラと光っていた。



 「黒葉は、星詠みの力で俺を守ってくれた。もうその力は使えないかもしれない。………けれど、その星がいつも見守ってくれてるはずだから………それに、次は俺が黒葉を守るから。」

 「………葵音さん…………。すごく嬉しいです。これなら、昼間でも星が見えますね」


 

 嬉しそうにそう言って微笑む彼女は、とても綺麗で葵音はドキリとしてしまう。

 そんな気持ちを落ち着かせながら、葵音は黒葉の左手を取り、そして小さく口付けを落とした。

 その場所は左手の薬指だった。


 「……え………。」

 「次は、ここに指輪をプレゼントするから。予約って事で。」


 突然の口付けに驚きながらも、キスの意味を理解したのか、顔を真っ赤にしながらも満面の笑みを浮かべてくれる。

 彼女も同じ思いだとわかり、葵音は安心してしまう。



 「…………はい!楽しみにしています。」



 嬉しすぎたのだろうか。気持ちが高まりすぎたのかもしれない。

 ぽろぽろと涙を流し始めた彼女の顔を、葵音は両手で包んだ。




 黒葉はずっと苦しみ、ずっと葵音を見続けてきてくれた。

 だから、次は自分が黒葉をしっかりと見守り幸せにしていこうと葵音は決めたのだ。



 けれど、どちらかが犠牲になる幸せではなくて、2人が笑っていられるように。

 それが大切なのだと、わかったのだ。




 「2人で幸せになろう。きっと、星が見てくれている。」

 「はい。………今、以上に幸せになりましょう。毎日幸せが続いてるんです。葵音さんとずっと一緒にいます。」

 「あぁ………愛してるよ、黒葉。」

 「私も、です。」



 沢山泣いた日々立ったかもしれない。

 悩んで、苦しんで、辛かった事もあった。


 けれど、それでも手放したいとは1度も思わなかった。

 それほど、特別で愛しくて、大切な人なのだ。


 星が認めてくれた、この運命に感謝をしながら、葵音と黒葉はゆっくりと唇を合わせた。



 星たちがいつもより輝いて見えたのは、きっと2人を祝福してくれたからだろう。


 そう思い、葵音は微笑んだのだった。








             (おしまい)

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新月の夜はあなたを探しに 蝶野ともえ @chounotomoe

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