第34話






   34話






   ☆★☆




 夢を見ていた。

 ずっとずっと葵音が事故にあう夢だった。

 黒葉がどんなに守ろうとしても、彼が大怪我をして倒れてしまうのだ。



 守りたいのに守れなかった。

 そう泣き崩れては、葵音と出会った頃に戻るのだ。まるでゲームの世界だと黒葉は思ってしまう。


 それでも、葵音に会えるのだ。幸せな時間も確かにある。それだけが黒葉にとって幸せな時間だった。



 時々妙に体が温かくなったり、誰かに呼ばれているような気がしたけれど、それでも葵音から離れるのが怖くて無視をしてしまった。



 そんな時だった。

 新月の日を見つめたときだった。

 また、星詠みの力を感じた。あの夢をまた見るのだろうか。そう思って、黒葉は怯えてしまっていた。



 けれど、それは違った。


 薄暗い部屋で、葵音が一人泣いていた。

 どうして泣いているのだろう。

 なんでそんなに大粒の涙をたくさん溢しながして泣いているのだろうか。



 黒葉は必死に手を伸ばして、泣き続ける葵音に近づいた。

 彼に触れそうになった時、今までいた場所を振り返った。葵音の家で暮らす穏やかで暖かい時間。そこにいれば幸せかもしれない。そう思った。


 けれど……目の前には泣いている彼がいるのだ。



 「泣いている葵音さんを放っておけないよ。私が抱きしめてあげないと。」



 暗闇の中の葵音に触れた瞬間。

 全てが真っ白になり、眩しさを感じて黒葉は目を瞑った。



 そして、ゆっくりと目を開ける。

 すると、飛び込んできたのは暗闇で光る星空だった。

 自分は今、星を見に来ていたのだっただろうか?


 朦朧とする意識の中、ただその光りを眺めていた。その内に、それが星ではないことに気づいた。

 どこかの部屋の天井とカーテンが見えた。このに光りで星が映し出されていたのだ。


 綺麗だなと見ていると、左手が温かいのに気づいた。けれど体は上手く動かない。

 黒葉は目線だけ動かすと、そこには愛しい人が自分の手を握ったまますやすやと寝ていた。

 椅子に座ったまま頭をベットにつけて寝ていた。



 葵音さんがいる。

 どうしてそんなところで寝ているのだろう?

 私はここで何をしているのだろうか。



 よくわならなかったけれど、彼に会うのがひどく懐かしいような気がした。

 彼の顔をもっと見たい。

 彼の優しい声で「黒葉。」と呼んで、頭を撫でて欲しい。


 そう思って手を伸ばそうとしても力が出ないので腕さえも動かせなかった。



 「あ……ぉ………ね………。」

 


 口を動かしても、あまり声が出ない。

 それでも気づいてほしくて、指だけに力を入れて彼の手を握りしめて、小さく息を吐いてから、もう一度彼を呼んだ。



 「あお、ねさ………ん。あおね………さぁ、ん。」



 それでも彼の眠りは深いのか、こちらを向いてくれない。

 そう思ったときだった。

 彼の瞼がピクリと動いた。



 「あぁ………、あぉねさん。」



 もう1度だけ彼を呼んだ。

 静寂が支配する夜の部屋で、すぐに消えてしまいそうな声だった。

 それでも、葵音に確かに届いたのだ。


 彼が、ハッとした顔でこちらを向いたのだ。



 彼の真っ黒で澄んだ瞳で見つめられ、黒葉はドキッとした。

 それはまるで、初めて彼に出会った時のように、とても緊張したし、嬉しい瞬間だった。


 やっと彼に会えた。

 やっとこちらを見てくれた。



 「黒葉…………おまえ、目が覚めたのか。」

 「あお、ねぇ………さん。」



 必死に言葉を紡ぐ黒葉を見つめて、彼は顔を歪ませた。

 あぁ、彼が泣いてしまう。

 そう思った瞬間。


 黒葉は葵音にギュッと抱きしめられていた。

 力強くも優しく、そして少し鉄っぽい安心する香りと、温かい体温。

 それを全身で感じる。


 そうすると、自分がどうなってしまっていたのか、不思議と少しずつわかってきたのだ。



 「黒葉………よかった。ずっとずっと待ってたんだ。」

 「あ………。」

 「いい。無理して話さなくていいから。」



 葵音は、体をゆっくりと離して、黒葉の顔を見つめた。

 すぐそこにある彼の瞳からは涙が溢れていた。けれど、それが嬉し涙だと黒葉はわかっていた。

 きっとずっと待っていてくれた。心配をかけたのだと、黒葉はわかり自分の瞳にも同じように涙が溜まっていくのがわかった。



 「おかえり、黒葉。」

 


 そういうと、葵音は優しく頭を撫でてから、黒葉の唇に小さくキスを落とした。



 あぁ、自分は彼の元に帰ってこれたんだ。

 ここが私の居場所で、帰ってくるところなんだ。



 それがわかると、黒葉はハラハラと泣いた。

 その後すぐに疲れが出てきてまた眠くなってしまう。




 けれど、もう怖くはなかった。

 起きても彼が居てくれる。

 目覚めれば、葵音との未来が待っているのだ。



 そう考えると、何も恐れるものなどなかった。



 目を閉じる瞬間に見えたのは、キラリと光る三日月と、彼の笑顔だった。



 きっと私は星と同じぐらいに月が好きになるはずだ。

 黒葉はそう思ったのだった。








 

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