女嫌いの床
女嫌いの床
「あっ」
私は声を張り上げた。長く広い廊下には、何十人、いや何百人だろうか。裸の婦人達が俯せになって横たわっていた。それは床一面を埋め尽くしており、足の踏み場もない程だった。長い髪が絡まりあって、肉体というよりは、なにか芸術作品を思い起こすような、「モノ」としての女がそこにいた。
「こう並んでいますと、何か …… オブジェのようですね」
「そう、オブジェです。芙蓉様、足元にお気を付けて下さいませ」
光は女性の胴体の上に乗って、私に手を差し伸べた。光の足元の女性はヒィー、と高い声で悲鳴を上げた。私は声に驚いて光の足元を見詰めた。女性の顔は能面によって隠されていた。
私は光の手を支えにして人床の上に乗った。私の革靴の下で、女性が声を上げた。
「気になさることはありませんよ、芙蓉様。この床は『女嫌いの床』と申しまして、女性嫌悪がある女や、女性同性愛者を蔑視する女、または男性に媚び諂う女達を集めています」
私は光のこの言葉を聞くと、ほっとして一歩進んだ。人床が高い音をたてながら軋んだ。
「では女性に服従するよう、再教育しているんですね」
「その通りです。さすが芙蓉様、飲み込みが早い。女性差別をする女は保守的で、差別主義者が多いのも事実です。権利というのは相互的なものですから、差別する者は差別されても仕方がないのです。そんな女達ですから、私達夢見女館では床として活用しているわけです」
「素晴らしいシステムですね。それにこの、踏むと音をたてるというのも、とても心地良いですわ」
「お褒め頂いて恐縮です」
多少のでこぼこはあるものの、人床で出来た廊下は決して歩き辛いものではなかった。足を滑らせるように歩いていると、女嫌いの女達の髪が、私の靴に海草のように絡まってしまうので、足をやや上に持ちあげながら歩かねばならなかった。雪を踏みしめるように、床を踏みしめながら歩くと軋み音はさらに大きく部屋に轟いた。人間の慣れというのは恐ろしいもので、部屋に入った当初は人に見えていたモノが、次第に正しく「床」のように思えてくるのだった。
「女嫌いの床」は一旦途切れ、再び私達は大きな扉の前に立った。若草色のロングドレスを着た少女達が、扉を開けてくれた。私は夢見女館に働く女性で、このように明るい色の服を着た者達は見た事がなかった。夢見女館で働いている素晴らしい女性達の新人研修の館なのだろうか、それともこの館専従の者達なのだろうか、と私は考えた。
「芙蓉ちゃん、今回から貴女も参加するのね」
扉の向こうから、大きな声が響いてきた。このような高く、腹に響くソプラノ声を出せる女はそういるものじゃない、と思いながら、私は夢見女館で知り合った知人・スミレの姿を探した。部屋を見渡した私の目に飛び込んで来たのは、物語で読んだような …… 異様に思える空間だった。そう、私は自分の目で見る今まで、このような空間を自分が異様に感じるだなど、思ってもいなかったのだ。
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