白人椅子

 白人椅子


古い建築様式で建てられた館の天井は高く、中に入ると落着かない程だった。

背徳的ともいえる行為(なんて古い言葉!しかし私は大広間で繰り広げられている行為をこう感じたのだ。…… そんな風に感じる自分が恥ずかしい)を人々が行なうこの部屋の造りも、同じような設計をされていた。長方形の部屋の天井には、二つの大きなシャンデリアが吊るされていて、幾つもに乱反射した輝きが、部屋の隅々まで明るく照らしていた。

淑女達はその明かりの下、スーツやワンピースなどの正装(一九九〇年代の女性の正装はこれだと私は思う)を身に纏い、楽しそうに談話していた。ただ、その椅子や机などの全ての家具類を、下着と能面を付けた人が演じていた。人床を通り過ぎてきた私だが、人が家具を演じるこの光景には衝撃を覚えた。だが意外にも大広間には、人床の廊下と違い、明るさや和やかさがあった。

「よく来たわねぇ、芙蓉ちゃん、さぁさ、こちらへいらっしゃいよ」

スミレは二人の女の上に乗り、揺られながら私の方へ来た。スミレを運ぶ白人女性達の体躯は、二百キログラム近いスミレの体が小さく見える程、大きなものであった。白人女性達の肩に金具の取っ手が取り付けてあり、その四角い取っ手を持つことによってバランスが取れるようになっていた。私はデパートの屋上にある遊技場の、電動式で歩き回るパンダの乗り物を思い出した。スミレは女達の上に横乗りになって、優雅に揺られていた。

「人間椅子は座り心地が抜群なのよね。芙蓉ちゃんの椅子はどれがいいかしら?」

スミレは私にではなく、横に立つ光に語り掛けた。「椅子」とは、この椅子の演技に没頭する人達の事なのだろうか。光とスミレに連れられて隣の小部屋に行くと、色々な人種の、能面を付けた男性達が、サイズ順に正座していた。女性は奥の方に少しだけいたが、能面を付けているものの、下を向いて蹲った男性の背や、胡座をかく男性の足の上に座って、談笑していた。同じ能面を付けた女性であっても、女嫌いの床に並ぶ女性達とは、待遇の違いがあるようだ。

「芙蓉様にはこのくらいが丁度良いのではないでしょうか」

光が二人の白人系の男達の頭をポンっと叩くと、男達はすっくと立ち上がった。金髪に包まれた能面は、私には見慣れない光景だった。

「椅子になりなさい」

男達は光に命じられるままに、跪き、犬のような格好をした。

「芙蓉様、座ってみて下さい」

光に言われるまま、男達の上に横乗りに座ってみた。人の体にこんなふうに触れるのなんて体育の時間以来だわ、と私は思った。しかし体育の時間に行なわれる「人間飛び箱」は、膝を手で支えて俯くもので、今、彼等が行なっている行動とは全く違った。どちらかというと子供の遊戯(親が馬になって子供を背に乗せる)に似ているが、私はその遊びをしてもらった記憶が無かった。

「丁度良い高さみたいですね。じゃあこれにしましょう」

光は満足そうに言った。確かに座る時の高さといい、座り心地といい満足を覚えるものだったので、私は、ええ、これにするわ、と光に言った。私が彼等から一旦降りると、光は壁に掛けてあった革製の服のようなものを彼等に着けた。二人の胴体は、繋がった黒い革服によって結ばれた。光はさらに鞭を彼等の肛門(どうやら黒い下着の肛門部分に、鞭が装着できるように加工が施されているらしい)に挿入した。彼等は手足が白く、胴と尾が黒い、馬のような姿になった。

「芙蓉ちゃん専用の椅子よ。名前を付けてあげたら?」

スミレの提案にも答えず、私は暫くの間、馬のような格好になった白人男性達を見続けた。

「そうね……安直だけど、たんぽぽとひまわりにしようかしら。左側がたんぽぽ」

私は彼等の上に座り、左側の男の頭をポンっと叩いた。

「右側のちょっと日焼けしている方がひまわり」

私は右側の男の頭を軽く叩いた。そして、私は芙蓉、宜しくね、と彼等に声を掛けた。彼等は右手でこんこんっと床を叩いた。これがきっと彼等流の返事なのだろう。

「椅子が決まった所で、大広間の方へ行きましょう。皆、芙蓉ちゃんが来ることを楽しみにしているのよ」

スミレは手を大きく振り上げて、自分の後を付いて来るよう、私達に指示した。

「動きますから、取っ手に掴まって、奥の方へ座って下さい」

たんぽぽが私に話し掛けた。私はひまわりの肩に付いている取っ手を握って、深めに腰掛けた。右側から乗っていたので、私の体の殆どはひまわりの上に乗っていた。

彼等の動きは訓練されていて、手足を揃えて上手に移動するので、思ったより揺れは少なかった。


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