キリスト教と同性愛
キリスト教と同性愛
「あら、芙蓉ちゃんもクリスチャンなんだ。結構、キリスト教徒って多いのね。私も日曜学校には行っていたのよ」
「スミレちゃんは、今は行っていないの?」
「ええ、だって中学に入ってからは、部活動が忙しくって。芙蓉ちゃんは今も行っているの?」
「ええ、行っているわ。大人になってもキリスト教と触れていると色々考えさせられるわ。例えば女性同性愛者の中にキリスト教信仰者が多いのは何故か、とかね。
日本の男性は『男色』って言葉があるように、同性愛を歴史的に認識する事が出来るのよ。それに現代的感性から言っても、性に能動的になる事は『男らしい』といわれるでしょ。だから男性同性愛に向かう能動的な行為にはどこか『男らしさ』があるということになる …… いわば逃げ道が作れるわけなのよ。
でもね、女性同性愛者っていうのは、男性と根本的に違うのよ。
日本に女性同性愛は制度的に無いし、『女らしい』という言葉には、受動的であれ、みたいな意味合いが含まれるでしょ、能動的に性欲を求めるのは汚らわしい、みたいな。だから女性同性愛者である、という自己認識には、能動的に人を愛する女性である自分、能動的に人を性的に欲する女性である自分、っていうのを受け入れなければならないのよ。でも物語的にも制度的にも女性同性愛者は少ないし、女性が読む物語、たとえば少女小説や少女マンガやドラマなんかには、女性が女性を愛する物語が圧倒的に少ないわ。そこで日本の女性は宝塚的勘違いをするわけよ、例えば『女を愛する自分は男なのではないだろうか』とか、『あの人が男性的だから、女性である自分は愛してしまうのだろう』とかね。だけど子供の頃に聖書に触れた女性は、結構そうならないで、女性のまま女性を愛する『レスビアン』になったりするわけ」
スミレはワインを飲みながら、私の話を聞いていた。周りのテーブルを見渡すと、私のグループではカクテル『夢見女館』を残している人はいなかった。カクテル『夢見女館』はお店では御代りすることが出来なかったが、ここでも一人一杯と決まっているようだ。私は少し残念に思った。カクテル『夢見女館』は、私が飲んだ物の中で、一番口に合う美味しい飲み物だった。
光が生ハムとチーズを乗せたクラッカーをつまみながら、私に話し掛けた。
「やはりそれは聖書が同性愛を禁じているからでしょうか。…… そういえば私は同性愛の存在自体を疑った事など無かったわ」
「そうなのよ、光さん、そこがポイントなのよね。キリスト教に接していない日本人女性は、同性愛の存在を知らないのよ。クリスチャンは禁止される存在としての同性愛を知っているから同性愛者になり易いの。おなべのようなトランスジェンダーではなくって」
私が一息つくとスミレがキャビアをつまみながら言った。
「確かにそりゃそうだわ。禁止されていようがいまいが、概念として同性を愛する行為を知っているかいないかで、大きく違うわね。人間って知らない概念を簡単に理解出来る程、頭良くないもの」
「そぉーなのよ、だからアニメの『少女革命ウテナ』は素晴らしいのよぉ」
そう言った女性に手を向けながら、光が「そちらの方は乙姫様です」と紹介してくれた。乙姫は私に向かって「乙姫です、宜しく」と言った。確かこの人は、さっき私が光にエスコートされた事をやっかんだ人よね、と私は思った。
「ねぇ、芙蓉さんは見ました? テレビで放映されていた『少女革命ウテナ』」
「ええ、もちろんです、乙姫さん。一九九〇年代の日本のレスビアンストーリィを語る時には、欠かせませんものね」
私はその時、彼女が『少女革命ウテナ』に出てくるとキャラクター・樹璃と同じ格好をしている事に気付いた。乙姫は今流行りのコスプレーヤーだった。彼女は衣装作りも上手く、足を組みながら椅子に座る格好といい、毅然とした態度といい、樹璃の雰囲気そのものを醸し出していた。
「そうなのよぉー、嬉しいわ。見ていない方に説明しますねぇ。『少女革命ウテナ』は姫宮アンシーって女の子が、天上ウテナっていう男装している女の子に …… ウテナは一人称をボクっていう子なんですけどねぇー …… 出会って、色々あって、家族から独立した女性として旅立つっていう、とても現代的なお話なのよぉー。物語が現代に追いついたって風の物語で、その中に本格的に表現されたレスビアンが出てくるのです! これがまた、愛した人がたまたま女の子だったんですぅ、みたいな少女漫画にありがちな、逃げ入っている娘じゃなくって、男性向けエロ本に出てくるような男に媚び々々キャラでもなくって、正真正銘レスビアンってキャラがなのよ。私みたいなパンツルックの凛々しい女性なのよ、主人公のウテナみたいに王子様になりたいから男の格好してまーす、みたいな勘違いヤロウじゃなくって、ちゃんと自己認識が女性で、女性が好きっていうレスビアンなわけ。もーこれが夕方のテレビアニメ番組かぁー? って思っちゃう程、凄い番組でさぁー。あれが放映された前と後じゃ、日本のレスビアンって違っちゃうだろうねぇー」
横になっていたスミレが、ちょっと上体を起こし、ワインを入れたグラスをくるくると揺らした。スミレが話に興奮している証拠ね、と私は思った。スミレはワインにちょっと口を付けてから言った。
「そうそう。あれには驚いたわね。孤独なレスビアン達にとって、とても勇気付けられた作品だとおもうわ、私。子供の時に『少女革命ウテナ』を見ていたら、人生変わっていたわね」
「『ウテナ』が子供の頃に放映されていたら、自分が男かもなんて勘違いすることも、自殺しようなんて思いつめる必要もなかったわけよぉー、私達レスビアンはさぁ。
九十年代に入ってから、女性誌にも社会人としてパンツスーツを着た女性がグラビアに増えたけど、それまではパンツスーツを着た女性の写真が殆ど無くって、ブティック店頭でもパンツスーツって捜すのが大変だったのよねぇー。そんな中ではさぁー、概念としてパンツスーツを着る女性像が無かったからこそ、パンツ好きな女性はそれまで自分の事を男かもしれないと勘違いする事が多かったわけだけどぉー、いいのよ別に、女のままでパンツスーツを着ていればぁー。
ガーンと経済力を持って、男に扶養されないで生きていける女だったら、別に男の目を気にしたりとか、結婚願望を持っていて男の子の好みの女性像風に着飾ったりする必要 …… まぁ、いつでもお客さんに買われるように綺麗に着飾っている規格内の野菜みたいなもんよね …… なんてなくって、自分が好みの格好をして、自分が好きな相手を選べばいいんだものぉー。でもってカッコイイ女になって女のパートナーを選ぶわけよぉ! くぅっ、樹璃ってカッコ良すぎ!」
樹璃に似た格好をしながら、乙姫の話し方は樹璃にほど遠かった。その乙姫がアニメキャラクターの樹璃を賛美する姿はなんとも面白く、私は声を出して笑った。
「でも、もうちょっと樹璃に似せて話したらいかが? 乙姫さん」
「芙蓉さんもそう思いますよね? さっきまで私が樹璃の真似して話していたら、スミレさまに普通に話せって注意されたんですよぉー。なんとか言ってやってくださいよ。このオンナに」
乙姫が口をへの字に曲げて、スミレの方を見た。スミレは再び横になりながら、乙姫に言い返した。
「別に私は命令してないわよ」
「あなたの存在自体が命令口調なんですぅ」
乙姫は唇をちょっと尖らせて言った。私は夢見女館で乙姫に会った事は無かったが、スミレと仲良しなんだなぁ、と二人の会話を聞きながら思った。
スミレは乙姫の抗議を無視し、クラッカーにナッツ入りチーズを乗せながら、私に言った。
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