夢見女館(1998/04/08)

藤間紫苑

新宿御苑には……。


夢見女館


― 新宿御苑の桜の樹の下に、夢見女館はあるのよ ……。

定年退職した課長が私に教えてくれたマル秘スポットの名前は『夢見女館』といった。客層を女性オンリーと定めたその古い煉瓦造りの店は、仕事に疲れた私の体を優しく癒してくれた。私は夢見女館で初めて、女性だけしかいない空間の快楽というものを知った。

夢見女館で出会った知人は、「泊り込みのパーティに参加してこそ、真の夢見女館の会員である」と、私に何度も自慢していた。しかし彼女の口から、パーティの内容について聞くことは出来なかった。招待され、参加した者だけがパーティの全貌を知る事が出来るらしいのだ。

夢見女館に通うようになって数年経ったある日、私は夢見女館の泊り込みパーティのゲストとして呼ばれた。会費は十五万(年齢の半分、というのが目安らしい)と少々高かったが、噂高い泊り込みパーティに呼ばれた事に誇りを感じた私は、どうにかお金を工面した。

「ようこそおいで下さいました。芙蓉様」

「サチさん。パーティに呼んでくださって、光栄です」

新宿御苑の門をくぐると、夢見女館の女主人・サチと、百三十センチメートル程の体に赤紫色の燕尾服を纏ったバーテンダーが出迎えてくれた。

「今日は場所がいつもと少々違いますので、光が案内いたします」

バーテンダーは光という名前らしかった。私は密かに憧れていたバーテンダーと並んで歩くことに興奮を覚えた。しかしこういう時に限って、私はあがってしまうのだ。気のきいた言葉がなかなか出てこない自分を、私は恨めしく思った。

私は光に案内されながら、新宿御苑の奥の方へと進んで行った。門を入って十分程歩くと、桜並木の道があり、それをさらに進むと、桜の樹に囲まれた白い洋館が建っていた。古い煉瓦造りの小じんまりとした夢見女館に比べ、数倍大きな建物だった。

「へぇ、こんな建物が御苑にあったのねぇ」

「ええ、奥の方にあるのであまり気付かれない方が多いようです」

入口には、金色のプレートが嵌め込まれており、『夢見女館』と彫られていた。夢見女館という建物は幾つもあるのだろう、と私は思った。煉瓦造りの建物も、私にとっては立派な『館』であったが、この白い洋館は、まさに『館』という言葉に相応しい建物であった。光の後に続いて、建物に入ると、真紅の絨毯が私達を迎えてくれた。高すぎる天井を見上げながら、私は大きな溜め息を吐いた。日本人には慣れない造りの建物だった。

私達は入ってすぐの大広間を通り抜け、奥の、高い扉の方へ向かった。大広間には家具などが何も置いていなかったので、パーティ会場というよりは、博物館を思い起こさせた。いや、博物館でさえ、もっとなにか調度品が置いてあることだろう。

扉は若草色のロングドレスを着た少女達が開けてくれた。

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