7「ムーの戦士と続くわたしたち」
ピピピピ、ピピピピピッピピピピーピピー!
「う……ふわぁぁぁぁぁぁ…………ん?」
ベッドから起き上がり、わたしは目覚まし時計を止める。
辺りを見渡す。見慣れた天井、愛用の机とベッド。壁に掛けられたいつもの制服。
念のため布団をめくって自分の美脚を確認。机の上の手鏡で顔も確認。
うん、間違いない。わたしの部屋、いつものわたし。
わたしは――木ノ内星見だ。
「なんだ、やっぱりわたしいるんじゃん」
*
「木ノ内さん、おはようございます」
「星見、おはよ」
「深矢ちゃん未刀ちゃん! おはよー!」
いつものように登校すると、昇降口で二人とばったり会った。
朝に会うのは初めてかも。
「未刀ちゃんたちいつも二人で来るの?」
「たまによ。別々なことが多いわ」
「だいたい未刀姉さんが先に飛び出していきますね」
「今日はちょっと寝坊したし、たまには一緒に行こうってなったの」
「へ~、そうなんだ。なんからしいなぁ」
仲のいい双子の姉妹だけど、べったりではない感じ。
なんとなく、らしいと思ってしまう。
「俺にはなんか言うことねーのかよ、木ノ内」
「あ、レイチくんいたんだ。おはよ」
足下にいて気付かなかった。今日も今日とて彼は姉妹に踏まれていた。
わたしが挨拶するとようやく解放されてふよふよと浮かび上がる。
「はよーっす。もうちょっと踏まれていたかったな」
そして相変わらず変態だ。
「そういえば木ノ内さん、稲井さんからのメールを見ましたか?」
「見た見た! クラスメイトの子と友だちになれたってね。写真もあった!」
「本当に、よかったです」
「だよねー。今度はその友だちも一緒に会いたいな」
「そうですね。……家出のほとぼりが冷めたら」
「しばらく勝手な外出は禁止されたんだっけ。まぁしょうがないねー」
ご両親、相当心配しただろうからなぁ。
当分は大人しくしないとね、恋瑠ちゃん。
「ねぇ星見。そろそろアレなんとかならない?」
「アレ?」
未刀ちゃんの問いに首を傾げると、未刀ちゃんがスッとわたしの後ろを指さす。
「あっ……見付かって……」
「明伊子ちゃん! なんでそんなとこでこっそり見てるの?」
下駄箱に隠れてチラチラ様子を窺っていた明伊子ちゃん。
なんでっていうか、そうか。未刀ちゃんか。
「もー、明伊子ちゃんこっち来てよ。大丈夫だから」
「困ったわね。答えは待つからゆっくり考えてって言ったのに」
「うぅぅ、すみません。まだ答えを出せないことが、申し訳なくて」
とぼとぼとわたしたちの方に近寄ってくる明伊子ちゃん。
明伊子ちゃんは未刀ちゃんたちの助手にならないか誘われていて、迷っている最中だ。
なかなか決められなくて、未刀ちゃんに顔を合わせにくいらしい。
そんなの気にしなくていいのになぁ。ていうか……。
「明伊子ちゃんが決めることだから、わたしが意見するの迷ってたけど。助手、やってみたら?」
「えっ……で、でも」
「未刀ちゃんが向いてるっていうんだから向いてるんだよ。なんていうかさー、わたしもだけど、もう引き返せないとこにいると思うんだ」
そう言うと、深矢ちゃんがゆっくり頷く。
「……そうですね。二人とも、天灯家のことはもちろん、超常的な力のことを知り過ぎました」
「深矢ちゃんもやっぱりそう思う? ま、だからさー、助手になってそういうの詳しくなっておいた方がいいんじゃないかなって。ていうかわたしも教わりたいくらい」
あ、結局意見しちゃったな。でもこれがわたしの本音だし。いいよね?
明伊子ちゃんはわたしの話を聞いて、しばらく黙っていたけど……。
「……もう少しだけ、考えさせてください」
「いいわ。さっきも言ったけど、ゆっくり考えて」
答えはまだ保留だけど、明伊子ちゃんの顔から迷いが消えた。
よかった。もう少しで、答えだせそうだね。
「さあ、そろそろ教室に行きましょう」
「そうだねー。まだ遅刻する時間じゃないけど、これ以上話し込むとヤバイ」
みんなとならいつまででも話せちゃうから。
それで本当に遅刻したら笑えない。いや、爆笑するかな。
「あ……星見ちゃん」
靴を履き替えて教室に向かおうとしたところで、明伊子ちゃんに呼び止められる。
「今日も、病院……行くの?」
「うん。なんかさー、おばさんにも是非来てくれって言われちゃって」
「そうなんだ……。でも、目が覚めてよかったね。海中さん」
「……うん。本当にね」
*
こっちの世界でも、わたしは明伊子ちゃんの不運を解決して友だちになって、岩室先輩の失恋のゴタゴタに巻き込まれつつ未刀ちゃんと出会って、幽霊のレイチくんと夕香ちゃんの別れを見届けて、深矢ちゃんとも出会って、一緒に恋瑠ちゃんの家出事件を解決した。
わたしたちの関係は、あの夢の世界とほとんど同じだ。
じゃあ、ねるちゃんはというと……。
「本当に、ありがとうね星見ちゃん。ねる子が目を覚ましたのはあなたのおかげよ!」
「い、いえいえ、あはは……」
「も~お母さん、いい加減にしてよ~。毎日それ言ってるよ? セイちゃん困ってるでしょ~」
放課後、ねるちゃんが入院している病院に来たわたしは、早速おばさんに強く手を握られ何度も頭をさげられた。
さすがにこれは……ねるちゃんの言う通り。もういいですよ?
でもおばさんにとってはまだまだ全然足りないみたいで、
「あんたね、星見ちゃんはあなたの恩人なのよ? あなたこそもっとお礼を言いなさい!」
「そりゃそうかもしれないけど~。ワタシも事故の被害者なんだけどな~」
「ねるちゃん、ほんと大変だったよね。あの入学式の日」
「家にトラックが突っ込んできたんだよ? ワタシもうわけわかんなかったよ~」
「うん……」
そう、高校の入学式。あの日わたしと一緒に帰ったねるちゃんは、家に入ってすぐに――家にトラックが突っ込んでくる事故に遭った。しかもそのトラックが爆発して周囲の家にも広がる大火事に発展した。
ねるちゃんはトラックが突っ込んできた時点で頭を打って気絶。でも爆発が起きる前に運転手と一緒に救出され、火事には巻き込まれずに済んだ。
ほぼ無傷だったねるちゃんだけど、その後目を覚ます気配がなく……。3週間も眠り続けていた。
「まったく、星見ちゃんのあんな言葉で起きるんだから。あなたいつからそんな食いしん坊になったの?」
「だ、だからそれは~。内容関係無いってば~」
そう。先日お見舞いに来たわたしは、ねるちゃんの枕元で叫んだのだ。
『ねるちゃん! ごはんだよ!! おっきろぉぉぉぉ!』
って。それで目を覚ましたもんだから大騒ぎ。
きっとこの病院でいつまでも語り継がれるエピソードになっただろう。
いやこれわたしも恥ずかしいやつだよね?
なにやらかしてるのわたし……。
ゆっくりしていってね、と言い残しておばさんが出て行くと、ねるちゃんがぽつりと零す。
「セイちゃん。ワタシ長い夢を見てた。ぜんぜん覚えてないんだけどね」
「うん」
「でも夢の中に、セイちゃんが出てきた気がするんだ。だから……なんだろう。ありがとう、セイちゃん」
「うん……」
*
病院を出て、わたしは一人歩く。
「はぁ。ありがとう、かぁ」
この世界。明伊子ちゃんも、未刀ちゃんも深矢ちゃんも、レイチくんも。
そしてねるちゃんでさえ、あの夢の世界のことを知らない。
それが当たり前なんだけどね。でも……わたしにはその時の記憶がある。
こっちでの記憶もある。記憶が二重になってる、すごーく変な感じ。
「これ……わたしだけなのかな?」
「星見。海中ねる子の様子に変わりはなかったか?」
「名前で呼ばないで。って夢羽くん! もーどこ行ってたの?」
もちろんこの世界にも、夢羽千示、ムーの戦士がいる。
でもあの――境目っていうのかな。夢の世界から、わたしがこっちに来た日から、夢羽くんはどこかに行ってしまい話ができなかった。
あの世界の記憶があるのは、わたしだけ? それとも――。
「すまない。星見がこの世界に来たことによる影響がないかどうか、調べていたのだ」
「え……夢羽くん、もしかして夢の世界の記憶あるの?」
「当然だろう。君こそ忘れたのか? どうやってこの世界に来たのか」
「いやそんなのわたし知らないけど。夢羽くんなにかしたの?」
「む。そうか、説明が足らなかったか」
「してもらってないよね?」
「現実と夢の狭間にある巨大な門の前で、君は海中ねる子を目覚めさせた。扉が開き、現実の世界にねる子が帰り、夢の世界が崩壊する。その時に僕はムーの戦士のすべての力を使い、現実世界の夢羽千示とのリンクを試みたのだ」
「こ、こっちの世界の夢羽くん?」
「現実世界の僕は、夢の世界の僕の上位の上位に当たる存在だ。繋がる可能性は低かったが――いわゆる、死ぬ気がやれば不可能はないのだな。夢の世界の僕が消滅する瞬間に改造霊子は次元を越え、繋がった。その一瞬ですべての情報を送り、君を導いたのだ」
「は、はぁ……。えっとつまり、夢羽くんが命がけでわたしを送り届けてくれたってこと?」
「そういうことだな」
「やっぱりそんな話聞いてないんだけど!? 説明足りないどころの話じゃないじゃん!」
「いや、僕は確かに言ったぞ。――ムーの戦士はキミのためになんでもする。僕を信じろと」
「っ……言ったし信じてたけどさ!」
その一言にすべてを込めたって?
もう、そんなのわかるわけないでしょ。まったく。
「だが君がここに来た後のことはまったく予測がつかなかったのだ。存在しなかった者が存在したことになる。いったいどんな影響が出るのか――」
「ど、どうだったの? なにか問題あった?」
「これがまったくないのだ。ここは星見が最初から存在していた世界。もちろん夢の世界ではない。まるで平行世界に飛ばされたかのようだ」
「えええ? じゃあねるちゃんの現実世界じゃないってこと?」
「いや、ここはねる子にとっての現実世界だ。それは間違いない。僕の中の改造霊子がそう言っている」
「あーもーわけわかんないよ! 同じだけど違う?」
「ふむ。とにかくその辺りのことは深く考える必要はない。ここはねる子の現実世界。そして、彼女が望んだ世界だ。そうだろう?」
「……ま、まぁね」
ねるちゃんを起こした時のことを思い出す。
夢の世界が崩壊する、その瞬間に交わした言葉――。
『あ、あぁ……。本当に、イヤなのに。起きたくなんかないのに。だって、だって、現実世界に……セイちゃんがいない! セイちゃんがいないんだよ!!』
『ね、ねるちゃん?』
『ここが理想の世界だって思えたのは! 現実よりも楽しいって思えたのは! 隣りに親友がいたから。セイちゃんがいたからなのに!』
『――――!!』
それが最後だった。直後光に包まれて、わたしは自分の部屋で目を覚ました。
「――でもねるちゃん、わたしを消そうとしてたよね?」
「ねる子にはわかっていたのだ。いつか、君が起こしに来ることを。夢の終わりが来ることを」
「それは聞いた気がするけどさ。夢の終わりが来るってわかってたなら、なんでわたしを消そうとしたの? それに、わたしを消したらそれはそれでねるちゃんの理想の世界じゃなくなるよね? って自分で言うの恥ずかしいけど」
「星見を消しても、目を覚ましても、どちらにしろ星見がいない世界になる。おそらくだが……もし星見を消していたら、夢の世界が現実と変わらない世界になったことに絶望し、夢の世界は崩壊しただろう」
「えぇぇぇ!?」
「それどころか、現実のねる子が目覚めることもなかっただろうな」
「最悪の展開じゃん……」
どちらを選んでもわたしがいなくなる。
それならば、永遠の眠りに……。
きっと、すごく苦しんでたんだろうな。
ねるちゃんの一番の望みは、幼馴染みが、親友が隣りにいる夢の世界が続くことだった。
なのに、その世界に終わりが来るのをわかっていたんだから……。
「……わたしが木の声のことなんか気にしなければよかった? 正体を暴こうなんて考えなければよかったの?」
「本当にそう思うか?」
「ううん。そしたら現実のねるちゃんはずっと寝たままだった。だからこれで良かったと思う。ほら、わたしもこの世界に来れたし? 結果オーライじゃん!」
「あぁ、そういうことだ」
深く考えるのはやめやめ。一番いい結果になったんだから!
そしてその最高の結果に繋ぐことができたのは。全部夢羽くんのおかげなんだよね。
ありがとう、と言いかけて――。
「あ――思い出した! あのトラックの事故! 夢の世界で夢羽くんが止めたやつだよね? こっちでは止められなかったんだ?」
「あの事故は夢の世界との分岐点だ。僕がトラック事故を防げたのはねる子がそういう世界にしたからだろう。ちなみに現実のねる子と運転手を助けたのは僕だ。爆発も防げたら良かったのだが、二人の容態が悪くてな。避難させて治療に力を使っている間に爆発してしまったのだ」
「そうだったの!? あっはは、さすがムーの戦士。夢羽くん、ねるちゃんを助けてくれて、ありがとね」
「爆発による被害を抑えられなかったのは無念だがな。……感謝は受け取っておこう」
やっぱすごいな、ムーの戦士。
……信じてよかったよ。夢羽くん。
さて、そろそろあの問題について話をしなきゃ。
ちょっとだけ気が進まないけど……。
「あー、あのさ。夢羽くんって、木の声が聞こえるわたしに近付いてきたわけでしょ? こっちの世界でも」
「そうだな」
「えーっと……木の声は、その」
「木の声の正体はねる子だった。しかしそれは、夢の世界でのこと。星見、木の声は今も聞こえるのだろう?」
「そーなんだよねー」
『ウボオオオオアオアオアオア……』
まるで返事をするかのように、近くの街路樹が呻き声をあげる。
「なんなの、これ?」
「わからん。ちなみにねる子はまったくの無関係だ。彼女の中の改造霊子は世界を複製するのに殆どの力を使い、休眠状態だからな」
「へぇ。って、だったら余計になんなのこれ!」
「それを調べるために僕がいる。これからもキミの側でキミを観察するぞ」
「えぇー!? もー……」
やっぱりそうなった。だから気が進まなかったんだ。
……でも、そっか。まだ当分、こんな感じが続くんだ。
そっかそっか。しょうがないなー。本当に、しょうがないなー。
「――ふふっ」
「どうした?」
おっと。なんでか笑いがこみ上げてきて隠すように首を振る。
でもやっぱり堪えきれなくて、
「ふっ……あっははは! いいよ、これまで通りってことで。ふふっ、あはは!」
「そうか。ありがとう、今後ともよろしく頼む。星見」
「名前で呼ぶのは許してないぞ! でも、よろしくね。夢羽くん」
第五章「目覚めの声を君に」
ムーの戦士はキミのためになんでもする 完
ムーの戦士はキミのためになんでもする 告井 凪 @nagi_schier
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