#11 最終話・南紀白浜の青い空
「白浜」の地名の由来になった白良浜は、その名のとおり見事なまでに真っ白な砂浜だった。
この白さは、砂が石英分を多く含むことによるらしかったが、今や天然の砂だけではこの景観を維持することは出来ず、人工的に作った砂をかなり混ぜているという話だった。
しかし、砂が天然物だろうがどうだろうが、青い海と白いビーチの美しさは、目の前に広がる現実の風景だった。
砂の上に座り込んだ鹿賀はただぼんやりと、その風景を眺めていた。
何も考えなかった。考えても、どうなるものでもなかった。そんな彼の背中に、人の影が落ちた。
「やっぱり、ここにいらっしゃったんですね」
声をかけたのは、白いワンピース姿の園部怜子だった。
「聞きました。非番の日は、よくここで海を眺めていらっしゃるって」
「デートがない日はな」
彼は海を見つめたまま、そう返した。
「良かったな、兄さんが犯罪者じゃなくて」
「ええ。それは本当に良かったのですけど」
彼女はそう言って、鹿賀の隣に腰を下ろした。
「服が、汚れるぜ」
「いいんです、こんなに白い砂なら」
怜子は、鹿賀が見ているのと同じ方向に目を遣った。穏やかな鉛山湾の海面が、陽の光できらきらと輝いていた。
彼女の兄、園部少佐は、大大阪独立戦線の組織内への潜入調査を行うことを任務とする、特務将校だったのである。
もう三年も前から組織への内偵を続けてきた彼はついに、今回のこのテロ計画の情報をつかむことができたのだった。彼とその数人の仲間は、テロの実行部隊メンバーに入り込み、その実行現場を押さえることで、独立戦線内の過激派勢力の一網打陣を計ったのだ。
誤算だったのが、その極秘情報の一部を、最悪の形で妹に知られてしまったことだった。特務としてはあるまじき失態であったが、作戦の成功と引き換えに今回は不問とされることになった。
「結局、全部わたしが悪かったんです」
怜子は、うつむいた。
「わたしが兄を信じてさえいれば。鹿賀さんたちを巻き込むこともなかったし、大南さんだって少なくともあんな形では……」
「俺には、良く分からないんだよ」
つぶやくような声で、彼は言った。
「どうして大南さんは、あそこまでしなきゃならなかったんだろう。命と引き換えにしてまで、東京への攻撃を実行しなきゃならなかったのか」
過激派勢力が目指していたのは、この攻撃をきっかけに東京と大阪の対立を激化させ、やがては「東海道戦争」の開戦へと事態をエスカレートさせることだった。
それが、命と引き換えにしてまで実現しなければならないことなのだとは、鹿賀にはどうしても思えなかった。
大阪が独立しようがしまいが、それが一体何だというのだ? しかし、あの大南少尉がそこまでして目指したことなのだとしたら、もしかしたらそれは意味のあることなのかも知れない。
一度考え始めると、彼の思考は同じところをぐるぐると巡りつづけることになった。だから、彼はもう何も考えないことにしたのだった。
「さて、俺はもう帰ることにするよ」
鹿賀はそう言って、砂を払いながら立ち上がった。
「君はどうする?」
「もう少し、ここにいます。だって、海がこんなに綺麗だし」
「そうか。それじゃ、またな」
彼は軽く手を振って、砂の上を歩き始めた。
「鹿賀さん」
怜子に呼び止められて、彼は振り返った。
「何だい?」
「わたしのこと、憎んでおられますか?」
「いや」
鹿賀は、微笑んだ。
「そんなことはないよ。心配しなくてもいい」
彼は再び、白い砂を踏みしめて歩き出した。そんなことはない。彼女が悪いわけではない。これは、大南少尉が自分で選んだ結末なのだ。
南紀白浜の、空は青い。
その空の下、鹿賀の足跡が残された砂浜に、一人膝を抱える少女の姿があった。
そんな彼女のことなど一切構わずに、波は繰り返し打ち寄せ、そして引いて行った。彼らがみんないなくなった百年後、千年後も、きっと波は同じように繰り返しているだろうし、空と海はそれぞれに青いだろう。人の思惑など、ちっぽけで一瞬だ。
それでも人は、精一杯生きるしかないのだ。それが仮に、無意味に見える生であったとしても。
(了)
――最後までお読みいただいた皆様、ありがとうございました。
南紀白浜インシデント ~レールガン基地守備隊~(INCIDENTS #1) 天野橋立 @hashidateamano
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