#10 青空の巨大な火球、少尉の命

 激しい断続音と共に、鹿賀機のチェーンガンから射出された弾丸を、大南機はもちろん黙って受けたりはしなかった。

 瞬時に機体を下降させて攻撃を回避し、鹿賀機の下方から急上昇で接近すると、そのマニピュレータをすばやく振って、腹部装甲板を殴りつけた。


 鹿賀のSSTは再びバランスを崩し、背中を下にして落下し始める。彼は敢えて態勢を立て直そうとはせずに、そのまま上方の大南機に銃口を向けて、連射をかけた。


 だが、当たらない。大南の九九七号機は補助ラムジェットに点火して急降下してくる。鹿賀の一三二○号機に機体が並んだ。銃口が鹿賀を狙う。彼は操縦桿を引き起こして態勢を立て直し、今度は急上昇で離脱をかけた。


 しかし大南はぴったりとついてくる。振り切れない。鹿賀はシフトレバーをリバースに叩き込んで飛行ファンに逆進をかけ、三○系を直立姿勢のままいきなり静止させた。そして、上昇してくる大南機のコクピットに、思い切りキックを入れる。


 この攻撃は、きれいに決まった。コクピットを潰すところまでは行かなかったが、防御ウインドウは粉々に砕け散り、大南の頭上に降り注いだ。九九七号機は完全に姿勢を崩して、墜ちていく。


「やるじゃないか」

 ヘッドセットから聞こえてくる、大南の余裕げな声に、鹿賀はもはや何も感じなかった。

 向こうは時間を稼いでいるだけだ。最初から、こっちを本気で墜とす必要はない。しかしそれは、こちらにしたって同じことだ。見てろ。

 

 鹿賀は補助ラムジェットに点火すると、大南機を無視してレールガンへと急接近をかけた。攻撃オプションを再度「ダムバスター」に変更。照準をレールガン砲身にロック。そしてそのまま、躊躇なくトリガーボタンを押した。

 

 しかしその瞬間、信じ難いことが起きた。ヘッドアップ・ディスプレイ上のロックオンマークにぴったり重なるように、大南機が姿を現したのだ。ラムジェット全開で、急上昇をかけてきたらしかった。

 明らかに、レールガンへの攻撃を捨て身で阻止するための動きだった。


「しまった!」

 鹿賀がそう叫んだ時は、もう遅かった。「ダムバスター」内の伝導体レールに、飽和一次電池からの大電流が送り込まれ、そこに発生した磁場の電磁誘導作用によって、弾体はマッハ九の速度で発射された。

 発射口から炎と共に射出された超硬化セラミックス製の弾体は、距離を無視するようにほとんど一瞬にして、大南の乗る九九七号機に命中した。


 巨大な火球が、命中位置を中心に発生した。

 衝撃波が作り出す環状の雲が、驚くべき早さで周囲に展開し、鹿賀機を呑み込む。その雲の中で、上下左右に振り回される機体を、鹿賀少尉は何とかコントロールして、墜落を回避しなければならなかった。それは、大南機の機体を破片も残さずにほとんどガス化させるほどの大爆発だった。

 その爆発は地上からは、青空に出現した火球と、その周辺に広がった巨大な円盤状の雲として観察された。そしてその異様な情景を、兵舎前の路上で空を見上げていた園部怜子も目撃することになった。


 衝撃波は去り、鹿賀機は安定した姿勢を取り戻した。しかし今度こそ、鹿賀少尉は呆然として、何もできなかった。

 この手で、大南少尉を殺してしまった。その上、もう「ダムバスター」は使えない。時計は、ゼロ・アワーに近づこうとしていたが、レールガンを破壊する攻撃オプションは、もう残されていなかった。


 いや、しかし最後の手段があった。彼は操縦桿を倒して、降下姿勢を取った。

 飛行ファン全力、ラムジェットも全開のまま三○系SST・一三二○号機は、速力最大で一直線にレールガンの砲身へと向かった。

 機体をぶつけてやるのだ。果たしてSSTの機体質量+加速力程度で、砲身を破壊できるかどうかは分からなかったが、もうこれ以外に手段はなかった。


 彼は素早くタッチパネルを操作し、非常脱出用の座席射出装置にスタンバイをかけようとした。しかし、制御コンピュータが返した返事は、無情だった。

「Out of order」。


 先ほどの戦闘で衝撃を受けたせいなのか、非常脱出装置は故障してしまっていた。一番壊れてはいけない装備のはずなのに。

 だが、彼はもう呆然とはしなかった。いずれにせよ、他に選択肢はない。親父とお袋に遺書でも書いとけばよかったな、と彼は思った。スロットルペダルは、一杯に踏み込んだままだった。


「やめろ、特攻の必要はない」

 不意に、ヘッドセットから声が聞こえた。亜矢ちゃんの声ではない。

「こちらはレールガン・メインコントロール、園部少佐だ」

 園部少佐? 誰だっただろう。と彼は思った。園部。そうか、怜子の「兄さん」だ。しかし、なぜ。


「コントロールルーム内は制圧した。チャージも解除された。もうレールガンは発射されない。繰り返す、レールガンは発射されない」

 園部少佐は、そう続けた。何が一体どうなっているんだ? と訝しみながら、鹿賀はなおもSSTの速度を緩めようとはしなかった。


「鹿賀さん、もう終わったんですよ」

 別の声が、通信に割り込んできた。これは、根来曹長だ。

「園部少佐がおっしゃるとおりです。テロリストは全員拘束されました。すぐに、進路を変えてください」

 彼は、反射的に操縦桿を引いた。

 根来が嘘を言うわけがない。一三二○号機は、腹部をレールガンの巨大な砲身にほとんどこすりそうになりながら進路を変え、急上昇した。砲身に落ちていた三○系の影が、日向に溶けて消えた。


 SSTは地上を離れて、太陽が輝く青空へと昇って行った。このままいつまでも昇り続けていたいと、鹿賀は思った。

(続く。次回、最終話です)

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