致死量の砂糖菓子
「ねえねえ、魔法少女って知ってる?」
誰かと帰る通学路、先生が来る前の学校の教室、放課後の飲食店。あっちこっちで噂されるそんな話。
魔法少女。
そのファンシーな響きは、ずっと幼いころから、いつだって私を魅了してやまないのです。
あのクラスの居心地の悪さについて、4月が終わるころには気づいていました。特別いじめがあったとかそういうわけではありません。ただ、たぶん私が変なのでしょう。話し方も趣味嗜好も、「わざとらしい」と言われることに慣れてしまいそうだったのも確かです。
昔からファンシーなものが大好きでした。昔見た魔法少女物のアニメで、普段からヒロインのことを助ける女の子がいたんです。その子がとっても素敵に思えて。その子みたいになりたいと思ううちに、話し方まで真似てしまって。
「わざとらしい」って何でしょう? わざとの何がいけないんでしょう? そうは思いつつも、自分でもわざとらしいと思うことがあるのは不思議ですね。
それでも、全部全部、やめたくないというのが本音です。だって、こんなに可愛いんですもの。可愛いものが大好き。好きなの。だからこそ、私は「可愛い」に特化した魔法少女であり続けたいのです。
今日も、クラスメイトとの会話は「業務連絡」という言葉が似合いのやり取りだけ。そうして終礼を終えました。
ふいに魔法少女になったあの瞬間を思い出したんです。
私に魔法少女としての力を授けたあの人は、そう。紺の美しいドレスが似合う素敵な女の人でした。魔法についての助言はほとんどもらえなかったけれど。
それでも、魔法なんて自分の感覚でやるものなのだと知ってからは、それなりにやりたいことができています。要は、やりたいことをやりたいようにイメージすればいいのですよ。当然、練習は必要ですけれどね。
「きゅい!きゅきゅきゅ!」
月曜日の放課後、まだ人の多い教室。今日もイタチの見た目をした小動物が魔法少女の出番を知らせてくれます。大急ぎでカバンに荷物を詰めました。
魔法少女といえば傍らにいるのは謎の小動物でしょう。私自身でニルマナを発生させて加工した、今日も可愛い、私の相棒。名前はトゥルク。
「わかったわ、ありがとう。行きましょう」
小声でトゥルクに話しかけて、小走りでいつもの階段へ。最上階まで駆けあがりました。
閉鎖された屋上にしか続かないここは、変身するのにちょうどいいのです。
ふぅ、と息を吐いたら順番にポーズを決めていきましょう。
胸に手を当てて深呼吸を一つ。制服の襟はフリルに変わる。
そのまま両手のひらを腰まで滑らせましょう。ブレザーもスカートも、ディアンドルをモチーフにした衣装へと早変わり。
そしたら素早くしゃがみこんでつま先に触れて。白い上靴を茶色いヒールローファーに変える。
また立ち上がったら両腕をクロスさせて前に伸ばします。ハートの形にくりぬいた、白いカットアウトグローブをはめて。
トゥルクが私の手の前を横切って、装飾のついたロッドを渡してくれました。
受け取ったロッドを頭上に高く投げて、その場で一回転。キャッチして決めポーズする頃にはほら、私の頭にはベレー帽ベースの頭飾りが乗っているのです。
私がポーズをとるのに合わせてきゅきゅい、と鳴いてくれるトゥルパが愛しく思えたので、その頭を撫でました。喜んでいるのか、私の手のひらにじゃれついてきて、さらに愛しさが増すのです。
その時でした。
「おっすー。リリィ、変身終わっちゃった?」
「ひゃあああ!?」
突然声をかけられて、驚いて大声をあげてしまいました。だって、誰もこんなところに来ないと思っていたのです。
「び、びっくりしました……!」
「あたしはあんたの声にびっくりしたわ」
振り返って、そこにいたのは私と同じく魔法少女のトモネちゃん。彼女はすでに魔法少女としての衣装を着ているようでした。
「いるなら言ってくださいよぉ……」
「ごーめん」
言いはするけれどトモネちゃんは笑っていました。
「あんたの変身久しぶりに見たかったなあ。あの可愛いやつ。タイミング逃がしたわ」
「…………。トモネちゃんに言われると素直に照れてしまうのは何故なんでしょう」
「そうなの?」
理由を尋ねてみたけれど、本当はそんなのとっくに知っていました。彼女の言葉はからかいとかそういうものではなく本心だから。私は嬉しいのです。
そういえば、先日クラスメイトの男の子が、トモネちゃんのことをずっと目で追っていました。別のクラスの人の間でもたびたび話題に上がります。それは、トモネちゃんのこういう正直なところが魅力なのかもしれませんね。
「というよりトモネちゃん。どうしてここに?」
「あたしにも連絡きてさあ」
耳元のイヤリングを指でつついて彼女は経緯を説明してくれました。
私の頭上で、トゥルクが嬉しそうに声を上げています。トゥルクはトモネちゃんのことがお気に入りのようなのです。
私たちの地区では、夜の見回りは当番制です。昼間にニルマナが出没した場合は、その前後の日の晩が非番の魔法少女が担当することになっています。
「そうなのですね。では、せっかくですし一緒に行きましょう」
「そうするか」
放課後とはいえ部活動はやっています。そのため、まだ生徒が多数残っているようでした。学校の中を歩き回るわけにはいかず、ひとまず私たちは屋上へ上がりました。
「どこにいるんでしょう。詳しい位置知ってますか?」
「どっかの教室らしいよ」
「それは……。生徒に見つからないように探すのが大変ですね」
「なー。
あたし透明魔法使えるからさ、窓から探すのはどう? リリィはあたし乗せて箒を運転してよ」
「なるほど。それ良さそうです」
このニルマナ退治に向かうことになった魔法少女が、私たち二人でよかったなあと思います。少し考えたのですけれど、透明魔法が使える魔法少女と箒で飛びなれている魔法少女の組み合わせで相性が良さそうなペアが他に思い浮かばなくて。
トモネちゃんが普段そうするみたいに、空の上を歩く方法があることは知っています。それでも私は箒で空を飛ぶのが好きなのです。それにほら、こういうときにちょうど便利だったでしょう。
私はロッドを箒に変形させて、二人でそれに跨りました。トモネちゃんは、自分自身と自身が触れているものを透明にする魔法を唱えました。
「よっし、準備おっけー。いつでもいいよ」
「それでは飛びますね」
ふわりと箒を浮き上がらせて、旋回して教室の窓が見える高度で飛びました。
「まじでこっから探すのか。めんどくさ」
「教室それなりに多いですしねえ」
「ま、それでも飛んで探せるだけ楽だわ。ありがとね」
「こちらこそです」
滑るように飛びながら窓越しに校内の様子をうかがって、数分。
トゥルクがパタパタと私の肩を叩いて、ひとつの教室を指さしました。
「どうしたんですか。……本当ですね。
ねえトモネちゃん、何か変じゃないですか? あの教室」
私は言って、その教室の後方のドアを目指しました。
「え? 何が?」
何かと聞かれてとっさに返せませんでしたが、何か違和感を感じたのは確かです。なんだか誘い込まれるような、そんな違和感。
その教室が私が通うものだということに気づいたのは、トモネちゃんと二人でそこに入ってからでした。それも、後ろで彼女が言った言葉を聞いてから。
「あれ、ここリリィのクラスじゃね?」
「……言われてみれば、そうです。んん、でも何か、変な感じが」
「ってかここの生徒帰んの早くない?」
確かにこのクラスだけ誰もいない。そう思ったときでした。
ガタダダダダと音がして、
「リリィっ!」
トモネちゃんに腕を強く引かれた私は、彼女を巻き込んで後ろに倒れました。かろうじて理解できたのは、目の前を右から左へ、黒い影が通ったことだけ。
心臓の音がバクバク鳴っています。
「今の、どこから飛んできましたか……?」
「たぶん机の中から。ニルマナだよなあれ? 速くて小さいな」
仕留めにくいとぼやくトモネちゃんに同意をした私は、立ち上がって息を整え、彼女の手を引きました。
教室の一番後ろの机から飛び出たのだとしたら、隠れる先は。後ろに並んでいるロッカーの中でしょうか。隠れた場所がわかっているなら、あぶりだして捕まえましょう。
私たちはアイコンタクトでそう伝えあいました。
「逃げる子にはお家を用意しましょう」
「じゃ、そーいうことでっ」
ロッドを取り出して。持ち手に巻いてあるリボンをほどきます。しゅるり。しゅるるる。
リボンで空間を縁取って。そこから大きなドールハウスを取り出します。名付けてニルマナホイホイ。……あんまり可愛らしい名前ではないですね。改名が必要です。
そんなことを考えながらガダダダダと音がする方へドールハウスのドアを開いて、トモネちゃんに目配せをします。
「はいよ、っと!」
綱引きの要領で、トモネちゃんは見えない網を引きました。ロッカーの後ろから、ニルマナだけを通さない透明の網が彼女の手元に手繰り寄せられていきます。引きずり出されたニルマナはピギギギと鳴いていました。
「おかえりなさい」
ニルマナがくぐったのと同時に、トゥルクがドールハウスのドアを閉めます。このまま、消滅させてしまえばおしまいです。
「ううううん。すごく疲れました……」
「一瞬ひやっとしたよな。あたしが消そうか? リリィは休んでなよ」
「トモネちゃんやさしい……。ありがとうございます、そうしますね」
トモネちゃんのありがたい申し出に甘えて、そばにあった席に腰を下ろしました。座ったことで目線が下がって、私はようやく気付いたのです。
ぎらりと揺れる瞳が、机の引き出しの中からトモネちゃんを見つめていることに。
「トモネちゃん!」
助けなくちゃ、いやこのままでは間に合いません、じゃあどうしましょう。と、ひどく冷静に頭が回転するのを感じます。
ドールハウスを消滅させるために念を込めているトモネちゃん。
二つ前の席にいるニルマナが足をばねのようにして引き出しを飛び出しました。
私の声にトモネちゃんがこちらを振り向きます。
ニルマナが手に持つ矢を振りかぶるのが見えました。
矢の先端が、ドロドロに溶けたハート型なのを、見て、私は。
私は、座っていた椅子を蹴飛ばしてニルマナとトモネちゃんの間に割って入りました。そのせいで、トモネちゃんを巻き込んでロッカーにぶつかってしまいましたけれど。
私の腹部に突き刺さったニルマナを両手で押さえて、消滅させるべく念を込めます。
このニルマナの居た席。この教室に感じた違和感。あのクラスメイトの恋路。いびつになったハートの矢。全部の点が繋がっていくようでした。
ニルマナが消滅するときに脳裏に直接流れ込んできた思いの丈が、それをすべて確信に変えてくれました。
「っつ、は、? リリィ!?」
「ともね、ちゃ……、ごぷっ」
無事ですかって、聞こうとしたんです。それから、突き飛ばしてしまってごめんなさいって謝ろうとしました。
私の口からあられもない音が漏れて、それがひどく不快でした。可愛くない。さっきのニルマナの矢とおんなじくらい、可愛くないです。
私は可愛い魔法少女でいたい。いつまでも。私が思う「可愛い」でいたいのです。
「リリィ! なあ! 何してんのあんた!」
こういうとき、私が憧れたテレビの向こうのあの子なら、「えへへ」と笑ったのでしょう。そんな余裕はなさそうです。私はここで、トモネちゃんに何も伝えられないまま死ぬのでしょう。
だからせめて可愛いまま終われるように。焦った際に消してしまったトゥルクを再度呼びだして、終わりの魔法を託しました。
「おまえ、……トゥルク!?」
「きゅうううううううううううううううううううううう」
人生が終わるときは、花になれたら素敵かなってずっと思っていたんです。だってほら、せっかく魔法少女として世界を救っているんですから。最後まで可愛くいることぐらい許されたっていいでしょう。私が死ぬとき、そばにトモネちゃんがいてくれるのは予想外だったけれど。
トゥルクの声が途切れたら、魔法が終わる合図です。
私の存在が、ぱちんと弾けて。
珍しくうろたえているトモネちゃんの声が、最期まで聞こえていました。
魔法少女デッドエンド といろ @toiromodoki
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