§1-S3 後は任せた
「意外と白金貨が少なかったですねぇ……」
目の前の荷馬車の上に積み上げられた金貨の入った箱の山を見上げながら、ライナスが残念そうにそう言った。
ドニゼッティのところから持ち出した金額だけでも250億クラウドだ。
もし全部金貨だとしたら、3000
「ボン、これ、どうやって……」
「まあまあ、サングイン。気にしたら負けですよ」
時間を止めて彼らのアジト内を探索し、カネの集積場を見つけた後は、その扉が開くまで屋根裏や小部屋に潜み、扉が開いた瞬間に時間を止めて、えっほえっほと中身を運び出して領収を残して来たわけだ。
奪われる側からすれば、ドアを開けたとたんに室内のカネが空になる悪夢。他の場所も調べようとする度に同じ目に遭う悪循環。
結果、車軸が軋まんばかりに白金貨や金貨が満載された3台の荷馬車が、無事に受け取りに来た従士たちの目の前に並んでいた。
「これではとても領地まで持って帰れませんし、とりあえずヴィターリの本部にでも運んでおきましょう」
「はあ」
3台の荷馬車は、夜の街を静かに進んでいた。
「それにしても、よくこんなカネがありましたね。貴族連中からの預かり金にしたって多いですぜ」
「まだ42億ほど足りませんが、それはまた追々徴収しましょう。で、このカネですけど、どうやら、新興ファミリーの連中には、帝国の息が掛かっていたようですよ」
「なんですって?!」
ライナスは、ついでに漁ってきた書類をサングインに渡した。
そこには帝国とのやりとりが、こと細かに記されていたのだ。
「肝心なところは暗号化してあるってのに、そこに注釈を書き込むバカがいたら台無しですよね」
書類によると、帝国は王国内に何かの拠点を作るための資金として、新興の組織に大金を渡していたようだった。
「何の拠点ですかね?」
「何かを探しているような記述も見られますけど、まあ当面は情報収集じゃないですかね」
金額が金額だ。おそらくライナスがヴィターリにやらせようとしたような組織を王国全土に作ろうとしていたのかも知れなかった。
「こ、これ、ダリウス辺境伯に報せないと拙くないですか?」
テニーが書類から目を離さず、おそるおそるそう言った。
「だがそうすると、情報の出所が問題になりますぜ」
「それよりも大金を出資して、何を探させていたんでしょう? 興味ありませんか?」
「好奇心はドラゴンを殺すって言いますぜ?」
サングインの渋そうな顔を無視して、ライナスは続けた。
「事前調査に入ったとき、ドニゼッティのところにも、アッカルドのところにも、ボテッキアのところにも同じような書類があったんですが、それぞれ相手側の署名が異なっているのです」
テニーがそれを聞いて首をかしげた。
「帝国の別々の組織が、3つのゴラムに同じような指示を出していたってことですか?」
「そうとれますね」
「ボン。この件は面倒すぎますぜ。一応アンブローズ様には報告しますが、その先は――」
「大人にお任せしましょう」
都合の良いときだけ子供であることを利用する。それがライナスなのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで?」
「い、いつも通り、アガリを金庫に納めようと扉を開いたんです! そ、そしたら……」
「……もぬけの殻だったと?」
椅子に座った精悍な男は、気持ちを落ち着かせるように目を閉じるとそう言った。
男の名はアルテロ=ドニゼッティ。新興のドニゼッティファミリーを束ねる男で、まだ30代の若さだ。
「いえ……これが」
そう言って報告していた男は、アルテロに、小さな羊皮紙を差し出した。
『金250億クラウド、配当として確かに領収しました ――サクラット――』
「で、このサクラットってのは?」
アルテロは眉間をひくひくさせながら、低い声で尋ねた。
「うちのノミのあちこちで、タルカスにトータルで金貨30枚賭けたヤツです」
「250億クラウドは、その配当ってわけか?」
「ノミだと2029.5倍の配当ですので……」
「計算が合わん」
「うちの連中が、タルカスの1回戦終了後、こいつに上がりを全部2回戦に賭けさせたんですよ」
それはいつもならカネを巻き上げる常套手段だった。
なにしろ2回戦の相手はサンボアだ。確実に負けを回収できる。そのはずだったのだ。
「つまり、都合144枚が賭けられたってことか?」
「そうなります」
アルテロは深いため息をついて言った。
「それでも計算が合わん。残りの42億ちょっとは?」
「うちの金庫にそれ以上カネが無かったんです」
「じゃあ、金庫は空なのか? ありゃ、うちの金を除けば、半分は貴族預かりだが、半分は……」
口に出せない帝国からの預かり金だ。
貴族からの預かりは、ほとんどが今回の賭けに投じられて、言ってみればスッたカネだから問題ない。しかし帝国のカネは別だ。
要求されたミッションを遂行するにも金はかかる。あまり長い間進展がなければ、いつ返却を要求されるかわからない。消えてなくなったなどと寝言を言えば、確実に首と胴が泣き別れになるだろう。
とにかく短期の活動をごまかせるだけのカネを、至急用意しなければならなかった。
「すぐに売却できる資産の一覧を持ってこい」
「さ、サクラットってやつを探さないんで?」
「探してどうする?」
「は?」
「あの厳重な部屋から、大量の金貨を誰にも気付かれずに運び出せるやつらを探し出してどうするんだ?」
あの部屋から、3000
しかも持って行かれたのは、本来支払い義務のあるカネだ。難癖を付けることすら難しい。
手下の手前、落ち着いたふりをしていたが、内心アルテロは全力で頭を抱えていたのだ。
そうして同じ夜、トゥリオ=アッカルドとカルロ=ボテッキアも同じ問題で頭を抱えていたことを、お互いに知ることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あの坊主、本当に置いていきやがった」
呆れたように言いながら、その目に笑いをたたえたサルヴァトーレは、地下室に積み上がった木箱を見ながらそう言った。
中には数えるのも嫌になるくらい大量の金貨や白金貨が詰まっている。
「トト、こいつは……」
サルヴァトーレを愛称で呼ぶのは、孫
そのテオドーラの、マレーから受け取った明細を握りしめた手は震えていた。
そこには、ドニゼッティの所から奪ってきた250億を筆頭に、アッカルドの所から194億8320万、ボテッキアのところから97億4160万が集められていた。しめて542億2480万クラウド。
数カ所に分散していたとはいて、アッカルドの金庫には200億が、ボテッキアの金庫には100億が保管されていた。商業ギルドにも存在しない現金が、ちゃんと全組織揃っていたことにライナスも驚いていた。
「ご、542億2480万クラウドって……一体、どうしろって言うの……」
「100億が運転資金で、後は……まあ、ほとぼりが冷めたら用意された口座につっこんどけばいいだろう。あの坊主の言葉を借りれば、好きにしろってことだ」
ライナスが予言したとおり、新興3ゴラムは、資産の売却を始めるという噂がすでに流れ始めていた。
後は出来るだけ足元を見て値切れば良いだけだ。
「さすがは銀の姫君の息子ってところか」
どんな魔法を使ったのかは知らないが、うちと同様3ゴラムから賭けの支払いを毟り取ってきたに違いない。
「大したものだ。どうだ、テオ。あの坊主に嫁がんか?」
「は? ……え?? ええええ??!」
サルヴァトーレは、真っ赤になって慌てる孫娘を見て思わず吹き出した。
「はっはっはっは。まんざらでもないのか。さーて、仕事だ。まずは信頼できる人手からだな」
往年のやる気を取り戻したかのように、サルヴァトーレは執務室へと向かっていった。
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これにて1章は終了です。
第2章「迷いの森」 の開始は、ちょっと先。お楽しみに。
昼松明と呼ばれた少年は、厄介ごとに愛される。 @k-tsuranori
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