§1-S2 野望?
「というわけで、以降はこのマレーが組織のボスになります」
マレーと共にヴィターリファミリーの本拠地を訪れたライナスは、サルヴァトーレに向かってそう挨拶していた。
それを聞いたマレーは、この主本気だったのか!?と、滅茶苦茶焦っていた。
「ええ? ライナス様、無理ですよ?! 勘弁して下さいよ!」
ゴラムの本拠地に、たった二人で訪れて、少数とはいえファミリーの重鎮に囲まれながらカポの前に立っているというのに、まるで緊張感のない客人を、どう評価したものか思案しながら、サルヴァトーレが口を開いた。
「それで、ライナス様、とお呼びすればいいのかね?」
「これは失礼。私は、アンブローズ=リネアが長男、ライナス=リネアと申します」
その姓を聞いて、大陸を駆けた18年前の伝説を思い出さないものは北部にはいない。
「リネア? というと銀の姫君の?」
(うーん父様の家なのに、やっぱり母様の方が有名なのか。デルフィーヌ様も母様の話だったしな。美人は得だね)
「昔はそのように呼ばれていたと聞き及んでいます。が、母の前でその名前を呼ぶと照れ隠しに殺されますので辞めたほうが良いでしょう」
「それはそれは」
タルカスはリネア家の従士だ。
「礼儀上名乗りはしましたが、私のことは忘れて下さい」
「忘れろ?」
「はい、流石にリネアが直接ゴラムをいただくというのは、各方面にいろいろと問題が……」
「なるほど、貴族というのは面倒なものだな」
「まったくです」
しみじみと首を振る少年を見て、サルヴァトーレはそれがハッタリではなく、仮に全員で襲いかかったとしても、生き残れる自信があるのだと直感した。
さすがはリネアの種というところだろうか。
「私はヴィターリファミリーのカポ、サルヴァトーレ=ヴィターリだ。それで我々はどうすれば?」
「どうと言っても、組織の運営について、我々から得にお願いすることはあまりないと思います。今まで通りに活動しておいていただければ」
「は?」
「そうですね。何か方針が欲しいと言うことでしたら、なるべく阿漕なことは控えて欲しいし、このさい、
「それはつまり、ヴィターリをただの商会にしたいと言うことだろうか」
サルヴァトーレがそう聞くと、ライナスは首を横に振った。
「いえ、正業に移行できる部分は正業にしてしまったほうがいいと言うだけで、正業にできない部分はそのまま維持すればいいのです。そういう世界でしか生きていけない人もいるでしょう」
なんとも分かったような台詞だが、これが成人もしていない少年の口から語られるとなると、そこには強烈な違和感があった。
「それだけか?」
「そうですねぇ。今後すぐに新興の組織が牛耳っていた娼館なんかが売りに出されると思いますから、思いっきり足下を見て買い叩いて下さい」
「新興の組織というと、ドニゼッティやアッカルドか? やつらがそれを手放すとは思えんが」
「大丈夫、手放しますよ」
サルヴァトーレには、にこにこと無邪気に笑いながら予言者めいた発言をするライナスが、だんだん得体の知れないもののように見え始めていた。
「仮にそうなったとしても、うちにそんなカネはないぞ」
「あ、それはうちから提供しますから気にしなくても大丈夫です。とりあえず100億くらいあればいいですかね?」
こともなげにそんなことを言い出すライナスに、サルヴァトーレは面食らい、まわりの連中からざわめきが漏れた。
こいつらは、うちに借金を取り立てにきてるんじゃなかったのか? 全員がそう考えたのも無理はなかった。
「いや、ちょっと待て」
「足りませんか?」
「いや、カネはそれで充分だが……うちの借金の2倍近いカネを投資して一体何をどうしようってんだ? 女どもをフル回転させたってそんなカネ……まさか奴隷で売り飛ばそうなんて考えてるんじゃないだろうな?」
眉をひそめながら怒気を漏らしながら言ったサルヴァトーレに、涼しい顔で相対しながらライナスは答えた。
「まさか。逆にそういう場所で不当に搾取されていた人がいれば、まっとうな待遇に改めて……そうですね、詳しいものを派遣しますから、無理がなければそのものの言うとおりにして下さい」
ライナスはサングインに丸投げする気、満々であった。
あまりの手応えのなさに怒気を霧散させたサルヴァトーレは、一体それでどうやって元を取るっていうんだ? と呆れていた。
「別に赤字じゃなければいいんですよ。元を取るのに100年かかったっていいじゃないですか。ダリネルシアの治安が良くなれば、僕も助かりますし」
「助かる? リネアはダリウス辺境伯の寄子だったか? これは辺境伯の指示なのか?」
「それなら父様が来ていますよ。それに、辺境伯が本気なら、こんな面倒なことはしません。無理矢理武力で潰しているでしょう」
長くこの街でとぐろを巻いてきたサルヴァトーレは、苛烈な辺境伯の性格を正確に見抜いていた。
「確かにな。あの辺境伯ならそうするだろう」
「大体、ゴラムを潰したところで、誰かが新しい組織を作るだけでしょう? 生まれたての実体のわからない組織を相手にするより、既存の組織を適切に管理する方が簡単です」
サルヴァトーレは、冷静にそう言い放つ少年を見て、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
「その役を我々にやれと?」
「別にそうはいいませんけど、サルヴァトーレさんのところがトップに立てば自然とそうなるでしょ? だからまあ、阿漕になりすぎないように注意していただければ、勝手にやっていただいて結構ですよ」
ライナスから見れば、この昔気質の爺さんは、むやみに民から搾取するタイプではないし、勝手にやらせておけばうまく動いてくれるだろうと考えていた。
しかし、サルヴァトーレにしてみれば、こんな条件での統治を認めるからには、なにかしら大きな見返りが期待されているとしか思えなかった。
その内容がわからない。彼は、無難なところで利益の話を口にしてみた。
「……あまりに都合が良すぎるな。それで上納はどのくらいだ?」
「上納? 上納ねぇ……じゃあ、商業ギルドにヴィターリ基金の口座を作らせますから、そこに上がりの10%を入金してもらうって事で」
「ヴィターリ基金? 上がりの10%だと?」
それはあまりに少額だった。100%出資となれば、75%以上持っていかれることだってありうる。
「あれ? 多いですか? ならまあ適当に入金しておいてもらえれば」
サルヴァトーレの背中に冷たい汗が流れる。目の前の小僧の真意がまるで読めない。理解できない存在ほど厄介な物は無かった。
「まあ、組織も大きくなればなにかと入り用でしょうしね。それにダリネルシアだけでなく、他の街で活動するのもいいですよね」
「ダリネルシアだけではない?」
「まあ、ほら、なんといいますか。組織拡大のついでに、他の街にも拠点を作って、ちょろっと情報でも仕入れていただけたらなと」
それを聞いたサルヴァトーレは固まった。
言ってみれば国全体にまたがる情報網構築の話が、目の前の小僧から出てきたのだ。一体こいつは何者で、誰の意向で動いているのか?
いや、本当に誰かの意向なのか? 誰の意向であるにしろ、こんな案件を小僧に任せるなんてあり得ない。
「それは我々が何処かの家に間者組織としてとりこまれ、利用されるということかね?」
慎重にそう尋ねた。
「家? たぶん利用するのは僕だけですよ。ほら、遠くの街のものの値段なんかがわかると、すごい便利じゃないですか」
ライナスにしてみればあぶく銭を手に入れたから使ってみようくらいの気軽な気持ちだったが、言われた方にとっては、便利などという軽い一言に160億を投じようとすること自体が信じられなかった。
しかもそれを投じて裏社会に広域を網羅する情報網を築いておいて、知りたいことが物の値段? たしかに戦争の前触れが、物の値段に現れたりもするが……
「とにかく何を判断するにも、正確な情報がないと始まりませんからね」
「自分が何かを判断するために必要な情報を集めてくれる組織を自分のカネで作ろうと?」
「まあ、有り体に言えばそういうことです」
小領主の、しかも子供の発想とは思えない。
「ライナス様はどこかの王族か何かなのか?」
「は? いえ、両親の実子ですけど?」
「では、リネア家は国家の簒奪でも目論んでおるのか?」
「とんでもない。いつまでも惰眠をむさぼれる平和が続いて欲しいですね」
まるで意味が分からない。
その真意は謎のままだったが、特に虚言を弄しているようにも見えなかった。
サルヴァトーレはしばらくライナスを見ていたが、あきらめたように深くため息をついて言った。
「よかろう。どのみち我らは買い取られた身だ。ヴィターリファミリーはあんたに仕えよう」
「ありがとうございます。あ、仕えるのは、一応、こっちのマレーにということでお願いします」
「ちょっ、ライナス様?!」
「わかった。マレー様、よろしく頼む」
様付けで頭を下げられたマレーは、泣きそうな顔で、あうあうしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「で、残りはどうなってます?」
ヴィターリの問題が解決した後、ライナスは、戻ってきていたテニーに首尾を聞いた。
「ライナス様に頂いた資料によると、ボテッキア系が金貨10枚×4.8、アッカルド系が20枚×4.8、そしてドニゼッティ系が30枚×4.8を請けてますが、いずれも店は閉じたままでした」
「しかたありませんね。では今晩にでも取り立てるとしましょうか」
「ボン。取り立てると言っても、どうやってです? そもそも、あいつらにそんなカネがありますかね?」
「そこは大丈夫だと思いますよ」
なにしろ、支払いが行われていないのだ。
ある程度は売り掛けなのだとしても、カネが命の新興勢力なら、口座に入金できないカネがたんまりと金庫に眠っているくらいは普通だろう。
「それで、金庫があるのはどのアジトでしょう?」
「まあ、メインは本部でしょうが、各地にも分散してるんじゃないですかね。場所はこちらです」
サングインは手書きの街の地図を広げた。Dがドニゼッティ、Aがアッカルド、Bがボテッキアのアジトだ。
「まずは幌馬車ですね。結構な重さになると思いますから3台くらいでしょうか。それと、サクラットを始めとする賭けた人間の領収書を沢山用意しておいて下さい。あ、魔紋を登録しないただの紙で。金額は空けておいて下さいね」
「そりゃいいですがね。ヤバイのはなしですぜ? アンブローズ様にも釘を刺されてるんで」
「わかってますって」
サングインは、ライナスのわかってますくらい信じられないものはないと、ため息をついた。
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