~ sequel ~ ヴィターリファミリー
§1-S1 物納?
本来なら帰領する予定だった日、リネア一行は未だにダリネルシアに留まっていた。
タルカスに目を留めたダリウス辺境伯が、リベルトーンの上申を認めて、彼をしばらく第2騎士団の訓練に参加させるよう申し入れてきたのだ。
それだけなら、タルカスだけ置いて領地に戻れば良かったのだが、ゴラムから取り立てを行う予定のライナスが、せっかくだから、妻や娘と都会の休暇を満喫してはいかがですと、水を向けたのだ。あろうことか妻や娘たちがいる前で。
麦の刈り入れを前に政務が溜まっているアンブローズは、内心難色を示したが、ニコニコと笑う妻や娘たちの圧力に屈して助言に従うことにした。
「案の定ってやつでしたぜ」
正面から取り立てにいったサングインが、証文を片手に宿に戻ってきた。
彼が行ったのは、新興のサングインが花街で大暴れしていたころよりも後にダリネルシアに根を張った組織だった。
個人を認証する必要がある場合、その人の魔力の波長、いわゆる魔紋を利用する。それを記録することで、同一人物かどうかを簡単に判別することができるわけだ。
単に同一人物かどうかを判定するための魔法陣が刻まれた小さな羊皮紙の切れ端は、非常に安価に普及していた。
契約に使われる羊皮紙と違って、極限まで簡略化されたそれは、ただ流された魔力が登録時のものと同じなら色を変える。ただそれだけの機能しかないが広く便利に使われていた。
「賭けを受けた店はどこも閉まったままでした。当選金を受け取りにきた連中が、何人か店の前に溜まってましたんで話を聞くと、朝から開いてないとか。換金が行えなくて困惑しているようでした」
「予想通りとはいえ、全部の店舗が閉めたままというのは……混乱をものともしない潔さですね」
「まったくで。この調子だと、テニーやマレーの方も似たり寄ったりでしょう」
テニーとマレーはそれぞれが担当した店に、受け取りに向かっていた。
「それで、どうします?」
「どうしますと言われても……配当金は回収しますよ?」
どうしますといわれても、予定通り取り立てるだけだ。何しろ、ライナスにはそれを実現する力があるのだ。
例えば、ある日突然店の金庫から金が消え失せたとしても、そこに領収書さえ置いておけば適正な取引なのだ。文句の持って行きようがないだろう。
その結果組織がどうなるかなんてことは、顧客の感知するところではない。
サングインは、どうやって回収するのかと聞いたつもりだったが、ライナスが当然のようにそういうのを聞いて、考えるのをやめた。
ライナスが、回収するというのだから回収できるのだろう。回収にサングインたちの力が必要なら、ライナスは適切に指示を出すはずだ。それにしても――
「ボン、悪い顔してますぜ」
「え? ホント?」
いかんいかん。可愛い可愛いライナスくんでいないと、姉様達に何を言われるか。
ライナスは、両手で自分の頬をぐにぐにとほぐした。どうも見た目年齢と実年齢に差ができてくると、なにかしら奇異な目で見られがちだ。特に小さな子供のうちは。
「こほん。まあ、いざとなったら、勝手に貰ってくることにしましょう」
「勝手にって……」
「受け取りを置いておけば大丈夫でしょう。賭けたときの名前は――」
「そういう問題じゃないんですがね。……名前は言われたとおりサクラットを始めとして適当な名前にしておきましたがね。ところでサクラットって誰です?」
turkus をひっくり返して、sukrut なのだが、そんなことはどうでも良い。なんなら、スカルタでもいいのだ。
「誰でも良いんですよ。どうせ架空の人物ですし、後々面倒にならなければ」
「俺が言うのも何ですが、ボンはもう少し倫理観というものをですな……」
サングインが苦言を呈そうとしたとき、勢いよく部屋のドアが開いて、青い顔をしたマレーがノックもせずに部屋に飛び込んできた。
「ライナス様! 助けて下さい!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、一体何があったんです?」
息も絶え絶えなマレーを、とりあえず椅子に座らせてコップに入れた水を渡した。
それを一気に飲み干して激しくむせた後、大きく息を吸い込んだマレーは、それを深く深く吐き出した。
「実は……」
マレーはテニーと手分けして、比較的掛け金の小さかった賭場を回っていた。
最も掛け金が小さかった組織は、ヴィターリファミリーで、ダリネルシアでは最も古いファミリーだ。
さすがは老舗と言うべきか、掛け金を引き取りに行くと、ちゃんと賭場だった酒場は開いていて、すぐに奥の部屋に通された。
「ちょっとヤバいかなとも思ったんですが」
威圧されたりするわけでもなく、額が大きいのでと言われれば是非もない。
そうしてそこに問題の男がいたそうだ。
「結構なお年寄りなんですが、何というか、覇気?が凄くてもう見ただけでまわれ右をして帰りたい気分になりました」
「それは凄い」
リネア家の従士は、そこら辺の領の騎士よりも遥かに過酷な訓練をくぐり抜けて来ていた。それが覇気のひとつで腰が引けるとなると、相手の力は相当だ。
「いやもう、怖いの怖くないのって、怒ったときのアリエラ様並の圧力でしたよ!」
凄いのか凄くないのか返答に困る台詞をききながら、ライナスは、後でなにかあったらアリエラ姉様に告げ口しようと密かに心に決めていた。
「それで脅されでもしたんですか?」
「いえ……あ、いや、ある意味そうと言えるかも……」
なんだか歯切れが悪く、よくわからないことをぶつぶつ言っている。
「だから、何があったというのです」
「その凄い爺さんがいきなり飛び上がって……」
「飛び上がって?」
「土下座してきたのです!」
「はい?」
「ほら、ライナス様だってそう思いますね! 俺はただ呆然としてそれを見ているしかなかったのですが――」
それはまさかのジャンピング土下座。呆然とそれを見ているうちに、ふと気がつくと、まわりにいる連中の殺気がハンパなかったそうだ。
「もう、頭の中に楽しかった想い出とかが巡りましたからね。絶対ここが俺の最期の地だと思いましたよ!」
「どんな想い出でした?」
「あ、いや、それは……ごほん。まあ、いろんなことですよ」
何故か顔を赤くして目を泳がすマレー。男の赤面とか誰得だよとライナスは思った。
「ボン、そんなどうでも良いことを突っ込まないで下さいよ、話が進みませんや。それで、その爺さんがどうしたんだ?」
「それが、土下座したまま、こう言われたんです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「大変申し訳ないが、身代を処分して金をかき集めても支払えるかどうかわからんのだ」
若い頃は、さぞかし筋骨隆々であったろうと思われる体格の男が、深々と頭を下げていた。
男の名前は、サルヴァトーレ=ヴィターリ。現ヴィターリファミリーのカポだ。
カポとは、組織のトップ。つまりはボスのことだ。
ファミリーには、カポの下にカポ・レジームと呼ばれる小隊長のような役職が幾人かいて、それぞれの下にソルジャーと呼ばれる構成員がいる。
あとはカポに直接話ができるコンシリエーレと呼ばれる相談役がいるらしい。
「賭け事の払いを遅らせるなど信義にもとることはよくわかっているが、なにしろ金額が金額だ。1億やそこらならなんとでもなるが、現金で70億近いカネともなるとな」
ヴィターリファミリーに賭けたお金は、金貨7枚。それが1回戦の結果4.8倍になって都合33.6枚だ。
ノミの支払いは、手数料部分が10%とギルドよりも10%お得なので、金貨68191枚と銀貨2枚となる。68億1912万クラウドだ。
「それでだ」
がばっと床にこすりつけていた頭を上げてマレーを見すえると、いきなりこんなことを言い出した。
「物納で許して貰えないだろうか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「物納?」
「そうなんですよ。身代を処分して金に換えるにしても、急げば足下も見られるし手数料も取られるわけで、それなら物で直接支払っても構わないかと言われたんです」
「娼館の女性なんかを貰っても困りますが、そうでないならそれでもいいかなとは思いますが……」
「ですよね。ですから俺も――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そ、相談してみないとわかりませんが、たぶん大丈夫だと思いますけど」
ライナスはもともと柔軟な主人だったし、今回は商業ギルドからの上がりだけでも、そうとう儲けたはずだ。
そもそもこのプロジェクトは、ダリネルシアに蔓延るゴラムの弱体化が目的だから、財産を剥がせるなら現金でも物でも問題ないだろう。
マレーはそう考えた。
「そうか! よかった!!」
「もちろん、違法な薬や奴隷なんかじゃ困りますけど」
「それは大丈夫だ。物は――」
そう言ったとたん、後ろに並んでいた、小柄な男――美少年と言ってもいいだろう――が、突然発言した。
「カポ! それ以上はいけません!! お客人! 勘弁してくれないか!」
その必死な様子にマレーは唖然としていたが、床に膝をついたままの男が、腕を横に伸ばしその男を遮り、諭すように言った。
「ばかやろう! 賭けを受けたのはこちらだろうが!」
「トト! しかし、こんな払い許されるはずがありません! 家が! 頼む! 私を自由にしていいから!」
そういう趣味のないマレーは一瞬ひるんだが、サルヴァトーレの雷のような一喝で我に返った。
「黙ってろ!」
一瞬にして場に静寂が訪れる。
「見苦しいところをお見せして申し訳ない。それで物の話なんだが……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「は? ヴィターリファミリーで払う、ですか?」
「はい」
「それは、ヴィターリファミリーが借金を返す、という意味じゃ……」
「もちろん違います」
身代を売り払っても払えるかどうかわからないから、じゃ、ファミリー毎やるよという話である。
「なんとも生真面目なボスですね。よくそんな性格でゴラムを纏められてきたものです」
「俺もそう思って、帰りがてら聞き込んで見たんですがね、ヴィターリはダリネルシアに古くからあるファミリーで、今では新興の組織に押されて縄張りを減らしているとは言え、その縄張り内では、地域の連中と一定の信頼関係を築いているようでした」
それはファミリーがまだ住民の互助会みたいだった古き良き時代の名残だと言えるのかも知れない。
金儲けの効率を重視する新興の組織とは折り合いが悪いだろうことは、想像に難くなかった。
「しかし、ゴラムって、ファミリーってくらいだから、血族の掟とかないんですか?」
血が繋がってないとダメだとか、はたまた地が繋がって――つまり同じ場所の出身じゃないとダメだとか、そんな掟があるとしたら貰っても困ることになる。
「いや、ボン。あくまでも集まった連中が家族のように生きようというだけですから、そういった縛りはあったりなかったりです」
「それにしたって、ファミリーって何が財産なんです? それが組織の人間だったりしたら、貰ったところでさっさとやめられて、新しいファミリーを作ったりされたら丸損でしょう」
「あ、それは大丈夫らしいです。なんでも抜けるには、特別な儀式がいるとかなんとか。そうでなくても当面運営はサルヴァトーレの爺さんが纏めてくれるそうですよ」
単にファミリーの売り上げで長期にわたって借金を返すのとの違いは、返し終わっても上納が続くということくらいだろうか。
「ところで、マレー。この提案を拒否した場合はどうなるんです?」
「身代を売り払って、とりあえず払えるだけ払ったら、後は野となれ山となれ、だそうです」
そうなると、全部払って貰えるかどうかもわからないし、これで、ゴラムが一つ減ったとしても、なかなか筋の通った昔ながらのゴラムのようだから、治安の維持に貢献するどころか、散り散りになった構成員が食うに困って犯罪を犯すかも知れない。
選択肢はあるようでなかった。
「わかりました。引き受けましょう」
「え? 本気ですか?」
「ええ、マレーが」
「はい?」
突然意味不明なことを言い出した主に、マレーは混乱した。
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