§1-13 エピローグ

「ハリー。キミは随分と我が家に貢献してくれた。その点は感謝している」


よく通る低めのテノールが、逆光になった机の向こう側から優しく響く。

ああ、俺の人生もこれで終わりなのかな。雇い主に大穴を空けさせて見せしめに殺されるなんて、チェッカーの最後にふさわしい……かもな。


「今まで同様、今回も、キミの掴んだ情報に間違いはなかった。ただ、サンボアが負けるという予想外の事態が起こっただけだ。今回の責任は、キミにではなく、キミの情報を元にサンボアに賭けることを決定したものにあると思うのだがどうだろう?」


確かに、俺が伝えたのはサンボア×タルカスの試合にものすごい金が掛かっていることと、オッズは極力誰も賭けていないことを装うような状態で遷移していること、そしてそこから類推されるマネロンの可能性だけだった。

そこからオッズや対戦者を考慮に入れて、実際に賭けを指示したのは、それを運用していた奴だ。もしかしたら、俺の命は首の皮一枚でつながるかもしれん。


「俺は指示されたとおりに情報を集め、指示されたとおりに賭けの手続きをしただけです」


振り返ってみれば、あれは罠だったのかもしれん。


俺たちは全員サンボアが勝つと信じていたし、実際そうとしか考えられない組み合わせの試合で、大がかりなマネロンめいたことが行われていた。

しかも、大物に雇われて現場にいたチェッカーだけが気づけるような巧妙さでだ。

つまり、この罠を仕掛けた奴は、俺たちがそのカラクリを見破り、サンボアに大きく乗っかって利益をかすめ取ろうとすることすらも計算に入れていたってことか。


両側に賭けるマネロンなら、どちらが勝ってもテラ銭分を失うだけで目的は達成できる。

それなら、第3者がそれに乗っかって来やすい状況を作り、乗られた反対側を勝たせることで、乗っかってきた奴らのカネもまとめて懐に入れようって荒技だ。失うテラ銭など問題にならないくらいの儲けが期待できるだろう。


この罠を考えた奴は間違いなく天才だが、この仕掛けには一点だけ大きな問題があったはずだ。


サンボアが八百長をするはずがない。実際戦っているのを見た連中もガチだと証言している。

3連覇を果たしたリベルトーンですら、この優勝は偽物だと言い切ったくらいだ。3回戦を棄権したタルカスのことが念頭にあるのは間違いないだろう。


だから、このプランを実現するためには、サンボアに確実に勝つ力を持った無名の剣士が必要になるのだ。そんなヤツは普通はいない。

つまりは――


「リネア家か」


テノールがそう告げると、微かに椅子がきしむ音を立てて、机の向こうのシルエットが窓の方に顔を向けた。

そうだ。今回の仕掛けの主役がだれであるにしろ、タルカスの主家であり、推薦人だったリネア家が絡んでいないと考えるほうが難しい。


巧妙なのは、誰かがそれに気がついたとしても、リネア家自体は不正どころかグレーゾーンの行為すら行っていない。完全に王国法に則っていて、どこからも表だっては追求できない。そう、真っ白なのだ。


「ありがとう、ハリー。今後もよろしく頼むよ。ああ、投資の担当は後任者が決まりしだい顔を合わせておいてくれ」

「え?」


ハリーには、シルエットの男が歪な笑顔を作ったような気がした。


「前任者は少々病気を患ってしまったようでね。どうやら復帰のメドは立たないらしい。残念なことだな」

「そ、そうですか」


冷たい汗が脇を流れるのを感じながら、彼は慌てて頭を下げると、早足で部屋を出た。

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