天才彫刻家

蛙鳴未明

天才彫刻家

 天才彫刻家と言われている男がいた。まるで生きているかのような像を造るのだ。彼はずっと郊外の屋敷にこもっていて、滅多に人前に姿を現さない。姿を現すのは二、三ヶ月に一度、作品を発表する時だけだ。

 そんなミステリアスな男と、私は付き合っている。付き合い始めて二ヶ月目の今日は、彼の家で記念パーティーだ。ウキウキしながら郊外の豪邸の戸を叩く。彼が笑顔で出てきた。食堂までエスコートしてくれる。食堂のテーブルには所狭しと食べ物が並べられていた。聞けば、全て彼が作ったものなのだという。談笑しながら食事を楽しんだ。食事を終え、ワインを空けてほろ酔い気分になった頃には、すっかり夜遅くなっていた。


泊まっていきなよ。という彼の言葉に甘えることにして、風呂に向かった。服を脱いで、シャワーで汗を流す。大きな浴槽に身を沈めると、まさに極楽のようだった。そのまましばらくうとうとしてしまった。お湯の冷たさに我に返って時計を見る。慌てて浴槽から出ようとした。が、出られなかった。首から下が浴槽から引き出せない。おかしいと思って下を見ると、お湯だと思っていたものが完全に固まっていた。ガラスのような光沢を放っている。

「驚いたかい」

 パッと顔をあげると、彼がニヤニヤしながら立っていた。バケツを重そうに抱えている。一体何が起こっているのか問いただそうとした。が、胸が締め付けられて声がでない。

「それは僕が開発した特殊な樹脂でね。ある一定の温度を下回るとあっという間に固まってくれるんだ。」

 彼が近付いてくる。

「ポンペイの石膏像を知ってるかい?遺体が火山灰に閉じ込められたことで、その人が死ぬ寸前の様子を克明に記録しているんだ。」

 バケツがちゃぷんと音を立てた。彼がこれから何をするのかを悟った。恐怖で顔が歪む。

「その顔……美しい。そう、あとは頭だけだ」

 彼が恍惚とした顔でバケツを私の頭上に持ってくる。嫌だ嫌だ嫌だ死ぬのは嫌だ。そんな思いも知らず、バケツは無慈悲に傾けられる。液体が頭にぶちまけられた。間髪入れず彼がシャワーの栓を捻る。冷水が襲ってきた。冷たさを感じるごとに顔が固まっていくのが分かる。だんだん息が苦しくなっていく。遠ざかる意識のなかで最後に見たものは、狂気の笑みを浮かべる彼の顔だった。


 数分後には、彼女は完全に固まっていた。その恐怖に歪んだ顔を眺めて、男はクスクス笑う。

「君は最高傑作になりそうだよ。題名は……そうだな。『喜び』にしよう。ほら、嬉しそうな顔じゃないか」

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天才彫刻家 蛙鳴未明 @ttyy

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