続くかもしれなかった日常-2
「昨日狩りに行くなんて一言も言ってなかったじゃんか。どうしてまた急に」
急に狩りに行くというのであれば、その納得いく説明を求める。こちとら忙しいんだ、だらだらすることに!
「畑を荒らしているオオイノシシが出ていると言っていただろう。そいつのせいで食糧が少なくなっている者たちにうちの貯蔵庫から分けてやった。だからわしらの食糧が残り少ない」
そんな事情は知らない。何勝手に食糧バラまいてんだよ。
まぁ、そういったところは、さすが村長を務めるオレのじーちゃんだと褒めてやってもいい。村人が困ったときは率先して分けられるものは分け与え、脅威には立ち向かっていく。そのせいでオレまで強制労働に駆り立てられることが無いのなら最高に尊敬する人だ。
ちなみにオオイノシシというのは、その名の通り「大きな」「イノシシ」。普通の大きさですら全長は最大で成人よりも大きいというのに、そこに「大きい」という形容詞が付いたのならどれくらい大きいのか想像したくもない。
その大きさは平均的な成人男性二人分ぐらいである。
「あ、意外と2倍ぐらいなんだ」と思った人もいるだろう。オレもそう思っていた。
しかし、長さが倍になると、いざ対面した時のでかさは2倍どころではなった。3倍、4倍...いやもっとだ。
オレは何度か対面したことがあるが、あれは普通人間が挑むべき相手ではない。自然界が育んだ野生の動物たちは計り知れない力を持っている。
だから普通は挑まない。近づかないよう罠を仕掛けたり、村人総出で追い払うぐらいだ。
「村の安全と食糧の確保のために、狩るぞ。オオイノシシ」
「狩るぞ。オオイノシシ。ではないが」
ここに普通ではない人間がいた。
じーちゃんは根っからの戦闘民族なのか、とにかく脅威に対して立ち向かっていく。そしていつも無事に帰ってくる超人だ。今までもオオイノシシは、オレの覚えている限りでは10頭以上は狩っている。
それ以外の厄介ごとも大体はじーちゃんが片付けていた。村人たちからしたら、本当に頼りになる村長なんだろうな。
「え、嫌だ」
尊敬はしているがそれとこれとは話が別だ。
何よりわが身が優先だ。
「え、嫌だ、じゃないわっ!ついてこんかったら、飯抜きだ!」
「はぁっ!?」
なんだその横暴は!実の孫を死の危険に追いやろうとして「ついて来なければ飯抜き」などとのたまわれる奴など、じーちゃんぐらいしかおらんわ!さっき尊敬するとか言っちゃったけど、やっぱナシ。前言撤回。尊敬できるか!こんなおいぼれ!
だが、ついて行く必要はない。なぜなら既に、先手は打っているのだ!
「ま、別にいいぜ、じーちゃん。オレの分はオレが獲ってくる!じーちゃんこそ後でオレのを寄越せなんて言うなよな?」
「はっ!小童がぬかしよるわ!よかろう、では今日はお前一人で狩りに行ってこい。後で土下座しても分けてやらんからな」
そんな土下座して飯を乞うなんてマネ、まだ2桁代ぐらいしかやったことないわ!...ギリギリ
「じーちゃんこそ!孫におめおめ土下座する羽目にならないよう気をつけな!」
「せいぜい小物でも追いかけて逃げられてしまえ」
「ふっ!そのまま返してやるぜ!」
「いつまでそんなこと言ってられるか楽しみじゃわ」
挑発するようにニヤニヤしながら部屋を出ていく。ズシンズシンと聞こえてきそうな足取りで歩く姿は圧倒的な強者の存在感が漂う。
オレの太ももぐらいある腕、オレの腰回りぐらいありそうな太もも。それでいて俺より少し背が高い。本気で立ち向かわれたら、オオイノシシなんて比較にならないぐらいの迫力がある。
オレのじーちゃん、ヴォルフ。この巨体で齢75だそうだ。信じられん。
「ま、オレは余裕だな」
何せ、こんなこともあろうかと昨日までのうちに小動物用の罠をいくつも仕掛けてきたのだ。こんなことが無くても、まぁ、何かの役には立っただろうな。結果良ければ良いのだ!
「...もう少しのんびりしよ」
先ほどのやり取りで眠気がすっかり吹き飛んでしまったので、カーテンをあけてあたたかな日差しを浴びる。陽気な空気が心の緊張をこれでもかと緩めてくれる。
「これはこれで、幸せだなぁ...」
結局オレが家を出たのは昼を過ぎたあたりだった。
「待ってろよ今日の食糧たち!今、狩りにいくからな!」
颯爽と駆け出す足取りは軽い。
これはなんかいいことが起こりそうだ!
今日オレは
記念すべき100回目の土下座によって食事にありつくことができた。
じーちゃん優しい。
勝手に勇者と呼ばないで @ray-kawasumi
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