大好きだから◯ックスしたい!!

四葉静流

大好きだから、セック◯したい。

 裏庭は苔と木々が生い茂る緑の世界だ。それに三方を囲まれた奥座敷は正しく、ふたりの秘め事を包み隠す「愛の巣」だ。

 雨戸や障子を全て開け放しているが、届く陽光は疎ら。流れ込む蝉時雨が、浮世から情事を匿うが如く。


「据え膳食わぬはなんとやら、だよ?」


 昼下がりでも薄暗い、その畳の上で。

 プレアデスの眼下、舐め回すかの様な笑みを双眸に浮かべる昴が仰向けの儘で短く息を吐いた。少年が輪紐に指を掛け、束ね髪を解いた。そして当ても付けずに放る。竜に生まれ付いたプレアデスであるが、昴の表情を彩る黒髪の艶やかさを熟知していた。

 曲げた肘の先。相貌と等しく柔らかな肌の両手は顔の横で小さく間誤付いて。そのふたつが求めているものを竜は知っている。

 否、プレアデスもまた、昴を求めていた。

 少年の額や前髪に張り付く露は、酷暑の所為だけに非ず。

 夏の陽気に心を掻き乱された言えば、聞こえだけは良い。実際は、畳の上で待ち焦がれる昴が、プレアデスの劣情に爪を立てて居るのだ。逃れられない様にしているのだ、ならば逃さないのが愛なる矜持か。

 無言を貫くプレアデスは己の長顎を昴の胸から腹に掛けて、汗が滲む半袖の衣に添わせる。踏み締めていた四肢や腹もまた、その品位が香りとして漂う畳へと落ち着かせた。

 昴が己の両足でプレアデスの長首を優しく挟み込む。行く末を見つけた両手が竜の頬を撫でる。覆う濃青の鱗の上から通じる、その仄かな体温が。夏の中に身を晒していても、紛う事無く。


「プレアデスの喉に当たってるもの、分かるよね?」


 紛うものか。次第に固さを帯びる、恋慕の表れだ。結局のところ、相思で在る事にプレアデスは胸中で歓喜を覚える。しかし純潔の覚悟は惑う。弦歌く蝉共は自らに向けられた野次か。

 蕾を喰らう、花開く前に。蕾が望むから。それでは、此処まで衝動を律してきた意味を失って了う。

 プレアデスと昴の仲は浅くはない。この少年が生を授かった産声の時にさえ、プレアデスは立ち会ったのだ。竜は少年に対する肉親ですらある。

 プレアデスと昴の恋慕は深い。共に過ごす中で培われた確かな感情だ。故に、「答え」はこの子が身体の成熟を迎えるまで噤む事を決めたのだ。実の親や祖父母が目が届かない夏の奥座敷を舞台に心赴く儘で本能へ耽るなど、蔑みにすら感じる程に、プレアデスは背徳に苛まれる。

 互いの瞳が近しい中。プレアデスは睨む、昴は笑み。

 首だけ起こした昴の口から短く漏れる吐息が、プレアデスの鼻先を撫でる。それは色を孕んでいた。青く、只管に青く、されど迸る赤き情熱の如き色だ。


「そんな顔しないでよ。これから、楽しい事をするんだから」


「何が楽しい事か」


 この時になって、プレアデスは険しい山脈の如く並ぶ牙が生える口を、一言だけ開いた。それと同じく鋭い双眸が昴を見据える。対して、昴は笑みを崩さない。

 少年は竜が内に秘めるものを熟知して居る。己のそれと同質であると見抜いて居る。悔しいが、それは正しく的の中心を射ているのだ。故に竜の獣性が抗う事無く。仮に一晩限りの遊びであったならば、迷わず少年の青に爪牙を突き立てて居ただろう。しかし、プレアデスと昴には共に過ごしてきた月日が在る。故に竜の理性が抗うのだ。


「じゃあ、こういう言い方はどうかな?」


 昴が己の舌先で、プレアデスの鼻先を、その孔の周りを慈しむ様に撫でる。それは欺きだ。プレアデスは基より、昴もまた、慈愛を超えた性愛を携えている。

 誘うからこそ恋慕、身も心も一つになって蕩けて了いたいと願う。願うのは少年だけに非ず。しかし、竜には最後の一線を侵せずにいた。

 昴が続ける。


「『いけない事』、しよう? 僕と、したいんでしょ?」


 言葉巧みに、プレアデスの内なる殻へ情なる槌を振り下ろす昴。踏み止まる事を命ずる律念とは対して、プレアデスもまた、畳に伏せた下腹から迫り上がる温かいものを感じる。

 もはや堰き止める事は叶わないだろう。この少年が翳す強引に敵わなかった。脳裏で敗北の味を喫しながら、竜は深い溜息を一つ。

 昴の笑みが増す。満面の笑みだ。自らが勝ちを譲って了った。ならば、この舌で少年を味わい尽くす。腹の下のものでも同様に。止めてと泣き喚こうが、構いはしない。応えるからこそ恋慕、身も心も一つになって蕩けて了ってこそである。


「目に物を見せてやる。お前が欲しがっていたものだ」


「かもーん♡ それじゃあ、頂かれまー


其処で昴の笑みが、笑みの儘で止まった。プレアデスの行動と思考も等しく。蝉時雨は欠片さえ残さぬ程に消え入り、その無音の中でプレアデスの視界に砂嵐が生じる。


『精神負荷が安全閾値を超えました。動作を停止しています。』


 プラスチックのような味気ない合成音声がプレアデスの心に響く。

 視界が暗転。

 それから、緑色の背景に躍り出る企業のロゴ、浮かんでは消える動作ステータスの字幕、その下には左から右に伸びている進捗バー。

 その間、プレアデスは何も考えられずにそれらを見つめていた。

 心が現実に戻る準備をしている。夢の中の出来事を無かったことにして、記憶だけを残して全部白紙に。

 それに抵抗できる手段をプレアデスは持っていなかったし、それすら考えられずにいた。

 目に映る景色が人為的に作られたものから、生物として持っている瞳が映すものに切り替わった。自宅の奥座敷、天井から垂れ下がる照明、昼下がり。


「痛ったぁ……」


 ヘッドセットを脱ぎ捨てながら、昴は仰向けになった体を90度回転させ、横向きになった。

どうせ「あっち」じゃ現実の痛みなんて感じないからとタカをくくって、髪ゴムを解くのを面倒くさがったツケだ。

 ゴムの端を摘んで束ねた髪から引き抜く。そしてヘッドセットと同じく適当に放り投げた。

 仮想から現実に戻った少年の心はボンヤリしたまま。そのまま、戸を開け放った先を見つめる。小さな裏庭。壊れかけた竹柵に、随分長く手入れがされていない松に、倒れた石灯籠。

 情緒なんてこれっぽっちも感じない非情な現実が、昴と同じくそこに横たわっていた。


 「昴?」


 ふと、プレアデスが体を180度回転させ、座敷の中へと視線を移す。

 プレアデスは座敷の畳の中心で、前足と前足の間に顔を突っ込んだ、まさに「ごめん寝」の体勢であった。隣には液晶の中でエラーを表示しているタブレット型パソコンと、そこからヘッドセットへ伸びるコード。


「すまない……プレアデス……」


 仮想セックスから現実に戻ってくると、いつもこれだ。

 どっちがどっちであっても、謝るのはいつも昴だ。


「あっちで昴があれだけエッチしようって言ったくせに。ちゃんと最後までやりたかったなあ。もう買い換えないと無理かなあ」


 昴がゆっくりと立ち上がる。数分前まで仮想現実の中で身も心も竜になっていた少年には、人の体に少しだけ違和感を感じる。

 今日は昴が竜で、昴が人だった。性格もそのまま昴が昴の性格で、昴が昴の性格。だから昴が誘って、昴が抵抗した。

 二者転換モードは、本来は正規のプログラムに含まれていない。依存性と同一性の危険が高すぎるからだ。もちろん昴のパソコンには、ネットの中に転がるイリーガルな改ざんパッチを、それを走らせている。最近では動作が不安定で、強制停止される事が多くなった。値段が高くならない内に、違法改造対策がされていない状態が良い型落ちを見つけないと。いや、最新式でもどうせ誰かが抜け道を見つけるだろうから、そっちを買うのが結局はお得なのかもしれない。


「いつになっても慣れはしない……俺がプレアデスになって……人になってあのような事をするのは……」


「まっ、だから面白いんだけどねっ☆」


 顔を上げないままのプレアデスのそこまで、プレアデスが歩み寄った。ペタンとアヒル座りで古ぼけた畳の上に腰を下ろすと、ジリジリとさらに近づき、竜の頭にしがみ付くように抱きしめる。


「大好き、昴。またしようね☆」


 これが昴にとっての、愛情を表現できる全て。人の身体じゃ竜の愛を受け止めきれない。身体が壊れてしまう。両親や祖父母に見つかったら、昴は追い出されてしまうかもしれない。だから夢の世界で、誰にも見つからない世界で心と身体を一つにする。二つの心と身体を、二つの心と身体の間でゴチャ混ぜにする。

 理由は楽しいから、昴が大好きだから。それ以外は昴に何もいらない、昴以外の何もいらない。


「プレアデス……お前のあれが……俺の鼻に当たっているのだが……」


「当ててるの♡」


 真夏のヒマワリのような満面の笑顔のプレアデスが、自分のムニムニを昴へとグリグリ押し付ける。

 プレアデスに抱きしめられたまま、顔をうつむかせたまま、プレアデスの大きな溜息が一つ。


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