6冊目

 図書室に着くと、「一番奥で話しましょう」と言われ、陽のよく当たる窓際の席へ案内された。

 周りを見渡す。この空間には、静かに読書や勉強をする生徒。本棚には、目当ての一冊を探す生徒が複数人。その中に読書も勉強もしない女子が2人、浮かないだろうかと心配したが、相手は全く気にしていないようなので自分も忘れることにした。


「それで、何かな。話したい事って」


 私がそう聞くと、秋風は深呼吸してから口を開いた。


「何度もすみません。逢瀬さんの、物語に対する気持ちについてなんですけど」

「......また?」

「はい。でも、これだけは聞いてほしいんです」


 秋風の消え入りそうな声が、薄っぺらくなった木々に限界まで吸収されていく。けれど、伝えたいという意志はしっかりと此方に届いた。

 私は、いいよ、の返事の代わりに軽く頷いた。それを確認した彼女は、机の上にホチキスで留めてある冊子を置いた。A6の真っ白な紙に❮空へ❯の2文字が映えている。


「秋晴から渡された物です。週末の内に熟読して、月曜日に意見を聞かせてほしい、って言ってました」

「へえ……。分かった」


 彼女は少し本を読んでから帰るということなので、私たちはその場で解散した。



 ____北へ北へと走行しているバス、西からの日差しが眩しい車内。其処で通学鞄の比較的取り出しやすい所に入れた冊子を出した。5頁にも満たないそれだが、一面にシャープペンシルでびっしりと文字が書かれていた。


 空へ。口からだったら言葉選びをミスりそうなので、じっくり考えながら書いてこれを渡します。空も、じっくり読んでくれると嬉しい。……この2文から始まった。


『空は、物語には力なんてないっていつも主張しているよね。

 伝わってないかもしれないけど、私は物語が持っている力に気づいてほしいと思ってる。』


 ゆっくりと、ページを捲る。


『私、昔は小説に興味も何もなくて、本で感動してる人を見ても全く意味が分からなくて。物語に力なんてあるはずがない、そう思ってた。

 でも、小4でとある児童書を読んで。大人ならなんとも思わない、小さな小さないじめをテーマにした200ページにも満たない本。

 感銘を受けた。ちょうどクラス内でそのくらいの規模のいじめがあったから余計にね。』


 何か続いていそうな気がして、彼女のこの経験から伝えたい事があるような気がして、すぐにページを捲る。


『読了した翌日、すぐに行動に移した。勇気を出して、クラスのボスに「止めようよ」って。

 それが原因でちょっと意地悪はされたけど、被害を受けた子は本当に私に感謝してくれて、嬉しくなって。

 親切って、人を助けるって、こんなに良い事なんだ、これを気付かせてくれた物語というエンターテイメントに人を変える力はあるんだ、って思った。→』


 話は一段落したようだったが、矢印に急かされるように紙の端を摘まむ。それを左に持っていく動作が、これまでで一番意義があることだと感じた。いつも、こんなに相手の行動や言葉を深くまで振り返ったのは初めてだ。


『小説が変える、っていっても、大きく人格が変わる事はあんまりないと思う。むしろささやかな変化が主で、本人も気付いていないかもしれない。

 でも、未来に違いは出てくるんじゃないかな。

 いじめや友情をテーマにした物語で感動したのなら、何年か後にちょっと酷いことをした友達の状況も理解して、絶交せずに楽しい思い出を築けていったり、そんな感じにさ。』


 バスは、いつの間にか家に最寄りの停留所付近を走行していた。




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