4冊目
____翌日。また宮沢賢治の童話を1編読んだ。
「
「お、おはよう……」
彼女は天の邪鬼なのだろうか、それとも記憶力があまりないのだろうか。少なくとも後者は確実な気がする。昨日自分が発した言葉など何も覚えてない、てか私なんか言ったっけとでも言うような笑みで挨拶をしてきた。しかも教室に足を踏み入れた瞬間に。一応挨拶の変事はする主義なので返しはしたが、あまりこの場に留まると他愛ない事を喋り出されそうだし、何よりこれから登校してくる人の邪魔なので自分の席へと歩きながら言葉を発した。
授業も平常運転で、周囲の表情で秋晴は人気者への道を閉ざされている事が容易に解った。
私はと言うと、先生の話を聞いてノートもとってはいるが、頭の中は買いたい文庫本の事でいっぱいだ。天界に住む神様が主人公で、様々な所に
「ねーねー空ー!!」
「な、何」
彼女の突撃は一生やられても慣れそうにない。授業終了の礼をした直後、ついさっきまで生徒が勉強する日本史をアツく語っていた先生でさえ教室にいる時、映画館で見る映画の音量並の声を耳近くで発せられるなんて、慣れる方が異常だとは思うが。
「昨日の夜に小説読んだんだけどさ、もう感動しちゃって感動しちゃって、心揺さぶられて号泣しちゃってさ、あ、ちなみにその本のタイトルは『異世界転生で彼と再会した件について』なんだけどさ、やっぱ小説には力あるんだなって!! 思った!! 訳!! ですよ!!」
『何』の『な』も聞かない内に早口で喋りだした瀬戸の晴れてる方。内容はかろうじて聞き取れた。彼女が昨晩読んだのは、最近、というか何年か前から注目されるようになり、今でもその熱が冷めてはいない異世界転生モノ、そしてきっと恋愛要素も入っている。今の私が絶対に読まないジャンルのひとつだ。それに、____小説に力があるなんて事も、絶対に思わない事のひとつだ。
呆れる。けれど、その表情をする私を見ているにもかかわらず、彼女は再び話しだした。
「まぁそれだけの話なんだけどさ、でもめっちゃオススメの物語だから空も是非!! 出版はマルバツ文庫で筆者名は
「秋晴、一人で盛り上がりすぎだよ。
「小説に力なんて無い。いい加減夢を追いかけてないで現実を見な」
「あっ……」
同時にこの空間に鳴った2つの言葉。言語こそ同じだが、瀬戸秋晴の話は間違いではないと肯定する、でも相手困ってるよ、という秋風と、否定している私。正反対だ。
その後には秋風の小さな声。彼女タイミングが合った、という驚きと私のキツい言い方を非難する感情が混ざった様な表情を浮かべていた。
「何を読んだってその後の生活が変わる訳がない。ライトな文章を過大評価してるだけ、適当に自由帳に文書いてる夢見がち小学生と同等だよ」
別に小学生を見下している訳でもないしライト文芸やライトノベル自体を否定する気は無いけれど、やっぱり小説を読む事が、娯楽が人生の分かれ道にはならない。言葉通り、その時だけ心を解放して楽しむだけのエンターテイメント。終わったら、○○を読んだ事がある、見た事があるという記憶と少量のあらすじが残るだけだ。もしそうではないのなら、古本屋はとっくに潰れている。
先程より早口で何かを言っている秋晴と、それを宥める秋風の声が聞こえる。それを無視して、『絶対あなたも号泣する』というキャッチコピーの小説の本文を目で追った。
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