3冊目

 ____少しだけ、過去の話をしよう。


「私の名前は逢瀬空!! 本が好きだよ、よろしくね!!」


 小学3年生の秋、隣の県に引っ越した。

 当時から小説が好きだったが、よく読むジャンルは現在とは違う。キャラクター文芸や純文学等ではなく主人公チート系や異世界転生の様な現実ではありえない設定の物語、そして幼稚園児・小学校低学年向けの童話を好んでいた。前の学校では同じ趣味を持つ子や、そうではなくても自分がルールを知っているアナログゲームが好きな子が沢山居て、クラスの中でも人気者な方だったと思う。

 この学校でも皆といっぱい喋って、遊んで。すぐに馴染み、まるで入学から居たかの様になることだろうと思っていた。


 ____けれど、現実は違っていた。

 小学校の半分以上が過ぎているのだ、勿論既にグループは出来上がっていた。どのグループも自分を輪に入れる様子は全くなく、孤立への道を進まされた。

 それでもすぐに諦めはしなかった。友達作りで大成功したというストーリーのライトノベルを4日かけて読み、実行した。とにかく話しかけて相手と自分の共通点を見つけ、それについて話していく事を。


「ねぇねぇ、物語って好きー??」

「物語が好きなんてダサいよー?? それに私達、あんたと仲良くする気ないし」


 話しかけた子の左右に居る子達にも「わかるー」「っていうかもう渡り廊下行こー??」などと言われ、結局共通点を見付ける事どころか話が長続きしなかった。

 当時の私はこう思っていた。物語は楽しむと同時に、何かしら自分を変えるきっかけになると。そういう力があるんだと。

 だが、ここで私は思い知らされたのだ。

 ____物語に、小説に力なんて無い、と。



 見事に司書さんと私以外誰もいない放課後の図書室で方程式の基本問題を解きながら、瀬戸秋晴の姿を思い浮かべながら、そんな事を思い出した。

 登場人物に感情移入しなくなったのもきっとその頃だったと思う。何の役にも立たない物語に出てくる人物だなんて傍観するだけで良い、という様な感情が芽生えたのだろう。その辺は鮮明には覚えていないが。


(……よし、10問目終わりっと)

 キリが良いので少し休憩でもしようかなと顔を上げると、ずっと脳の大広間に出していた視覚情報にとてもよく似た少女がこちらを見ている事に気付き、驚きのあまり後ろへ倒れそうになった。


「せ、瀬戸さんっ……」

「あ、すみません!! 驚かせてしまって……」


 彼女の謝罪に大丈夫と返し、どうして此処に居るのか、何時から居るのかと続けた。


「あの、朝秋晴が失礼な事言ってすみませんでした。

 たまたま彼処の廊下を通りかかったら逢瀬さんが見えたんです、でも熱心に勉強していたので話しかけない方が良いかなと思いまして」

「わざわざ待ってくれてありがと」


 嗚呼もう少し適切な返し方あっただろうな、と思っても時既に遅し。今言い直したら変に思われそうなのでやめておく。


「秋晴、天の邪鬼な所があるので。きっと心は酷い言葉を言おうとしていたんじゃないと思います。それでは」

「待って」

「なんですか?」


 ずっと笑顔で受け答えしてくれている彼女の目を見る。

 ……小学3年生の秋、今から約4年前。私が影響を受けたライトノベル。

 瀬戸秋晴も、同じ本を読んでいる気がするのだ。


「瀬戸さんって、『ドキワク☆転校新生活!』読んだ事ある?」

「ありますよ、秋晴が激推ししてきて……あの本に何かあるんですか?」

「いや……別に。引き留めてごめんね、バイバイ」

「はい、また明日」

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