感情移入しない小説の読み方~小説の力~
幸野曇
1冊目
____しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。____
最後の句点まで辿り着きパタンと本を閉じた秋の朝、バスの中。
2日程前から、お小遣いを貯めて買った宮沢賢治短編集を毎朝一編ずつ読んでいる。約2ヶ月前、図書室でなんとなく借りた銀河鉄道の夜で表現に感動したからだ。それが読み終わってから学校に最も近いバス停に到着するまでは「絶対あなたも号泣する」というキャッチコピーの小説を読み進める。この本を買ったのはキャッチコピーに引き付けられたのではなく____まぁ切っ掛けはそうなのかもしれないが____裏表紙のあらすじで面白そうな内容だなと思ったからだ。
第一、私は登場人物に感情移入しない。時折現れる美しい言葉を脳内で反芻させながら、まるで長文読解の問題文を読む様に、物語が進んで行くのを神の視点で観戦する様に淡々とページを捲っていく人間だ。
物語の主人公を、ある日突然異世界転生した平凡な男子高校生だとする。彼は勇者になって仲間を集めたが、宿屋に泊まっている間に仲間が魔王の手下に連れ去られ、自身もダンジョンのモンスターに襲われて身も心もズタズタになったともする。それでも立ち上がって世界平和を目指すシーンで、並べられる丁寧で美しい表現、描写、文のリズム。ストーリーはその後徐々に分かっていくとして、そこを読んでいる時点ではそんな事を考えながら感嘆する。
そんな読み方をしているのだ、そんな読み方をするのが得意なのだ。だから簡単な言葉だけで構成された低年齢層向けのライトノベルやライト文芸、宮沢賢治以外の童話はあまり読まない……自分も中学1年生なのだから充分低年齢層だけれど。
(そう言えば季節外れの転校生が来るって噂があったっけなぁ)
唐突にこの事を思い出した時、もうすぐバス停の到着を知らせるアナウンスが車内に響いた。読み上げられた停留所名は毎日降りる所だった。
教室のドアを開けると、ほぼ一つの話題で盛り上がっていた。高い声、低い声、鼻にかかる声、今までに発せられ、部屋に充満していた声達が一気に私・
「なぁなぁ!! やっぱり机増えてるぞ!!」「転校生の噂本当だったんだー」「しかも2人だよ、どんな子なのかな」「やっぱりイケメンがいいよね」「美少女だったらどう思う?」「恋のライバルにならなければ大歓迎ー!!」
私学の中学生というのはこんなにもテンションの高い人種なのだろうか、とは入学してから何回も思ってきた。面接もあるし積極性のある受験生が選ばれるのは当然だが、本当にこの学校に似合う生徒というのが少ない様に感じるのは気のせいではないだろう。
それとも、もう少し偏差値の高い学校に行けば違うのだろうか____とも数え切れない程思ったのだが、やはり数学と理科の苦手は克服できなさそうで。第一志望だった進学校もそれが原因で落ちてしまった。
「おいお前ら席に着け、転校生を紹介するぞ」
担任の先生がそう言うとすぐさま自分の椅子に座るクラスメイト。その光景を見て微笑んだ彼は、「じゃ、入ってくれ」と転校生を呼んだ。
「ども、
「
「私達双子で、どっちも小説が好きだよ!! 私がライトノベル読み専で秋風はライト文芸書き専ねーっ」
瀬野秋風、と言っただろうか。
……彼女はまだしも、もう1人の方は一生関わりたくない。声を聞くだけで嫌になりそうな性格とオーラだ。
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