無人島に持っていくなら……
佐藤チアキ
無人島に持っていくなら……
暑い。 暑すぎる。 ここのファミレスのクーラーは効いているのか? 上に設置してあるクーラーを見渡すとブォーンと音がする。 作動はしているようだ。 ところどころで小さな虫も飛んでいる。
「なんなんだよ。 全く」
僕はボタンを二つまで開け襟元でパタパタと風を送ると、 汗が鎖骨から胸部にかけて流れ落ちるのを感じた。 先ほどまで飲み物を入れに行っていた彼女がやってきた。 向かいに座るやいなや、 先ほどまで話していた話題の続きをし始める。
「ほんとに暑いわね〜。 クーラーはついてるのかしら。 虫もちらほら飛んでいるし。 あっ さっきの答え考えた? 」
「あぁー、 なんだっけ? 」
「もぉー。 ちゃんと聞いてよ。 私が飲み物入れにいってる間に考えててって言ったじゃん。 生まれ変わるなら、 どのハリウッド俳優になりたいかって聞いたのー」
彼女は虫を嫌そうに手で払いながらそう言った。 そういえばそんな話もしてたっけな。 生まれ変わったら誰になりたいかなんて……人間が死んだら生まれ変われるかもわからないのに無駄な時間だなー。
しかし、 こんな元も子もない事を言い出したら彼女の機嫌を損ねるのはわかりきった事だ。
「えっと……トムクルーズかな」
僕は少し考えるフリをしてから答える。
「トムクルーズねー。 私がもしハリウッド女優に生まれ変わるならエマストーンかな。 あのしっかりとした自分を持っている女性には憧れちゃうわよねー」
正直どうでもいいし、 そのハリウッド女優が誰かもよくわからない。 そんな僕を御構い無しに彼女は新しい話題を投げかける。 このどうでもいい話題に乗るのも彼氏としての宿命だ。
「ねぇねぇ。 じゃあ、 無人島に一つモノを持っていけるとしたら何持ってく? 」
ベタすぎる。 なんてベタな話題なんだろう。 人生で何回その質問をされたことだろう。 まあたしかにこんなに小さな虫が飛んでたりするような小汚いファミレスでする話題なんて、 そんなしょうもない話くらいだ。
「んー。 ナイフかな」
毎度のことながら、 考えるフリをしてからベタな質問にベタな答えを返す。
「ナイフ? ナイフ、 ライター、 携帯。 この三つは一番面白くない答えよ? この三つの物以外でお願いしまーす」
腹が立つ。 ナイフを持っていくことのなにが悪い。
「いやいや、ナイフさえあれば食料調達だって調理だってできるじゃないか。 面白くないとしても理にはかなってるだろ? 」
「ふーん。 でも、 自分がノロマすぎて動物が捕まらないからって人間の肉を食べようなんて思っちゃダメよ。 人間の肉を食べると脳みそがスポンジみたいにスカスカになっちゃうらしいから」
「脳みそがスポンジみたいになるとしても僕だったらキミを食って生き延びる道を選ぶけどね」
冗談のつもりで言ったのだが、 その言葉を聞いた瞬間に彼女は露骨に僕を軽視し始めた。冷たい目で僕を見つめている。
「あなたってヒドイ男ね」
あなたってヒドイ男ね。 その言葉にはやけにリアルで僕の心の奥底にある恐怖心や罪悪感を突いてくるものがあった。
僕は鼻から息を吐き、 コップに入った水を一口飲む。
なんだ?水になにかが入っている。コップの中を見ると小さな虫の死体が3匹入っていた。何も言わずにそれを指で摘み上げて捨てる。
大きくため息を吐く。
向かい側を見る。 彼女はあんなに嫌がっていた虫がいてもなにも言わず静かにこちらを向いている。
どうやら僕はファミレスにいる幻覚を見ていたようだ。
僕の脳みそはやっぱりスポンジみたいにスカスカにでもなってしまったのだろうか。
──なあ。お前はエマストーンみたいな女に生まれ変われたか?
ナイフを握りしめて、 食料調達に向かう。
やっぱり暑いな。ここは暑すぎるよ。
無人島に持っていくなら…… 佐藤チアキ @satou_tihiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます